MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
株式会社マザーハウス 代表取締役社長/デザイナー
山口 絵理子 氏

言葉じゃなく、ものづくりで世界を変えたい。

途上国の過酷な現実を前に悩み、傷つき、勇気をもらいながら、山口絵理子は世界に通用するブランドづくりに挑む

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

株式会社マザーハウス 代表取締役社長/デザイナー 山口 絵理子 氏 profile

国際機関のインターン、バングラデシュ滞在の経験を経て24歳でマザーハウスを設立。現在、日本国内21店舗、海外8店舗で販売を展開

1981~ 机の上の開発支援に疑問を感じ、単身バングラデシュへ

 埼玉県で不動産業を営む傍ら陶芸家としても活躍する父親と、茶道を愛する強くやさしい母親のもとに生まれた。小学校のとき、男子児童からひどいいじめを受ける。抵抗しても泣いても叫んでも、何も変わらない現実、絶望的な日々の記憶は、今も山口の心から消えていない。

 「途上国の人たちに、私は同じにおいを感じます。彼らは、国際競争の中でメインアクターになれないとわかっていながら、それでも生きていかなければならない。そこに強烈なシンパシーを感じます」と、少女時代の自分と途上国に生きる人たちを重ねあわせる。

 大学で「開発学」を学び、途上国の開発支援に興味を持った山口は、4年のとき米州開発銀行のインターンに応募した。各国からエリートが集まるオフィスでの仕事は刺激的だったが、慣れてくると違和感を覚えるようになった。その原因は、彼らが現地を訪れずに机の上だけで支援計画を練っていたからだ。「現地の事情も知らず、本当に良い政策がつくれるだろうか」と疑問を感じた山口は「援助が本当に役立っているのか、現実を自分の目で見にいこう」と考え、パソコンで「アジア 最貧国」と検索して表示されたバングラデシュへ飛び立った。

2003~ 最貧国の現実に愕然、偶然出会ったジュート工場から道が拓ける

 バングラデシュの空港を出た途端、「マネー!マネー!」と口走る物乞いの群衆に取り囲まれた。街には、手足の無い人々が彷徨い、裸の赤ん坊が泣き叫んでいた。過酷な現実を目の当たりにし、短期滞在でこの国を知ることはできないと考え、現地の大学院への入学を決意する。2004年4月、首都ダッカにアパートを借り大学院に通いはじめた。当初は「こんな私でも何か役に立てるはず」と意気込んでいたが、現実は甘くなかった。“この国は変わらない”と諦めきっている国民の前で山口は、ちっぽけで無力な“よそ者”に過ぎなかった。何もできない自分に絶望し自暴自棄になっていた山口を救ったのは、ジュート(麻の一種)だった。ダッカの街でジュートのバッグを目にした山口は、好奇心の赴くまま工場を訪問。そこには、汗を流しながらジュートの袋を手づくりする工員の姿があった。

 「織機はガシャガシャうるさいし、埃は舞っているし、ひどく暑かったけど、その空間が、なぜかすごく心地よかった。汚職やテロ、デモがあふれる世界で多くの人は希望を失っているけど、この人たちは自分の手で価値を生み出している、その躍動感みたいなものに惹かれました。その日から、大学院そっちのけで毎日工場に通いました。ある日、ふと思ったんです。どうせならもっと良いものをつくればいいのにって」この思いつきが山口の人生を変えた。

2005~ 地元の工員たちと肩を並べて朝から夜中までバッグづくり

写真提供:株式会社マザーハウス

 ダッカの小さなアパートに戻ると、山口は頭に浮かんだ思いやイメージを猛烈な勢いでスケッチブックに書き込んだ。「途上国から世界に通用するブランドをつくる」となぐり書きし、ジュートを使ったバッグのデザイン画を描きまくった。

 翌日からデザイン画を手に「サンプルをつくってほしい」と現地のバッグ工場を訪問。「お前みたいな小娘に何ができる」「忙しいから帰れ」、門前払いが続く。それでも諦めず何十軒もアタックし、ようやく一軒の工場がサンプルづくりを請け負ってくれた。山口は、朝早くから夜中まで工場に詰めて指示を出したが、納得いくものができない。何度も作り直すうちに職人がイラつき、何度も口論になった。それでも妥協せず修正を繰り返す。一方、毎日一緒に食事をし、会話を重ねるうちに、工員たちとの距離はどんどん近づいていった。工員たちは親しみを込めて山口を「マダム」と呼ぶようになった。苦労の末、ようやく160個のバッグが完成した。

2006~ 裏切られ、傷つき、どん底からの再生

 2006年1月、日本でバッグの販売を開始。3月には会社を設立。尊敬するマザー・テレサのマザーと、みんなが帰れる“家”になりたいという意味を込めて「マザーハウス」と名付けた。販路もなく苦労したが、大手販売店のバイヤーに気に入られる幸運もあり、約3ヶ月で130個を販売。次のバッグを生産するためバングラデシュへ戻ると、工員たちが駆け寄ってきて「マダム、おかえり!」と大歓迎してくれた。みんなで力を合わせ、さらに650個のバッグを生産した。

 2006年11月、事態は突然暗転する。工場内で山口のパスポートが盗まれるトラブルが起き、これを機に信頼関係が崩壊し、契約は破棄された。ようやく見つけた次の工場でも裏切りに遭いバッグ生産は暗礁に乗り上げる。途上国でビジネスを展開する難しさを痛感し、マザーハウスをやめたいと悩んだが、あの日スケッチブックに書きなぐった「この地に希望の光を灯したい」との言葉を胸に、もう一度自分を奮い立たせた。

 安定したビジネスを行うには、自分たちで生産管理しなければダメだと考え、現地で最も信頼できる人物を口説き落とし、パートナーに迎えて現地法人「マトリゴール(現地語でマザーハウスを意味)」を立ち上げた。さらに、現地有数の腕を持つパタンナーが働く工場と契約し、再び生産を開始。このときリニューアルしたバッグが日本で大ヒットし、マザーハウスのビジネスは急成長を遂げる。

2009~ 隠しごとのない真に透明なジュエリーを届けたい

 2009年、ネパールに第2の生産拠点を開拓、現地の素材を活かしたストールの生産を開始。2015年には、第3の生産拠点を開拓するべくインドネシアを訪問。ジョグジャカルタに伝わる「フィリグリー」と呼ばれる線細工を使った今までにないジュエリーの開発に挑んだ。

 ジュエリーの完成には多大な時間を要した。「線細工で1センチ以下のものはつくれない」「機械じゃないから同じものはつくれない」と主張する職人に対し、山口は一歩も退かず、何度も何度も話し合った。さらに、村でたった1人の金職人を見つけ出し、納得いくまで配合を調整し、ピンクゴールドとイエローゴールドの中間の色味 を持つ美しい金線を造りあげた。これを線細工で加工し、マザーハウス初のオリジナルジュエリーが誕生した。その後、スリランカのコロンボで宝石が採れると聞きつけ、採掘場まで足を運び原石を見極め、カラーストーンを使ったジュエリーも開発。このジュエリーをマザーハウスの第2の柱に育てたいと山口は意気込む。

 「ジュエリーってきらびやかなイメージでプロモーションしますよね。でも、宝石づくりの現場って、それとは正反対の世界です。採掘場ではおじさんたちが泥まみれになりながら原石を掘り出し、加工場では職人が汗だくで石をカットしています。そういう泥臭い裏側を隠してキレイなイメージだけで売るのは何か違う気がします。だから、私たちは、誰がどんな思いで、どういう過程を経てジュエリーをつくっているのか、お客さまにすべて隠さず見せることにしました」

 歴史を紐解いてみると、ジュエリー産業の裏側には、いつも不当な搾取や違法労働などの闇がつきまとってきた。そこに真っ向から切り込み、ジュエリーの世界を透明化しようとする取り組みは、社会的な意義が大きいチャレンジといえる。

FUTURE未来へ プロダクトには、人の心を動かし、社会を変える力がある

 現在、マザーハウスは日本国内21店舗、海外8店舗を展開している。そのすべてが直営店だ。そこには「一人ひとりのお客さまの顔を見て、話して、伝えて、商品を手にとってもらいたい」という思いがある。2017年の春には横浜元町にジュエリー2号店をオープン。さらにカリマンタン産のイエローダイヤモンドを使った新たなジュエリーも今夏に発売予定だ。また、生産地のバングラデシュでは、敷地内に学校や病院、寮を設けて社員やその家族が安心して暮らせる“グリーンファクトリー”というコンセプトで自社工場「マトリゴール」を進化させる計画が進んでいる。

 「今までにたくさんの人たちが『この子たちの可能性を潰してはいけない』とか『この子たちの目は輝いている』といった言葉を発信し、途上国を救おうとしてきました。でも、言葉や施しだけじゃ現実は変わらなかった。だから、私は言葉じゃなく、ものづくりで世界を変えたいと思っています。ファッションやプロダクトには、人の心を動かし、社会を変える力がある、そう信じているので」

 山口は、プロダクトの話になると途端に目が輝き、言葉の強さが増していく。

 「私たちのやっていることを、社会貢献といわれると違和感があります。私たちは、途上国の素材を活かして、現地の職人と一緒に世界に通用する最高の商品をつくろうとしているだけですから」

 取材の日、山口の指には、ところどころ黒い塗料のようなものがついていた。取材の直前まで来日したバングラデシュのデザイナーと工房にこもり新商品を試作していたのだという。やわらかな感性を持ちながら正義感が強い、ものづくりが大好きなクリエイター、それが山口絵理子の素顔である。

マザーハウスの商品購入・店舗情報

http://www.mother-house.jp/

年表

  • 山口の
    出来事

    社会の
    出来事

  • 1981

    埼玉県に生まれる

    スペースシャトル
    「コロンビア」打ち上げ

  • 1988

    小学校でいじめに遭う

    ソウル五輪開催

  • 1994

    ・中学校で非行に走る
    ・柔道を始める

    関西国際空港開港

  • 1999

    柔道48kg以下級で
    全日本7位

    欧州通貨統合で
    ユーロ誕生

  • 2000

    慶應義塾大学へ進学

    シドニー五輪開催

  • 2003

    ・米州開発銀行で
    インターン
    ・バングラデシュに入国

    イラク戦争がはじまる

  • 2004

    バングラデシュ
    BRAC大学院進学

    インドネシア・
    スマトラ沖地震発生

  • 2005

    ジュートと出会い
    バッグ生産開始

    愛知県で
    「愛・地球博」開催

  • 2006

    マザーハウス設立

    インドネシア・
    ジョグジャカルタで
    地震発生

  • 2007

    リニューアル商品発表

    大リーグオールスター戦で
    マリナーズのイチローが
    日本人初MVP

  • 2008

    バングラデシュに
    自社工場設立

    リーマンブラザーズ
    経営破綻

  • 2009

    ネパールで
    ストール生産開始

    スリランカの内戦
    26年ぶりに終結

  • 2010

    海外(台湾)初出店

    南アフリカで
    サッカーワールドカップ
    開幕

  • 2011

    バングラデシュ工場移転、
    3倍の広さに

    東日本大震災発生

  • 2014

    ネパール自社工房設立

    タイでクーデター発生

  • 2015

    ジョグジャカルタで
    ジュエリー生産開始

    ミャンマー総選挙
    半世紀にわたる軍政に幕

  • 2016

    コロンボでカラーストーン
    ジュエリー生産開始

    イギリスEU離脱を決定

  • 2017

    イエローダイヤモンドの
    ジュエリー販売予定

    アメリカで
    トランプ政権誕生

(コンセンサス 2017年5月-6月号 掲載)