MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
哲学者・起業家 木村 洋平 氏

“なにもかも遊び戯れている”という思想を提唱し、
エシカルな社会への貢献を目指す哲学者・起業家

この世界のなにもかもが「遊び戯れている」という遊戯を軸にした新しい哲学の概念を提唱する木村洋平氏。10年以上かけて哲学の根本的な問いにひとつの答えを見出した木村氏は、次なるステージとして立ち上げたWebメディア「エシカルSTORY」で何を表現するのか。

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

木村 洋平(きむら ようへい)氏 Profile

作家・編集者・哲学者として数々の本の執筆及び制作に携わり、2020年にWebメディア「エシカルSTORY」を起業。

1983年〜 幼少期から頭の中にいる自分と対話を重ねていた

小学生のとき、親から小さなメモ帳をもらった。そこに世界のあらゆることを書き尽くした『世界大事典』をつくろうと思いつく。その項目のひとつとして「言語」を選んだ木村は、「人間の言葉はどうやって生まれたの?」と母親に尋ねたという。小さい頃から頭の中にいる自分と対話を重ねていた木村は、幼くして哲学的思考を持っていたことがわかるエピソードだ。

小学校2年生のとき、上級生の“あおぐ君”にいまでいう「いじめ」を受けた。ちょっと女の子と話していただけで仲間を焚きつけて相合傘をいくつも書かれ、からかわれた日のことは今も記憶に残っている。しかし、ある日、2人の関係が突然変化する。その日は朝から晴天だったが、突然予期せぬ大雨が落ちてきた。たまたま “あおぐ君”と2人きりだった木村は、レインコートと傘の両方を持っていたので「今度会ったときに返してくれればいいから」と自分の傘を手渡した。「ありがとう」と“あおぐ君”は申し訳なさそうに呟いた。

「何も考えず、傘を持っているのに貸さないのはおかしいかなと思っただけですが、あれ以来かまわれることはピタリとなくなりました。今思えば、あれがエシカルにつながる最初の記憶ですね」と木村は、当時を振り返る。

2000年〜 偶然手にしたニーチェの本を読み哲学に目覚める

高校2年生のとき、学校の図書室で偶然ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波書店)を手に取り「これはおもしろそうだ」と直感し、すぐ本屋で購入した。「1回目はまったく意味がわからなかったけれど、次に読み返したら全部理解できたような気がしました。意味のない規範や暗黙のルールに縛られやすい精神が自由になっていく感覚があり、勇気をもらいました。あれが最初の哲学の目覚めです」以来、木村は古典から近代まで西欧、中国、インドなど、あらゆる哲学書を読み、世界史や文学にも手を広げた。

「哲学から栄養をもらい『世界を知りたい』という気持ちと、『倫理的に生きるとはどういうことか』を考えるようになりました」

2001年〜 持論を振りかざし権威と呼ばれた東大教授に舌戦を挑む

東京大学 文科Ⅰ類へ進学、教養学部 基礎科学科(科学史・科学哲学)を専攻する。東大にはヴィトゲンシュタイン研究の権威として知られる教授がおり、そこで哲学をしたいと考えていた。

学部生ながらヴィトゲンシュタイン後期の主著『哲学探究』を読む院生のゼミに出席し、当てられてもいないのに、和訳やレジュメを毎回のように用意して勝手に配り、黒板に図を描き解釈をする教授に「先生、それはすべて間違えています」と持論を捲し立てた。ゼミの時間の3分の1から半分ほど木村がしゃべり続けるため、ゼミ生からも教授からも静かに距離を置かれた。

若きヴィトゲンシュタインも言語哲学の権威であり師のラッセルに舌戦を挑む激しい性格の持ち主だった。木村はそんなヴィトゲンシュタインに憧れていたのだ。しかし、ヴィトゲンシュタインが師ラッセルから『君には敵わない。言語と哲学は君に任せる』と脱帽され、支援する立場にまわったのと対照的に、木村は師と慕う教授から『僕は君のラッセルにはならないから』と匙を投げられてしまう。

「ヴィトゲンシュタインの魅力は、刃のように鋭く研ぎ澄まされていながら、どこか詩的な美しさを持つ文体にあるのに、教授はわかりやすい文体で教え諭すように翻訳したのです。これではヴィトゲンシュタインの声は伝わらないと思い、自分で翻訳するしかないと決意し、袂を分かちました」。そして、木村は2007年に新訳『論理哲学論考』を社会評論社から出版することになる。

ライフワーク“遊戯の哲学”を見出すも、半病半生の状態に

同時期、木村は自身のライフワークとなる“遊戯の哲学”という概念に目覚める。これは木村が哲学のみならず、あらゆる思想、歴史、宗教、文学などを吸収する中で見出した独自の思想で、歴史を遡っても誰も着想を得た人間はいない概念だった(後に荘子の「遊戯」の思想が偉大な先達だったと気付くことになる)。

「“遊戯の哲学”では、世界のありとあらゆるものが『遊び戯れている』とみなします。人間は、社会的規範や法律、生まれながらに持つ原罪など、さまざまなものを背負って生きています。しかし、それは地上的な世界で捉えた姿に過ぎず、理念的な視点から見れば、人間も動物も自然も何もかもが自由奔放に生命を躍動させているだけ、つまり『遊び戯れている』と捉える概念です。遊戯の世界において人間は、全肯定されていて、自分の本領を発揮することができます」

この“遊戯の哲学”を世に示し、本にすることが自分の使命だと考えた。しかし、この頃から重い神経症を患い、体が思うようにならず半日活動しては半日寝込む日々が続く。今日を生き抜くだけで精一杯、将来の就職や社会に出て生計を立てることなど考えることもできなかった。そのため大学院を卒業後は、親の勧めに従って市役所へ就職した。

2011年〜 重圧を背負い、出口の見えない孤独の中で書き続けた10余年

体調は改善せず、結局市役所を4カ月で退職。その後、好きな本の紹介を通してゆるやかに交流する読書会「本のカフェ」を主宰しながら、フリーの編集者兼ライターとして出版社に出入りして本づくりに携わり、合間に “遊戯の哲学”の執筆を進める日々が続く。

“遊戯の哲学”は、当時、木村以外に誰も理解できない世界観のため、どれだけ行き詰まっても相談できる人間はいない。書いても、書いても終わりは見えないどころか、終わりがあるかさえわからない。しかし、諦めるわけにはいかない。“遊戯の哲学”は、古代ギリシア以来、長年問い続けられてきた哲学の終着点だと信じており、それを後世に残すことが使命と信じているからだ。自分だけを信じ、重圧を背負い、書き続ける壮絶な孤独の日々を過ごした。

着想から10年、30歳で「遊戯哲学博物誌」を書き上げた。一度は中堅出版社から出版が決まったものの、途中で「採算が取れない」と手を引かれてしまう。その後も加筆修正を加えながら他社に持ち込んだが、同じ理由で4年間却下され続けた。

そんなとき、編集者として付き合いのあった出版社の社長が「おもしろそうだから出そうか」と申し出てくれ、2017年9月ついに『遊戯哲学博物誌』の初版が刊行された。

「出版されたときは使命を果たした、やっと解放されるという思いだけで、ほとんど喜びはありませんでした」と木村は話す。

2020年 Webメディア「エシカルSTORY」を立ち上げる

『遊戯哲学博物誌』を世に送り出したことで使命から解放された木村は、あらためて社会的存在として、自分にできることを考えた。

「編集者として予算を配分し、チームビルディングしながら本を出版した経験と、哲学を中心とする知識、そして文章表現力を生かしてできることは何か。思い巡らせる中、エシカルをテーマにしたWebメディアでの起業に辿り着きました」

旧知のデザイナーやインキュベーションオフィスで知り合ったメンバーと2020年6月「エシカルSTORY」というWebメディアを立ち上げる。このメディアは、エシカルを「ひと、環境、社会、地域、文化に配慮したライフスタイルを作ること」と定義し、よりよく生きようとする人を取材し、その魅力をストーリーとして伝えることを目指している。

「20世紀半ばから世界を席巻したアメリカ流の安易な合理主義は、大量消費社会に表れるような、単一の世界観・人生観を撒き散らしました。そのなかで、「この均質化された社会に適合できないならば、そういう自分は切り捨てざるをえないのか」と多くのひとが苦しんでいるように見えます。エシカルSTORYの代表兼編集長として、ひとりの人間として、詩人、作家、哲学者として出会ったひとの善い部分に向かって話しかけ、耳を傾けていきたい。誰のなかにも、きっと『魂のある部分(魂を守ろうとする部分)』と『魂のない部分(魂を抜かれた部分)』があり、両方が同居しています。たとえ人間が『魂を守り抜く』ことを完全にはできないとしても、世界や自分の善い部分に目を向けられるよう、ひとのSTORYを紡いでいきたい。なにもかもが『遊び戯れる』自由奔放で自分の本領が発揮できる世界を目指して」

木村の新しいライフワークが、ここから始まる。

年表

  • 木村氏の
    年表

    社会の
    年表

  • 1983

    東京都大田区に生まれる

    海洋汚染防止のための「マルポール条約」発効

  • 2000

    ニーチェと出会い哲学に目覚める

    英国でフェアトレードタウン運動が始まる

  • 2001

    東京大学入学

    国連でミレニアム開発目標(MDGs)を採択

  • 2007

    新訳『論理哲学論考』出版

    日本で環境影響評価法を交付

  • 2010

    『ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン著『論理哲学論考』対訳・注解書』出版

    生物多様性のための国際条約「名古屋議定書」採択

  • 2011

    エッセイ集『珈琲と吟遊詩人―不思議な楽器リュートを奏でる』出版

    エシカル消費を紹介する「スペンド・シフト」日本語訳発刊

  • 2017

    『遊戯哲学博物誌』

    一般社団法人日本エシカル推進協議会発足

  • 2018

    徳島県が全国初の「徳島県消費者市民社会の構築に関する条例」通称エシカル消費条例制定

  • 2020

    エシカルSTORYを起業

    気候変動対策の国際合意「パリ協定」開始