あの日の風景

第11回 南仏、マルセイユ 久保田淳(国文学者)

写真

商都として繁栄するフランス第3の都市・マルセイユ。
魚市がたつベルジュ河岸からはマルセイユ随一の繁華街カヌビエール通りがのびる。

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 九時近く、マルセイユ・サン・シャルル駅近くの宿で目覚める。昨日は午後の列車でリヨンを発ってここに着いた。雨だったのでリヨンの街歩きを早々に切り上げて、列車に身を委ねたのである。オランジュを過ぎる頃、雨はやんだ。まだ冬だというのに柳の柔らかな緑が目にしみた。マルセイユ駅ではインフォメーションがわからなかったので、いきあたりばったりにホテル・レストランという看板のこの小さな宿に飛び込み、少し休息した後に旧港近くまで行って、ブイヤベースを食べた。

 一年間のヨーロッパ出張も残すことあと一ヵ月となった、三十四年前の二月のことである。

 帰国前にスペインと南仏を旅しようともくろんで、月半ばドイツのデュッセルドルフから空路でバルセロナに向かった。マドリード、トレド、グラナダを鉄道でめぐり、バルセロナから再び空路で南仏ニースに降りた。

 ミストラルというのだろうか。紺碧海岸を吹く風は冷たかった。ニースのホテルに三泊し、ここを拠点に、ほぼ海岸に沿って走る、郊外電車みたいな感じのする列車で、モナコ公国、イタリアと国境を接するマントンなどの街を訪れた。ニースはカーニバルの直後で、街中は大きな張りぼての人形や飾りつけがまだ片付けられていないままだった。これは二人の娘を大喜びさせた。マントンもレモン祭がおわったばかりで、おびただしい量のレモンの装飾を撤去するクレーン車が出動していた。モナコでは王宮前の広場まで登り、モナコ港を展望した。

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