文学散歩

第6回

泉鏡花ゆかりの地
石川県・金沢市

散歩した人
カナカン株式会社
長田斉子さん

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独自の美意識に彩られた幻想的な鏡花の世界を体験

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色鮮やかな装丁で飾られた鏡花の本が展示されている

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映像化された鏡花の作品世界の展示に見入る長田さん

 「色白く、鼻筋通り、眉に力味ありて、眼色に幾分の凄みを帯び、見るだに涼しき美人なり」と形容されるのは鏡花の代表作『義血侠血』のヒロイン、滝の白糸。小説の舞台となった浅野川の袂には、憂いを含んだ表情で虚空を見つめる白糸像が佇んでいます。「鏡花の作品は、男女間の細やかな心情がとても美しく、そして切なく描かれていますね」と話すのは、鏡花ゆかりの地を一緒に歩いてくれた長田斉子さん。長田さんは、地元の総合食品商社カナカン株式会社の情報システム部 業務課で経理業務などを担当しています。

 最初に訪れたのは生家跡に建つ泉鏡花記念館です。記念館には、直筆原稿や遺品、愛蔵品が収蔵され、作品を表現するジオラマ、オブジェ、音声展示などがあり、鏡花の世界を五感で味わうことができます。鏡花の作品は、描写が細やかかつ色彩豊かで、文字の間から物語世界が浮かび上がってくる映像的な表現が特徴です。記念館の展示も、独自の美意識を表わすように工夫が凝らされており、幻想的な物語世界を体験することができます。「美しい装丁や挿絵がふんだんに使われている本を見ているだけでも、鏡花の“美”に対するこだわりが強く感じられました」と長田さん。

 

金沢を舞台にした作品を数多く残した鏡花

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主計町へ続く「暗がり坂」

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浅野川に沿って旅館や茶屋が並ぶ主計町茶屋街

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「化鳥」の舞台となった中の橋

 記念館のすぐ近くに、鏡花が子どもの頃遊んだという久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)があります。そこに鏡花直筆の「うつくしや鶯あけの明星に」と刻まれた石碑が立っていました。

 乙剣宮の境内を抜けると、「暗がり坂」と呼ばれる小さな石段の坂道があります。今では陽射しも注ぐ坂道ですが、かつては木々が鬱蒼と茂り、その名の通り昼間でも光が射さない穴のような道だったそうです。

 暗がり坂の先には遊郭のある主計町(かずえまち)があり、当時の旦那衆は人目を避けて遊びに行く際、この坂を下ったといわれています。鏡花は、この坂を通って小学校に通ったそうです。主計町茶屋街には、当時の花街を偲ばせる紅殻格子の街並みが今も残っています。

 その隣を流れるのは、友禅流しで知られる浅野川。鏡花が『由縁の女』で「此の川の水は柔かうて、蒼い瀬も、柳の葉の流れるやうだで、女川と」と表現したことから、今も女川と呼ばれています。

 その川に架けられた木造の「中の橋」は、貧しい母子が橋銭を取って暮らす様子を描いた『化鳥(けちょう)』の舞台となった橋です。中の橋に立ち、川面を見つめていた長田さんは「女川という呼び名が鏡花の作品から来ているなんて知りませんでした」と、鏡花と金沢の深いつながりをあらためて知り、驚いている様子でした。

 

義に生き、恋に命をかけた滝の白糸に思いを馳せて

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水芸を披露する滝の白糸像

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古都の風情が今も残るひがし茶屋街

 中の橋から天神橋へ続く浅野川沿いの道は「鏡花のみち」と呼ばれています。水芸の姿をした滝の白糸像は、この道の途中にあります。白糸像の先にある梅の橋は、主人公である村越欣弥と白糸が運命的な再会を果たした場所です。欣弥のために命をかけて尽くした白糸、しかし、彼女を待っていたのはあまりにも悲しく残酷な結末でした。二人の悲恋の物語は、数々の映画や芝居として上演され、多くの人の心を揺さぶってきました。「鏡花の作品は、死という結末を迎えることが多いですが、その死は永遠の別れではなく、次の世界へつながる入口として描かれていることは知りませんでした。そのような見方を知った上で、あらためて『義血侠血』を読み直してみたいと思いました」。

 天神橋を越え、卯辰山へ続く坂道の途中にある句碑を見学した後、ひがし茶屋街へ。ここは江戸後期(文政三年)に加賀藩公認の茶屋街としてはじまった歴史ある街。当時の風情をそのまま残す紅殻格子に飾られた茶屋、三味線の音が響く街並みに立つと、時間を遡ったような不思議な感覚に陥ります。鏡花の作品では、日清戦争の戦勝に浮かれる人々を独特の視点で描いた「凱旋祭」で、人々がムカデのように行進する舞台として登場します。

 鏡花の作品を追って金沢を歩いた感想を長田さんに伺いました。「私は生まれも育ちも金沢ですが、今回のようにテーマを決めて歩いてみると今まで気付かなかった魅力をたくさん見つけることができ、あらためて地元への愛着が湧きました」。

 

(2011年3月31日掲載)

作品紹介

『義血侠血』 泉鏡花著

 水芸太夫として人気を博す美女滝の白糸と、法律家を目指す苦学生の村越欣弥を主人公とする悲恋の物語。借金を背負ってまで送金を続け、欣弥の学問を支えていた白糸は、泥棒に大切なお金を奪われ思い余って強盗殺人の罪を犯してしまう。裁判の場で白糸を裁く検事は、法律家として金沢に戻ってきた、あの欣也だった。「滝の白糸」という外題で数多くの映画や芝居となり人気を博した鏡花の出世作。白糸は、鏡花が生涯をかけて追究した理想の女性像だったといわれている。

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写真提供:泉鏡花記念館

 

今回の散歩道

泉鏡花記念館→主計町茶屋街→鏡花のみち(滝の白糸像)→ひがし茶屋街

<所要時間:約3時間、徒歩での移動時間含む>

泉鏡花記念館

浪漫主義文学の大家と称される泉鏡花の記念館。彼の生誕地に建つ木造二階建と土蔵三棟からなる建物を改修して整備された(生家は明治時代に火災で焼失)。館内には鏡花の初版本や遺品、原稿が並ぶほか、映像展示もあり、鏡花独自の美の世界が肌で感じられる内容となっている。

主計町茶屋街

ひがし茶屋街・西茶屋街と並ぶ金沢三茶屋街のひとつ。格子戸の料亭や茶屋が建ち並び昔の面影を留めている。夕刻には三味線の音色が響く趣のある人気のエリア。全国で初めて旧町名を復活させたことでも知られる。

鏡花のみち

中の橋から天神橋までつづく散策路。600mの道の中ほどには、鏡花の戯曲「義血侠血」のヒロイン滝の白糸の碑や像がある。

ひがし茶屋街

浅野川の川岸には、キムスコ(木虫籠)と呼ばれる出格子がある昔ながらの街並みが残る。夕刻には軒灯のほのかなあかりで彩られ、五木寛之の「朱雀の墓」の舞台としても知られる。平成13年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、「街並みの文化財」として保存策が進められている。

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泉鏡花記念館

 

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