MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
おりがみはうす
山口 真氏

1枚の紙を折ることで世界とつながるORIGAMIの魅力。

1989年に折り紙専門ギャラリー「おりがみはうす」を開設、日本のみならず世界の折り紙作家や愛好家と交流を続けてきた。数えきれないほどの創作を行い、150冊を超える書籍を手がけ、後進の育成に注力し、折り紙で生計を立てられる道を切り拓いた。山口真氏が世界から「ORIGAMI MASTER」と呼ばれる理由とは。

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

山口 真(やまぐち まこと)氏 Profile

おりがみはうす代表、日本折紙学会事務局長、世界が認める折り紙作家

1944年〜 ヨーロッパでその日暮らしを満喫、帰国後カメラマンを目指す

小学生の頃からモノづくりは好きだったが、折り紙で遊んだ記憶はほとんどない。大学卒業後、お金を貯めてヨーロッパへ渡り、アルバイトをしながら旅をした。帰国後、カメラマンを目指して写真学校へ。カメラマンの名刺を手に再度渡欧してF1やル・マン24時間などモータースポーツの撮影に挑む。しかし、実績を残せぬまま、車上荒らしに遭って無一文となり帰国。新橋で友人と深夜スナックを経営していたとき、来店したカメラマンに誘われ、アシスタントになった。この出会いが、折り紙作家の道につながるとは、思いもよらなかった。

1971年〜 独創的な作品が評価され、フリーランスの折り紙作家へ

師事したカメラマンは、婦人雑誌を中心に料理やジュエリーの撮影を手がける一方、日本折紙協会で事務局長を務めていた。その縁で山口も事務局へ出入りするようになり、誰に教わるでもなく折り紙を始める。手先が器用だった山口が折る独創的な作品は、協会の人たちから称賛を浴びる。

「作品を褒められたことがうれしくて、どんどん作品をつくるようになりました。カメラより、折り紙がメインになり、事務局で働き始めました」

しかし、協会内で起きた内紛の影響を受け、事務局から出ざるを得なくなる。

少しでも折り紙にかかわる仕事をしたいと思い、新聞の求人広告で見つけたホビー雑誌の編集長募集に応募。首尾よく採用されたが、その雑誌は誌名にホビーとつくもののプラモデル専門誌だった。1年ほど働いたが、社長と意見が合わずに退社。フリーランスの折り紙作家として生きていくことを決意する。

運良く折り紙メーカーから、作品をつくり、折り図(折り方を説明する図面)を作成する仕事が舞い込む。山口が創作する折り紙は、やさしくてかわいいと評判を呼ぶ。特に、代表作の「クリスマスツリー」と「連獅子」は、子どもでも折れるのに、作品の完成度が非常に高く、今も名作として世界中で折られている。

「やさしいから、みんなが折りたいと思うのでしょうね。今、インターネットでは世界中の人が自分で折った作品を紹介しているけど、その中には、数えきれないほど私が創作した作品が含まれています。折り紙を始めたときから、そういう“詠み人知らず”の作品をつくりたいと思っていたものの、著作権が保護されずに折られているのは、ちょっと残念な気持ちもあります」

1989年〜 折り紙の解放区となる常設ギャラリー「おりがみはうす」開設

山口が創作を始めた時代、著作権を主張する折り紙作家たちの間で盗作を巡るトラブルが頻繁に起きていた。

「作家同士の関係を変えるには、お互いが切磋琢磨できる場所が必要だと思い、ビルの1室を借りて折り紙専門ギャラリー『おりがみはうす』を開設しました。当時、折り紙は女性や子どもが遊ぶもので、成人男性が折るのは恥ずかしいと思われていたので、その偏見を取り払い、誰もが堂々と作品を展示し、交流できる場所を提供したかったのです。そういう意味で、私はここを折り紙の解放区だと言っていました」

1989年、折り紙仲間と一緒に「折紙探偵団」を結成。月に一度の定例会を開催、そこで行われた内容や自分たちの研究を発表する媒体として会報「折紙探偵団新聞」を創刊した。

「折紙探偵団新聞」は、その後、『折紙探偵団マガジン』へ発展、現在も発行が続いている。定例会は当初公共施設を借りて開催していたが、安定的に開催できるスペースがほしいと考え、「おりがみはうす」に隣接する店舗を有志で購入、日本折紙学会に貸し出す形を取り、「JAOSホール」の名称で30年以上開催を続ける(コロナ禍の影響により現在は休止中:2022年11月時点)。

「昆虫戦争」から始まった技術の進歩が「コンプレックス系」へ昇華する

山口が始めたギャラリーと定例会は、折り紙作家の育成と技術の躍進に、大きな貢献を果たした。

「あるとき定例会で、1人の会員がカブトムシをつくってきました。当時6本足の昆虫を題材にした折り紙はなかったので衝撃的でした。それに刺激を受けた仲間が、羽を開いて飛ぶカブトムシをつくり、さらに天才的な人が羽を広げたクワガタをつくるといった具合に『昆虫戦争』が起き、相乗効果で新しい折り方が次々に生まれました。これが近年人気を博している『スーパーコンプレックス系(超複雑系)』作品の源流になったといっても過言ではありません」

スーパーコンプレックス系の作品は、近年世界的な注目を集めており、その中でも「TVチャンピオン」を17歳で制し、その後5連覇した折り紙作家の神谷哲史がつくる作品は、圧倒的な人気を誇る。特に、龍をモチーフにした作品「龍神3.5」は、愛好家なら誰もが知る名作であり、彼に憧れて折り紙作家を目指す若い人が増えている。

「そんな神谷でさえ、当初は折り紙で食べていけずコンビニエンスストアでアルバイトをしていました。見かねた私が、『これから折り紙で生きていくなら、英語が必要だから留学しないか』と提案しました。それを受けてアメリカに留学した彼は帰国後『おりがみはうす』のスタッフとなり、現在折り図を描く仕事をしながら、自身の作品の図も描いて本を執筆しています。日本で折り紙だけで生計を立てることは非常に難しく、それができている人はおそらく5人もいないのではないでしょうか。私が折り紙で生きてこられたのは、たぶん距離感を持っていたからだと思います。折り紙が好き過ぎてのめり込むタイプの人は、どうやってお金を稼ぐかまで、考えられないんですよ」

2009年〜 「ORIGAMI」は世界の共通語になった

折り紙は日本の伝統文化であることは間違いないが、他国にも同様の伝統文化が存在しているため、日本独自の文化というには語弊がある。しかし、折り紙の技術を高め、アート作品を生み出すレベルまで昇華させたことは日本の功績といっていいだろう。山口も、日本の折り紙文化を世界に伝える上で、少なからぬ役割を果たしてきた。

「吉澤章さん(1911~2005)という折り紙の大家が、世界各地で展覧会やセミナーを開催し、日本の折り紙を世界へ広めた第一人者です。また、吉澤さんと親交のあった米国の折り紙作家リリアン・オッペンハイマーさん(1898~1992)が、『Paper folding』ではなく『ORIGAMI』と呼ぶことを提案し、これが広まったことで、日本の折り紙文化が世界に知られるようになりました。私は、吉澤さんの意思を継ぐ形で、国際交流基金から派遣されてアメリカやインドネシア、ペルー、カザフスタンなど15カ国へ出向き、折り紙文化を伝えて、世界の折り紙愛好家と交流を深めました」

現在、山口は、Origami USA(OUSA)永久会員、British Origami Society会員、韓国折紙協会名誉会員を務め、日本と世界をつなぐ架け橋として活動を行なっている。

「OUSAから、オッペンハイマーさんの誕生日10月24日を『世界折り紙の日』にしたいと相談され、日本にも“おりがみの日(11月11日)”があるから10月24日~11月11日をWOD(World Origami Days)にしようと提案しました」

これを受けてOUSAは、2009年にWODを定めたが、当初は具体的な活動に結びつかなかった。2011年から日本折紙学会と協働でWODの周知活動を行うようになったことで徐々に認知度が上がり、現在では世界各国でイベントが開催されるようになった。

FUTURE  人との巡り合いがあったから、折り紙で生きていくことができた

「残念ながら折り紙の作品は売れません。神谷がつくるコンプレックス系の作品などは、50万円以上の価値がありますが、その値段で買ってくれる人はいません。なぜなら、紙で折った作品は必ず劣化するからです。コーティングすれば劣化は防げるけれど、質感が変わり折り紙としての価値が損なわれてしまいます。だから、私たちは作品を売るのではなく、折り図を掲載した本を出版して生計を立てています。私は、これまでに150冊以上の本を出しています。『おりがみはうすガレージブックシリーズ』は、1冊3,300~4,000円程と高額ですが、複雑な折り方を丁寧に図で説明しているので、根強いファンに愛されて部数を伸ばしています。その大半は海外の購入者です。YouTubeなどインターネットのおかげで、海外で折り紙の人気が高まったことが影響しています」

YouTubeにアップされている折り紙動画は、数百万回再生されているものもあり、世界中にファンがいる。日本では子どもの玩具と思われがちな折り紙だが、世界ではORIGAMIは知的レベルの高い趣味やアートとして愛されているのだ。そして山口は、世界の愛好家や関係者から「ORIGAMI MASTER」として尊敬を集めている。

「私は50年近く折り紙で食べてきましたが、自分の力だけで生きてきたとは思っていません。先輩方や、ヨーロッパを放浪していた頃世話になった海外の友人、折紙探偵団を始めた頃の仲間、アメリカ、イギリス、韓国、いろんな国の仲間たち、彼らと巡り合ったからこそ、折り紙で生きていくことができたのです。折り紙を通じて得た人の縁、それが私の人生のすべてです」と、山口は折り紙とともに生きた半生を振り返る。

年表

  • 山口氏の
    年表

    社会の
    年表

  • 1944

    東京都に生まれる

    日本本土への爆撃が本格化

  • 1989

    折紙専門ギャラリー「おりがみはうす」開設

    昭和天皇ご逝去、平成が始まる

  • 1990

    「折紙探偵団」を結成し、会報「折紙探偵団新聞」を創刊

    東西ドイツが統一される

  • 1995

    「第1回折紙探偵団コンベンション」開催

    阪神・淡路大震災発生

  • 1999

    「折紙探偵団」から「日本折紙学会」(略称:JOAS)に会の名称を変更

    EU加盟国うち11カ国においての単一通貨「ユーロ」が誕生

  • 2006

    「JOASホール」を開設

    第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開幕

  • 2009

    WOD(World Origami Days)開始

    日本の衆院選で民主党が圧勝し政権が交代