MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
COCOA MOTORS.佐藤国亮氏

カバンに入れて持ち運べるクルマ「WALKCAR」が移動を再発明する

カバンに入れて持ち運べるクルマ「WALKCAR(ウォーカー)」を試作した瞬間、「これは世界を変える製品だ」と直感した佐藤国亮氏。移動を再発明するプロダクトの開発は幾度も壁に直面したが、10年後ついに市販に漕ぎ着けた。なぜ「WALKCAR」は、世界を変える製品なのだろうか。

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

佐藤 国亮(さとう くにあき)氏 Profile

世界最小のEV(電気自動車)「WALKCAR」を開発・販売するCOCOA MOTORS.株式会社の代表取締役社長。

1989年〜 何をやっても誰より上手くできる、知恵を絞りサクッと道を拓く天才

小さい頃から「お前は天才だ」と言われて育てられたからかもしれない。勉強でも、運動でも、遊びでも、何をやっても誰より上手くでき、サッカーをやればゴールを量産しキャプテンとしてチームを率いた。こうした数々の経験から佐藤は、自分が天才だと信じていた。

コツコツ努力するのは苦手、知恵を絞り最小の労力で最大の結果を得るのが得意だ。信条は「サクッと効率的に」。大学受験も、どうすれば試験勉強しないで進学できるかを考え、推薦枠を利用してサクッと東京電機大学に進学した。

2007年〜 電気自動車の将来性に目をつけ、大学院で研究に取り組む

大学では建築とソフトウェアを専攻したが、将来何になりたいかイメージがわかず、父親に相談を持ちかけた。すると、父親の友人で電気自動車の研究開発をしている大学教授が書いた本を渡された。

「クルマに興味はなかったのですが、『電気自動車の時代が来る』という言葉に刺激されたことと、その教授がテスラを絶賛していたので、ショールームへ行って試乗しました。とにかくパワーがすごくて、カッコいい。これをやってみたいと思いました」

東京電機大学には電気自動車の研究室がなかったため、提携先の芝浦工業大学の大学院へ進み、パワーエレクトロニクス研究室に籍を置いた。ここで2年間インバーターのプログラムを書いたり、自動車メーカーのいすゞ自動車と共同研究でモーターを開発したり、基礎的な知識と技術を身に付けた。

2011年〜 謎の工作品を持ち込んだ学生たちの可能性を見抜いた慧眼の投資家

中高のサッカー部で一緒だった旧友と再会し、近況を語り合った。佐藤が電気自動車の研究をしていると知った旧友は「乗り物もパソコンみたいに携帯できればいいと思わないか?」と、アイデアを口にした。これが後に「WALKCAR」になるのだが、当時の佐藤は大学院でモーターを研究していたこともあり、「人間を運べる高出力モーターはパソコンサイズには収まらない」と知っていたので、このアイデアに否定的だった。無理だと思いながら、試しに東急ハンズでラジコン用モーターとギアを買い、木材に固定して動かしてみた。すると、ギアが悲鳴を上げながらも、その不格好な試作機は人間を乗せてノロノロと走りだした。このとき佐藤は、「これは世界を完全に変える製品になる」と確信した。

開発資金を手に入れるため、友人らとチームをつくり、出資金500万円を獲得するべくMOVIDA JAPANの起業家支援プログラム「Seed Acceleration Program」に応募した。しかし、このプログラムはネットビジネスの起業家を対象にしていたため、「夏休みの自由工作」みたいなタイヤ付きの板切れを手にした佐藤たちは、選考会場で明らかに浮いていた。

『センサーは付いてないの?』との質問に『アイデアはあるので、これから研究します』と答えた佐藤に審査員は失笑、評価は0点が並んだ。しかし、ただ一人、他の審査員の反対を押切り、これは面白いと「WALKCAR」を入賞させた人物がいた。その人物こそMOVIDA JAPANを立ち上げた稀代の投資家、孫泰蔵だった。

孫の慧眼に見出され「WALKCAR」の開発は一気に加速する。MOVIDA JAPANは、右も左もわからない学生に専門家を紹介し、事業計画書の書き方を教え、ベンチャーキャピタルと繋ぎ、製造に協力してくれる企業探しに力を貸した。

会社に残っても、せいぜい孫正義さんの後継者にしかなれない

しかし、世の中は甘くなかった。何人もの投資家や自動車メーカーのエンジニア、コンサルタントを紹介されて会いに行ったが、誰もが「設計もコンセプトもなっていない」と「WALKCAR」を全否定した。

自分が天才だと信じる佐藤以外のメンバーは、現実の冷たい風に打たれて起業の夢を打ち砕かれ、就職活動をはじめ、1人また1人と去り、ついに佐藤1人になってしまった。

「自分には成功のイメージが見えていたけれど、みんなには見えていなかったんでしょうね。でも、1人になって思い通り開発できるようになったから、逆に希望が見えました」

大学院にもほとんど顔を出さず開発に没頭したが、1人での開発に限界を感じ始める。やはり優秀な仲間と資金がなければ、これ以上先へ進めない。そこで、知恵を絞り「就職すれば、人もお金も一気に手に入る」との解を導き出す。そして何の準備もせずに就職活動を開始。投資家用につくったプレゼン資料をコピペしたエントリーシートを企業に送付、採用面接では「入社したら事業部門をつくり『WALKCAR』を開発します」と宣言。サクッとソフトバンクの内定を手に入れた。しかし、入社後の新人研修中に佐藤は衝撃的な体験をする。

「優秀な同期がたくさんいるはずなのに、何をやっても自分が圧倒的に上回ってしまうんです。新規事業のアイデアを出せば誰より斬新で、開発スケジュールを考えれば精緻、収益性も高くて、ちょっと次元が違う感じでした」

その衝撃的な体験は、本配属後も変わらず、ここにいても成長できないと感じ3カ月で辞めてしまった。

「この会社にいても、せいぜい孫正義さんの後継者にしかなれないと気付いてしまいました。自分は歴史に名を残したかったので、サクッと辞めました」

2013年〜 起業、試作機完成、資金調達、予約開始の絶頂から突然の販売延期

同年、COCOA MOTORS.株式会社を設立。ときどき兄が福岡から上京して開発を手伝ってくれたが、基本的には1人で開発に取り組み、ついに2015年に第1号機を完成させた。

第1号機はノートPCサイズで重量2.8kg、体重移動だけで曲がる・止まる・走る基本性能を備え、航続距離は10km超、最高速度10km/h。その洗練されたデザインと斬新なコンセプト、颯爽と街中を走るプロモーション動画が話題を呼び、国内外のメディアや購入希望者から問い合わせが殺到、一躍「WALKCAR」の名を世界に知らしめた。

大手ベンチャーキャピタルから5億円を調達し、長兄と次兄が会社を辞めて入社、ソフトバンク時代の同期2名と、試作メーカーから量産ノウハウに長けたベテラン技術者が参画、COCOA MOTORS.は本格的に動き出した。2016年には実用化の目処が立ち、予約販売開始をリリース、すると7,800台を超える予約が殺到した。しかしCOCOA MOTORS.は、その後、技術的な理由から販売を延期すると発表し、表舞台から姿を消した。

ギア式からダイレクト式への大胆な設計変更、モーター開発に4年を費やす

「室内移動はできるものの、屋外走行するとギアが騒音を上げ、段差も越えられず、すぐ壊れてしまいました。耐久性もパワーも劣悪で、徒歩に勝てる要素が何ひとつない。試作品を10台つくった時点で販売延期を決断し、設計をやり直すことにしました」

ギア駆動方式を断念し、モーターとタイヤを直結させるダイレクト駆動のインホイールモーター式にすれば課題を解決できるが、その仕様に耐える高出力な市販モーターは世界中のどこにもなかった。市販品がないなら開発するしかないと、モーターメーカーに相談を持ちかけた。すると、国内トップメーカーの日本電産サーボが興味を示し、日本電産の創業メンバーに名を連ねる小部博志会長(当時)が、COCOA MOTORS.まで足を運び、専用モーターの開発を約束してくれた。

しかし、開発は難航を極める。走っては壊れ、走っては壊れを何百回も繰り返す。4年後、ついに理想のモーターが完成した。「WALKCAR」を企画したあの日から、実に10年もの月日が過ぎ去っていた。

FUTURE 世界を変える製品というより、乗った人の世界を変えてしまう製品

2020年6月、「WALKCAR」の正式販売を開始。以降、半年間で約500台の「WALKCAR」を販売した。購入者の中には、あのAppleの名前もあったという。

10年前、「世界が変わる」と感じた佐藤のインスピレーションは、製品を完成させた今、本物に変わったのだろうか。

「『WALKCAR』が、世の中を便利にするとか、世界を変えるというより、『WALKCAR』に乗った人の世界を変えてしまうんですよ。自動車や電車のような乗り物と異なり、身体と一体化し、あらゆる空間を自分が支配しているような感覚を得られます。見える景色もまったく変わってしまい、世の中を思い通りにできる無敵感を味わえます。昨年アメリカを走ったとき、言葉は通じないのに、街を歩く見知らぬ人たちからも絶賛され、『WALKCAR』に乗るだけで、ここまで自分が強くなれるんだと実感しました。世界が変わるこの体験を、もっといろいろな人に味わってもらいたいですね」と、佐藤は『WALKCAR』を手に、満ち足りた表情を見せた。

年表

  • 佐藤氏の
    年表

    社会の
    年表

  • 1989

    東京都に生まれる

    GMが電気自動車「IMPACT」を発表

  • 2008

    東京電機大学へ入学

    テスラモーターズが「ロードスター」を販売開始

  • 2011

    「WALKCAR」の着想を得て開発開始

     

  • 2012

     

    Googleの自動運転車にナンバープレートを交付

  • 2013

    COCOA MOTORS.株式会社設立

    トヨタが「TOYOTA FCV CONCEPT」を発表

  • 2015

     

    テスラが「モデルS」にオートパイロット機能を搭載

  • 2016

    「WALKCAR」予約販売を開始、世界的な大反響

     

  • 2020

    「WALKCAR」市販開始

    日本の道路交通法「レベル3」の自動運転を解禁