MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
合同会社夢野書店 店主 西山 友和 氏

漫画を通じて人から人へ想いを伝えたい

日本に古書漫画ブームを巻き起こした神田の老舗古書店「中野書店」で約30年間働いた後、同書店の閉店を受けて一念発起。素晴らしい時間を一緒に過ごしてくださった顧客への感謝と、時を超えて想いを伝える漫画という文化を次世代へ伝えるべく、西山友和は独立を決意した。

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

合同会社夢野書店 店主 西山 友和 氏 profile

古書漫画専門店「夢野書店」を開店した店主

1950~ 「新宝島」に20万円の値付けをした初代店主の先見の明

 戦後間もない1950年代、中野実は福岡県久留米市に近代文学専門の古書店「中野書店」を開く。しかし、久留米での古書売買は思うようにいかなかった。福岡に出ようか、他の商売と併用しようか悩んだが、知人に勧められて東京進出を決断。1960年、上京して三鷹市に中野書店を開店した。後に、中野書店へ入社する西山友和は、その前年である1959年に横浜市で生を受けた。

 中野実の功績は、古書の世界において漫画の価値を高めたことだと言われている。当時、大衆娯楽である漫画本は、古書としての価値を認められていなかった。そんな時代に中野実は、手塚治虫の初期単行本「新宝島」に20万円の値付けをし、世の中を驚かせた。

 「おやじさん(中野実)は、三島由紀夫の著書を参考に値付けをしたと聞いています。当時、文学界において三島由紀夫はスター的存在で、ものによりますが古書も高額で売り買いされていました。おやじさんは、手塚治虫は三島由紀夫に匹敵する作家性があり、いずれコレクターが古書を求めると見抜いていたのです」と西山は説明する。

 中野書店が、手塚作品に光を当てたことで、その価値は神田だけでなく、日本全国に広がり一大ブームとなった。その影響は、ほかの漫画作品にもおよび、古書の世界において漫画は一つのジャンルとして確立されることになる。

1977~ 2代目が制作した復刻本がヒット、全国的な古書漫画ブームに

 さらに、中野書店は、2代目中野智之の功績により、古書漫画の草分け的存在として、その評価を絶対的なものにした。自ら藤子不二雄のファンクラブを立ち上げるほどの漫画好きだった中野智之は、1977年に水木しげる、松本零士、楳図かずお、杉浦茂という、当時、入手困難だった人気作家の初期作品を1冊にまとめ、さらに作家本人へのインタビュー記事、直筆サイン、別冊をまとめた復刻版を限定500部で制作した。このシリーズが大いに評判を呼び、以降、全国的に漫画を扱う本屋が増え、古書漫画屋は、人であふれるようになった。

 その時期、西山は学童社から発刊された「漫画少年」が愛読誌の大学生だった。高橋葉介のホラー漫画が好きで、神保町の古書店へ探しに出かけたこともあったが、まさか、自身が古書店で働くことになるとは、このときは想像もしていなかった。

1981~ 本の並べ方一つで売れ行きが変わるおもしろさ

 西山の転機は、大学を卒業後の1981年に訪れる。友人に誘われて、社会科学古書専門の大塚書店でアルバイトをはじめたのだ。大塚書店は、開店して数年の新参古書店で在庫数が少なく、地方のスーパーや百貨店などで古書を販売する「外売り」で日々の売上を稼いでいた。西山は、この「外売り」担当として雇われた。大塚書店で働くうちに、本の並べ方一つで売れ行きが変わることに興味を抱き、徐々に古書店の仕事に引き込まれていく。

 「店主からは、知識を増やす、自身を高めていくことが商売につながる。上っ面だけでは商売はできないと教えられました」

 大塚書店が店を構えていたのは、1977年に竣工された9階建てのモダンなビル「神田古書センター」だった。1979年に同ビルへ移転してきたのが、中野書店である。同じビルのよしみで、西山は店主だった中野智之と妻の千枝とよく食事に出かける仲になった。

 1982年、中野書店の漫画部で店番をしていた中野智之の娘が結婚して退社することとなり、西山に声がかかる。「よかったら、うちで働きませんか?」と。

 漫画は好きだし、もっとお客さんに喜んでもらえるように棚を整理してみたいとの思いもあり、入社を快諾した。

 「最初は苦労しましたよ。娘さんだけではなく、アルバイトも辞めてしまい、社長は買い付けで全国を飛び回っているので実質お店は僕一人。買取価格がわからないから自分なりにノートをつくって、作品と作家の価値を必死に勉強しました」

■作家や編集者自らが原画や初版本を持ち込む古書店

 中野書店には、作家や編集者が直接作品を持ち込むことも多かったという。当時は版権管理が今ほど厳しくなく、作家に原稿を返却する出版社も珍しくなかった。作家にとっても、自宅に大量の原稿を保管するのは大変なことである。とはいえ、命を削って描きあげた原稿を捨てることはできない。できれば、漫画の価値を十分理解し、ちゃんと管理ができ、思いがわかる人へ手渡してくれる古書店に託したい、そう考える作家たちがこぞって中野書店へ原稿を持ち込んだのだという。

 「我々の商売は、単なるモノの売り買いではありません。この人だからこの本を託せるという信頼関係がなければ、この仕事は成立しません。同じタイトルの本でも、人それぞれ思い入れが違います。本を託す人の気持ちを理解し、それを次に受け取ってくれる人へ伝えていく。時代の空気、思い出、気持ち、雰囲気まで含めて、人から人へ古本を介して思いを繋いでいく、古書店とはそういう仕事なのです」

2014~ 漫画文化を絶やさないために夢野書店を開店

 2014年7月、中野書店二代目の中野智之が体調を崩して入院。その後、容体が急変し、年末に永眠してしまう。このとき、すでに先代社長の中野実は高齢となっていたこともあり、中野書店は神田の店を閉め、西荻窪へ移転し目録とインターネット販売をメインにすることを決めた。

 想像もしていなかった事態に西山は混乱する。店舗がなくなってしまったら、いつも通ってくれる常連さんに申し訳ない。自分は、この町で、この空間でお客様に育てていただいたからこそ今がある。なんとかお店を存続させ、その恩返しをしたい。その思いだけで、独立して中野書店漫画部の思いをつなげることを決断。2015年1月に中野書店が閉店すると、2月に新会社設立準備に奔走、翌3月には「夢野書店」をオープンした。店名の夢野は、かの横山光輝先生の名キャラクター「魔法使いサリー」の名字を拝借したという。さらに、中野書店の「野」にその志を引き継ぎ、夢と理想を掲げた昭和漫画の心意気を伝えたいとの思いを込めた。

 西山は、新たに夢野書店をオープンするにあたり、「気持ちが安らぐような品物とフロア、ゆっくり、ゆったりできる、時間を忘れられるような場所にしたい」とのコンセプトを掲げた。そして、古書に詳しくない人でも容易に本を選べるよう、すべての本に一目で本の状態と価値がわかる総合評価表を貼付けた。そこには、出版年や版、限定ものか復刻版かという表記と、本そのものの状態と市場における価値が5段階で評価されている。30年間培ってきた鑑定眼を生かしたサービスである。

 「相場は変動するものですが、私たちが望むのはお売りになりたい方、お求めの方どちらも納得できる価格を提示することです。短期間で利益を上げるのはどうも性に合いません。漫画を愛する皆様とできるだけ長く親しいお付き合いをしていきたいからです」と、夢野書店の方針を話す。

FUTURE未来へ 時間を超え、国境を越え、漫画文化を伝え続けたい

 書籍の電子化が急速に進み、紙の漫画もいずれは消える運命にあるかもしれない。このデジタル化の波の中で、古書店の未来はどうなっていくのだろうか。

 「私たちは、日本漫画が基礎を築き上げた時代の作品や資料の専門家です。商品の多くが、制作に直接携わった方々からの出品であり、その信頼性が夢野書店の最大の誇りです。漫画やアニメ制作に情熱を持ち、自らの仕事に打ち込んだ制作者の方々がその志を後世の制作者に伝えたいと望む、また漫画を愛することで素晴らしい時間を過ごした方々がその幸福感を人々に伝えたいと思う、そうした真面目な熱意に私たちはお客様以上の熱意を持って取り組んでいきたいと思っています」と西山は決意を話す。

 近年、世界的に出版市場が縮小する一方で、日本の漫画・アニメは世界に広がっている。訪日外国人観光客の増加に伴い、夢野書店を訪れる外国人も増えた。「子どもの頃、日本のアニメを見たという中東やヨーロッパ、アジアの方が多いですね。先日も台湾の方が『ドラえもん』の初版本を購入し、とても喜んでいました。台湾でもすごく人気があるそうです」

 今後の店づくりの方向性を伺うと、これまで通り紙メディアで目録(古書販売用カタログ)を発行しながら、ブログやTwitterなどのネットもバランスよく活用していくことを目指すという。

 「フロアは、テーマパークのように楽しい雰囲気を出したいですね。実店舗があればこそお客様はふらりと立ち寄り、様子を見た上で納得のお取引ができるし、予期せぬお宝と出会うこともあります。今の若い人は、デジタルの世界で検索から作品に接することが多いので、横への広がりがないんですね。例えば、ブラックジャックは好きだけどアトムは知らないという感じです。でも、お店に来てくだされば、同じ作家の別の作品に出会うことができ、楽しみが広がります。休日の散歩や仕事の休憩時間、東京見物のついでに店をのぞいて、懐かしい雰囲気の中でお買い物を楽しんでほしいですね。そして、そう言えばこんなの昔持っていたな、とひらめいたら、ぜひ次はそれを持ってお越しください」と西山は、店の中に並ぶ古書をまるで我が子を愛でるように撫でながら笑った。

年表

  • 西山の
    出来事

    社会の
    出来事

  • 1959

    西山友和、横浜市にて誕生

    週刊少年マガジン/週刊少年サンデー創刊

  • 1960

    中野書店が東京都三鷹市へ移転

    カラーテレビ本放送開始

  • 1976

    中野実が手塚治虫「新宝島」初版本に
    20万円の値付けをする

    「こちら葛飾区亀有公園前派出所」連載開始

  • 1977

    中野智之が人気作家4名の復刻本を発刊

    「銀河鉄道999」連載開始

  • 1979

    中野書店が神田古書センターに移転

    「ドラえもん」2度目のアニメ化

  • 1981

    西山が大塚書店でアルバイトを開始

    「タッチ」連載開始

  • 1982

    西山が中野書店に入社

    「AKIRA」連載開始

  • 2014

    中野智之が急逝

    「ゴールデンカムイ」連載開始

  • 2015

    夢野書店開店

    「ワンピース」の発行部数がギネス記録に

(コンセンサス 2019年3月-4月号 掲載)