MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
栗原 一貴氏

人を笑わせ、そして考えさせるマッドサイエンティスト

「おしゃべりが過ぎる人を邪魔する銃『SpeechJammer』の発明」でイグ・ノーベル賞を受賞した津田塾大学教授の栗原一貴氏。テクノロジーは、使い方次第で弱きを助けられると語る栗原は、なぜ物議を醸すモノづくりを続けるのか。

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

栗原 一貴(くりはら かずたか)氏 Profile

津田塾大学学芸学部情報科学科教授、ヒューマンコンピュータインタラクションの研究者

1978年〜 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に感動、博士に憧れる

鉄工所を営む職人の父と元体育教師の母のもと、3人兄弟の長男として生まれる。科学的好奇心が強く、科学誌や技術書を好んで読む子どもだった。一番影響を受けたのは映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だ。冒頭、目覚まし時計と連動した装置が起動し、テレビのスイッチが入り、トーストが焼き上がり、自動でドッグフードが盛られるシーンに感動、それを開発したドク(博士)に憧れた。

父親が仕事用に買ったものの、使いこなせずに放置していたコンピュータをおもちゃ代わりに、古本屋でプログラミングの教本を買い、ゲームをつくって遊んだ。

「コンピュータは私にとって遊びの一環でしたが、高校時代に数学の教科書にプログラムの章を見つけ、コンピュータも学問になるんだと、びっくりしたことを覚えています」

高校時代は生物が得意で、バイオマスエネルギー技術に興味があったので、東京大学の専攻は生物系の理科二類を選んだ。

1996年〜 人型ロボットではなく、透明な存在のコンピュータでいいじゃないか

実習ではカエルの解剖などが得意ではなく、生物系は向いていないと感じ、学部3年のタイミングで機械情報工学科へ転進した。

「ロボットコンテストに出たいというのも転進した理由のひとつでした。ロボコンは1回戦で敗退しましたが、やっぱりコンピュータを使ったモノづくりは楽しいと感じ、将来この方向へ進むのかなと、ぼんやり考え始めました」

卒業研究のテーマは「ゴキブリロボット」、大学院ではロボット工学研究で修士号を取得、そのまま博士課程へ進んだ。

「その分野で博士課程へ進む人は、みんなロボットが大好きなんですよ。なんとしてもロボットをつくりたい、ロボットに意識を与えたいと、強い情熱を持っていますが、私は、そこまで興味を持てず、道具としてコンピュータを考えたいと思いました。ちゃんと人間に従属していて配慮の必要がない、透明な存在のコンピュータでいいじゃないかって。それで1年ほど自主休学し、いろんな分野を見てから一旦退学してコンピュータ科学専攻の研究室に入り直しました」

2007年〜 おしゃべりが過ぎる人を邪魔する銃「SpeechJammer」

産業技術総合研究所(産総研)に就職した栗原は、情報技術研究部門メディアインタラクション研究グループの研究員として、プレゼンテーションする人を動画撮影して話し方や声の出し方、ジェスチャーなどを解析し、上達を支援するプレゼンテーショントレーニングシステムの開発に携わる。

「プレゼン中のパソコン画面に『もう少しゆっくり』などのメッセージを出すのですが、あまり効果が上がらず、もっと人間の感覚に働きかける技術はないのかと、探していました」

そのアンテナにひっかかったのが、日本科学未来館で見つけた自分の声を少し遅れて聞かせるとしゃべりにくくなるという展示だった。このときは「何かの研究に使えるかもしれない」と思う程度だったが、その後、学会でお茶の水女子大学の塚田浩二特任助教(当時。現在は、公立はこだて未来大学准教授)が、指向性スピーカー(話した声が広がらず一方向にだけ飛ばせる装置)を使っていたずらしているのを見たとき、これに声を遅延して聞かせる機能を組み合わせたら、おもしろい道具になりそうだと直感、一緒にやろうと声をかけた。

「最初はプレゼンテーショントレーニングシステムに役立つかもしれないと思ったのですが、次第に方向性が変わっていきました。これは私見ですが、研究というのは始まりと終わりが一致するとは限らないのです。例えば、陶芸で土をこねているときに偶然生まれた形状にインスピレーションを得て、新たな創作につながるという話があるじゃないですか。研究もそれに近いと思うんです。今回もいろいろ研究を重ねていく中で、人の話す速さを外からコントロールできるなら、うるさい人を抑止できるんじゃないかと、思いついたんです」。

こうして完成したのが、おしゃべりが過ぎる人を邪魔する銃「SpeechJammer」である。

2012年〜 "供養"の動画が世界でバズり、イグ・ノーベル賞を受賞

「SpeechJammer」は、国内の学会ではおもしろがられたが、国際学会ではあまり評価を得られなかった。

せっかくの研究成果を誰にも知られずお蔵入りさせるのは悔しいので、“供養”のつもりで動画をYouTubeで公開したところ、アルファブロガーに発見され「これで我々の言論の自由は終わった」と扇情的なトーンで紹介されて世界的にバズり、海外の大手メディアから取材が殺到する事態となった。

この取材対応に追われている最中に、栗原は見慣れぬメールを受信する。

「イグ・ノーベル賞を受賞したと書かれていたのですが、最初は絶対いたずらだと思いました。でも、何度かやり取りして本物だとわかったときは、純粋にうれしかったです。ちょうど自分の研究活動の中核に何があるのか、言葉にできず悩んでいたので『人々を笑わせて、そして考えさせてくれる研究』というイグ・ノーベル賞の理念に、なんというか追認してもらえたと感じました。と同時に、これでマッドサイエンティストの仲間入りだと思うと、誇らしかったですね」

イグ・ノーベル賞受賞後、日本でもマスコミの取材や講演依頼が殺到。その一環で、子どもたちに科学のおもしろさを伝える講演を行うことがあり、「そういえば、教育も自分の中でやりたいことのひとつだった」と思い出し、大学へ転職しようと考えた。

2014年 津田塾大学の学生たちと"物議を醸すモノづくり"を追求

ヒューマンコンピュータインタラクション分野の教員として津田塾大学 学芸学部 情報科学科の准教授に就任。ヒューマンコンピュータインタラクションとは、どのようにコンピュータシステムをデザインすれば、人々の役に立ち、便利か、を考える学問分野である。

ここで栗原は、学生たちと"物議を醸すモノづくり"をテーマに研究活動を始める。

「SFは、フィクションの未来像を示して議論を提起してくれますよね。それと同じように、今これがあったら生活や未来はどう変わるだろうと考えさせるモノづくりをしたいと思っています。議論を呼び起こすモノを提示し、これがもたらす未来を、みんなで考えてみませんか?と訴える、それを、私は"物議を醸すモノづくり"と呼んでいます」

「SpeechJammer」は、"物議を醸すモノづくり"の典型だが、栗原は他にも学生と一緒に数多くの"物議を醸すモノ"をつくってきた。

開閉式の蓋付きで、話を開きたいときは開き、聞きたくないと閉じる「Openness-adjustable Headset(開放度を調整可能なヘッドセット)」や、対話相手の目を見るのが怖いコミュ障な学生のアイデアで生まれた、対話相手の顔に自動でモザイクをかけるメガネ「シースルー型HMD」、のぞき見しようとすると画面に注意喚起のメッセージを流す「のぞき見防止検出器」など、さまざまな“物議を醸すモノ”を研究開発してきた。

FUTURE 世の中のあり方に対して敏感な自分を維持したい

「私は、世の中の本音と建前に疎くて、小さい頃から言われた通りにしたのに怒られるという経験を何度もしてきました。だけど、機械は言われた通りのことを完璧にやり通しますよね。そういう機械をつくると、みんなギョッとするんです。社会とは本音と建前の暗黙の前提がたくさん共有されている世界で、それが危ういバランスで成り立っているから、ちょっとした仕掛けで崩れてしまうことがある。モノづくりを通じて、その前提の脆さ、危うさを伝えたいという思いが、自分の研究の源泉じゃないかと思っています」と栗原は、自身の活動を分析する。

栗原がつくるモノは、社会でマイノリティといわれる側に寄り添うことが多い。その理由について「私が、コンピュータを含む技術が好きなのは、その使い方次第で弱きを助けられるところです。正義漢ぶって言うわけではありませんが、これは力だと思います。世の中は、強者や声の大きい人を後押しする方向に技術が使われることが多いと感じますが、そうではない使い方のほうが、みんなの幸せが高まるのではないかと、常に思っています」と話す。

最後に、今後の研究活動について質問すると「水のような状態でいたいんです。世の中のあり方に敏感な自分を維持したいという思いがあり、特定の社会問題を解決するより、世の中の矛盾とか、何か変だなと思うことを感じ、仲間たちと共感したい。特に、技術の世界は数年で景色が一変してしまうため、『これでやっていく』と決めるほうが危険なので、謙虚かつ敏感でいたい、それが私のやり方です」と、自然体の答えが返ってきた。

年表

  • 栗原氏の
    年表

    社会の
    年表

  • 1978

    栃木県宇都宮市に生まれる

    日本で初期の8ビットパソコンが発売される

  • 1996

    東京大学理科二類入学

    「ミニ種」の化石発見で岡村長之助氏(岡村化石研究所)がイグ・ノーベル賞を受賞

  • 2007

    産業技術総合研究所研究員に就任

    ウシの排泄物から「バニリン」を抽出する研究で山本麻由氏(国立国際医療センタ ー:現・国立国際医療研究センター)がイグ・ノーベル賞を受賞

  • 2012

    「SpeechJammer」でイグ・ノーベル賞を受賞

    iPS細胞の作製で山中伸弥教授(京都大学)がノーベル生理学・医学賞を受賞

  • 2014

    津田塾大学学芸学部情報科学科准教授に就任

    バナナの皮を人間が踏んだときの摩擦計測の研究で、北里大学の馬渕清資教授らがイグ・ノーベル賞を受賞

  • 2016

    「消極性デザイン宣言 消極的な人よ、声を上げよ。・・・・・・いや、上げなくてよい。」を発刊(共著)、MashupAwards2016最優秀賞を受賞

    「股のぞき効果」で東山篤規教授(立命館大学)、足立浩平教授(大阪大学)がイグ・ノーベル賞を受賞

  • 2019

    津田塾大学学芸学部情報科学科教授に就任、米ワシントン大学客員研究員に就任

    リチウムイオン二次電池の開発で吉野彰教授(名城大学)がノーベル化学賞を受賞