MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
露木木工所 露木清高氏

寄木細工には、技術とデザインと天然木の融合が生み出す素材美がある

江戸時代から受け継がれる箱根寄木細工の伝統技法を守りながら、現代の生活に溶け込む素材美を活かしたモダンな作品を生み出す寄木細工職人。国内外のコンペティションで高評価を受け、星野リゾートともコラボレーションし、寄木細工の可能性を拓く露木清高の視線の先にあるものとは。

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

露木 清高(つゆき きよたか)氏 Profile

江戸時代から続く箱根寄木細工を受け継ぐ露木木工所の四代目

1979年〜 江戸末期から伝わる箱根寄木細工を今に伝える木工所に生まれ育つ

江戸時代末期に石川仁兵衛が創作した箱根寄木細工。露木清高の曽祖父である清吉は、創始者の孫・仁三郎の弟子にあたる。工房を兼ねていた露木家の自宅には、いつも寄木細工があったが、あまりに日常的な風景だったため、露木は意識したことはなかったという。

将来の選択肢として寄木細工を意識したのは、高校生のときだった。京都伝統工芸専門校(現京都伝統工芸大学校)に興味を持ち、京指物(さしもの:釘などを使わずにつくられた家具・建具・調度品)を学ぶために進学した。

「一般に職人は“技は見て覚えろ”といわれる世界ですが、ここは一流の職人が直接技術を教えてくれる画期的な学校でした。寄木細工と京指物は別物ですが、箱を組む技術や道具の使い方、木の使い方に共通する部分がありますし、京都には伝統工芸と多様な文化があるので、それに触れたいという気持ちで進学しました」

1998年〜 伝統工芸職人としての知識と技術と心を学んだ京都の4年間

京都では、人生に影響を与える多くの人との出会いがあった。特に、京指物の名工・内藤邦雄先生から多くのことを教わった。不器用な露木は、何度も失敗を繰り返すことがあったが、先生は「学生時代にどんどん失敗して、何度も同じことを繰り返して覚えなさい」と、根気よく指導してくれた。

仲間にも恵まれた。さまざまな分野の職人を志す同期の仲間たちと一緒に作品展を開催し、お互い切磋琢磨する日々を送った。

「異なる分野の仲間たちと定期的に作品展を開催したことは、ものづくりと真剣に向き合い、未経験の技術に挑戦し、デザインを考える、最良の機会となったと思っています」

通常のコースは2年で修了だが、露木は「まだ何も確立できていない。もっと先生から学びたい」と無理を言って、さらに2年間、専科コースに在籍させてもらった。

卒業後は寄木細工の道へ進むと決めていたが、すぐに実家へ戻るべきか、他の工房や別の道で経験を積むべきか悩み、先生に相談した。すると「寄木をやるなら1番に自分の工房へ戻りなさい」とアドバイスされ、その言葉に従った。

「素晴らしい作品をつくる先生の言葉はいつでも信頼できるので、言われた通り実家へ戻ることにしました。伝統工芸は、工房によって色が違うというか、作り方に癖がありますから、あちこち行って違う色に染まるより、決めた道を突き詰めた方が良いという意味だったと理解しています」

2002年〜 寄木細工づくりに教科書はない。経験を積むことが唯一の上達の道

露木木工所の新入社員として下働きをしながら、寄木細工の技術を身に付ける日々が始まった。寄木細工の基礎として、三角に加工した木と木の間に0.3ミリの木を挟んでつくる「麻の葉」模様を1日に何本もつくった。非常に緻密な作業で2時間も根を詰めてやると集中力が切れて投げ出したくなったが、身体が覚えるまでやり続けた。

寄木細工に教科書はない。経験を積んで感覚を磨く以外上達する道はない。学生時代に内藤先生から「基礎を知らないままだと、それだけの職人になってしまうから、基礎だけは必ず教わりなさい」と言われた言葉を信じ、師匠となる父親に教えを乞うた。

「僕はわからないことを徹底的に聞き倒すタイプの人間ですが、父には『自分で考えろ』と突き放されます。寄木細工には正解がないので、失敗したときに自分なりの考えや経験がなければ解決できないからです。とはいえ、聞かなければそれだけ時間を無駄に費やすことになりますから、教えてもらうことには良い面と悪い面があると思っています」

また、寄木細工は、技術だけでつくれるものではなく、配色や模様、造形などデザイン力が欠かせないところにも、教科書では学べない難しさがある。

「寄木細工は、配色やパーツを変えるだけで見え方がまったく変わってしまう、デザイン力が問われる伝統工芸品です。残念ながら僕は天才肌ではないので、パッとアイデアが閃くことはありません。デザイン力は、教えられて身に付くものではないので、工芸品に限らずアート作品など、いろいろなものを見て自分の引き出しを増やす努力をしています」

箱根寄木細工の未来を担う若手職人が集い「雑木囃子」を結成

仕事を始めて間もない頃、小田原箱根伝統寄木協同組合(以下、組合)が開催する研修会に参加した際、同年代の若手寄木木工職人4名と出会った。組合の理事長から「同じ時期に若手が5人もいるなんて珍しいことだから。集まって何かやってみないか」と声をかけられ、飲み会を開いたものの、全員究極の人見知りだったため、最後まで盛り上がることなく宴は終了した。しかし、その後も勉強会や研修会で何度も顔を合わせるうちに5人は徐々に打ち解けていく。

それが縁となり、2005年1月に若手職人集団「雑木囃子(ぞうきばやし)」が結成され、その後、18歳の新人が加わり6人で活動を始めた。

1年だけ先輩だった露木の提案により、「雑木囃子」はオリジナル作品を持ち寄って定期的に作品展を開催することを決めた。

「どうせなら本格的な作品展にしようということで、1年かけて準備しました。その間、月に1度発表会を開き、お互いの作品を持ち寄り『いいね』『すごいね』と感想を言い合いましたが、ときどき本当にすごい作品を持ってくる人がいると、みんな無言になりました」

月日は瞬く間に流れ、2005年10月、第1回の作品展「寄木の若いかたち展」が開催された。10代から20代の箱根寄木細工職人という珍しさもあり、作品展はメディアでも取り上げられた。

「1年目で力尽きそうになったメンバーもいましたが、『継続することに意味がある』と説得し、3年連続で作品展を続けたら支援の輪がどんどん広がっていきました。それは僕らがすごいわけではなく、伝統工芸としての箱根寄木細工というバックグラウンドがあったからこそ実現できた活動だったと思います。僕らもそれはわかっていたので、地域貢献や組合貢献を常に意識していました。20代、30代前半までの『雑木囃子』の活動があったから、今の自分があると思っています」

2008年〜 世界的なプロダクトデザイナーの指導を受けて創作力が高まる

2008年、(社)箱根物産連合会が主催する第5回 全国「木のクラフトコンペ」で露木が創作した寄木細工の「抹茶椀」が大賞を受賞した。

「木取りから始めて構想を練るなかで、細かな細工ではなく大柄に寄せても素材美として、おもしろい見え方をするのではないかと考えたのが、きっかけでした。寄木細工は、連続模様の繰り返しでデザインをつくりますが、あえて縞の幅を変えることで動きのある模様にしました。神代という黒い木と、白い木のラインでアクセントをつけ、丸く削ったらおもしろい曲線が生まれました」と、受賞作品の創作過程を説明する。

「雑木囃子」のメンバーは、2008年から神奈川県が主導する小田原箱根の木製品を世界に通用するブランドとするプロジェクトに参画し、世界的なプロダクトデザイナー喜多俊之の指導を定期的に受けられる機会を得た。これがメンバーの能力と思考を格段に引き上げる結果をもたらした。

「喜多さんから3カ月に1回、新作を創るという過酷な課題を与えられたおかげで、デザインやアイデアを出す能力がすごく鍛えられました」

その成果もあり、2010年には、無垢の縞寄木細工を削って素材美を活かした「寄木サイドテーブル」が第6回全国「木のクラフトコンペ」で金賞を受賞、2011年には同シリーズの皿「えん」が第50回「日本クラフト展」で読売新聞社賞を受賞、さらに同年パリで行われた欧州最大の国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」に初出品、世界デビューを果たす。

2012年〜 星野リゾートの温泉旅館ブランド「界 箱根」とコラボレーション

高級リゾートホテルを展開する星野リゾートが2012年12月にオープンする温泉旅館「界 箱根」から、コラボレーションのオファーが届いた。地域文化の体験をコンセプトに掲げる星野リゾートは、「界 箱根」でラウンジや客室に箱根寄木細工のアートやテーブルを配したり、料理の器、土産品に箱根寄木細工を全面的に採用した。さらに特別室「箱根寄木の間」の企画・提案を受け、携わる機会も得た。

「『界』シリーズは、その地域でしか味わえない文化を体験してもらうことで宿泊者に価値を提供しており、そのテーマとして箱根寄木細工が選ばれました。食器やオブジェ、土産品の提供に留まらず、寄木細工の短冊を使って風鈴をつくる『ものづくり体験』や、工房を見学していただく『手業のひととき』というイベントなどの開催に協力しています。最初、工房見学は技術流出のリスクがあるのでお断りしたのですが、現場で原木選びから加工、カンナの削り出しまで見ていただくことが、ファンを増やすことにつながると思い最終的に承諾しました。今『界 箱根』さんは、箱根寄木細工の魅力を世界に伝える発信地となっています」

FUTURE 新しいデザインと新しい技術の融合が寄木細工の未来を拓く

露木木工所は「『生活文化の創造』− 暮らしをより楽しく、より豊かに −」とのコンセプトを掲げている。そこには、伝統的な技術・技法を守りながら、現代の生活に溶け込む寄木細工をつくり、新しい文化を創造したいとの想いが込められている。

「寄木細工は、和の器や小物だけではなく、洋食器やインテリア、建築素材にもなりますし、こだわれば美術工芸品やアートになります。現代の暮らしにフィットする便利なもの、美しいものを寄木細工でつくり、暮らしを豊かにしていけたら素晴らしいと思っています。寄木細工が生み出す素材美を多くの人に知ってもらうことが、伝統工芸を残すことにつながるので、新しいことにどんどん挑戦していきたいと思っています。新しいものをつくるには、新しいデザインと新しい技術の両方が必要なので、今、魅力的な技術を持つ素材企業さんとコラボレーションし、今までにない製品にも挑戦しています。新しい技術と融合させ、生活の中にもっと寄木細工を取り入れてもらいたい、それが僕の夢です」と、露木は寄木細工の未来に想いを馳せた。

年表

  • 露木氏の
    年表

    社会の
    年表

  • 1979

    神奈川県小田原市に生まれる

    鎌倉が伝統工芸品「鎌倉彫」の産地指定を受ける

  • 1997

     

    台東区立江戸下町伝統工芸館が開館

  • 1998

    京都伝統工芸専門校 入学(現京都伝統工芸大学校)

     

  • 2002

    露木木工所 入所

    箱根仙石原にポーラ美術館が開館

  • 2008

    第5回全国「木のクラフトコンペ」大賞 受賞

    「小田原漆器」と「箱根寄木細工」の
    アンテナショップWAZA屋オープン

  • 2010

    箱根ラリック美術館
    企画展「箱根寄木・アールデコ
    ~ラリックに先駆けた和の工芸~」開催

    京指物資料館が開館

  • 2011

    第50回「日本クラフト展」読売新聞社賞 受賞
    ドイツ・ミュンヘン「Talente2011」入選

    はかた伝統工芸館が開館

  • 2012

    星野リゾート「界箱根」 特別室「箱根寄木の間」

     

  • 2013

    ECODESIGN EXHIBITION 2013 佳作 受賞

    東京都美術館の新伝統工芸プロデュース事業
    「TOKYO CRAFTS & DESIGN」がグッドデザイン賞を受賞