MY CHRONOLOGY~未来へ続く年表~
ヘア&メイクアップアーティスト 森本 美紀 氏

ヘアメイクの魔法で“私なんか”を“私でもいい”に変える。

ヘア&メイクアップアーティスト森本美紀は、外見をきれいにするだけではなく、本人さえ気付いていない魅力を引き出し、生きる自信を与えてくれる、美の魔法使いである。

(文/井上 隆文 写真/信澤 邦彦)

ヘア&メイクアップアーティスト 森本 美紀 氏 profile

女優やタレント、モデルのヘアメイクを中心に活動後、プライベートサロン「アトリエZOE」を設立。個人向けのヘアカットやメイクレッスンなどを行う。

1957~ 6歳のとき「私は社長になる」と直感

 「2歳か3歳の頃、美しい色彩の洋服を着た母親が歩いてくる姿を、私は縁側から眺めながら、まるで一枚の絵のようだと感じたことを今も覚えています」と森本は幼少期の記憶を振り返る。母親は自分でデザインした洋服を着るセンスのいい女性で、森本の色彩感覚はその母親から影響を受けたものかもしれない。6歳のとき、父親を亡くした。その病床で森本は不思議な体験をする。将来を案じて話しかける父親を前にしながら、その声は耳を素通りし、なぜか窓の向こうに見える枯れ木とそこにとまる5羽のカラスに目を奪われていた。「そのとき、突然『あっ!私は社長になる』って思ったんです。社長が何かさえ理解していない年齢だったのに、なぜそんな言葉が浮かんだのか、理由はわかりません」

 現在の仕事につながる体験は、中学生のときに髪をショートカットにしたこと。「ヘルメットみたいな髪型にされて、学校にも行けないくらい、ものすごく落ち込みました。外見が人の心に影響を与えると気付いたのは、あのときが最初だったかもしれませんね」

 高校卒業後、福井を出て関西の大学に進んだが「ここに居場所はない」と感じて中退。実家に戻り母親の喫茶店を手伝っていたが、19歳のある日「東京に行きたい」という衝動を抑えられなくなり、母親の反対を押し切って実家を飛び出してしまう。

1976~ 実績もないままヘアメイクアーティストとして独立

 新幹線に飛び乗ったものの、東京に知り合いもいないし、住む場所もない。でも不安は感じなかった。東京駅のホームでベンチに座りながら新聞の求人案内を見て、一軒の美容室を選び電話をかけた。幸いにも、その日のうちに採用が決定し、店主が不動産屋を紹介してくれたので住む場所も確保できた。

 翌日から見習いとして働きはじめる。雑用をこなし、床を掃き、一日100人のシャンプーを担当。「忙しかったけど、昨日までできなかったことが今日できる喜びを感じていました。ここで1年ほど働きましたが、このままじゃ前に進めないと思い、店を辞めて美容学校へ入学しました」

 学校で改めて基礎から学び、横浜の美容室に入店、美容師としての道を歩みはじめた。ある日、先輩の仕事ぶりを見ていて違和感を覚える。「ふと『プロって何だろう』と考えたんです。お客さまの骨格まで考慮して髪型を提案できるのがプロじゃないのか、言われた通りに切るだけなんてつまらないと思ったんです」

 提案力を養うには、メイクの知識と技術も必要だと考え、美容室で働きながら表参道のヘアメイクアーティストのもとに通い、マンツーマンで指導を受ける。ここで技術を身に付けた森本は、自分の腕を試したいという気持ちが湧きあがり、何の実績もないまま独立して仕事をはじめた。

1983~ 「こんな私でもきれいになれる」の一言が人生を変えた

【ヘアカットのポイント】下の長さは変えず(切らず)、全体的に上がって見えるように重心を移動。【メイクのポイント】下がって見える眉を少し上げ気味に。腫れぼったく見えるまぶたを、アイシャドウの濃淡で立体的に。チークを、ほほの外側から一番高いところに向かって入れると顔がキュッとしまり、小顔に見える

 実績もないままスタートしたにもかかわらず仕事は順調だった。最初に手がけた百貨店のチラシで好評を得ることができ、それを皮切りに広告、コマーシャル、テレビ、雑誌、舞台・コンサートのポスターなど、次から次へと大きな仕事が舞い込み、女優やタレント、モデルのヘアメイクを任されるようになる。

 仕事は大変だがやりがいがあった。海外のトップ・アーティストを担当したとき「メイクはあなたに任せるけど、気に入らなかったら落とすから」と厳しい言葉を投げられ、「任せて!」と笑顔で答えたが、内心は「ビビりまくっていた」という。そんな経験は一度や二度ではない。そうした厳しい要求に応えることで自分自身の成長を実感できた。しかし長年続けるうちに仕事に物足りなさを感じはじめる。

 「モデルさんや女優さんは、そもそも造形的に整っているので、ちょっと手を加えるだけで、とてもきれいになってしまう。『うーん、もっと手応えが欲しいなぁ』と思うようになりました」

 迷いを感じた森本は、仕事を休み1カ月間ニューヨークで過ごした。「こんな自分じゃなくて、もっと素敵な自分がいるんじゃないか」と思い詰め、当て所なくニューヨークを歩き回った。歩き疲れてメトロポリタン美術館の階段に座っているとき、「違う私なんてどこにもいない。こんな私と付き合っていくしかないんだって吹っ切れたんです。あの日から、私は自分を許すと同時に人に対してもやさしくなれた気がします」

 帰国後、復帰して忙しく働いていたある日、友人から大手保険会社主催のイベントに講師として参加してほしいとのオファーが届いた。このイベントが森本の人生を変える。イベントの企画で、一般客を壇上に上げて5分ほどでメイクを施すと、その変貌ぶりに100人を超える来場者から盛大な拍手が沸き起こった。「その人が帰り際に『こんな私でもきれいになれるんですね。すごく元気が出ました』と言ってくれたんです。この言葉を聞いたとき、ハッとさせられました。女優さんやモデルさんにとって、きれいになることはお仕事として当たり前のこと。でも一般の女性はきれいになったことを、満面の笑みで喜んでくださり、そして感謝までされてしまう。次にやりたいのはこれだと直感しました」

 これがきっかけとなり、一般の人を対象にヘアメイクやメイク指導を行うプライベートサロンの立ち上げを決意した。

2004~ “私なんか”が“私でもいい”に変わると内面が輝き出す

 2004年、プライベートサロン「アトリエZOE」を開業。スタジオを構えたかったが、イメージ通りの物件が見つからず、自宅で仕事をはじめた。ようやく理想の物件に出会ったのは2年後のことだった。表参道駅から徒歩5分、南青山・みゆき通りに面する築40年の雑居ビル。塗装の剥げた旧式エレベータで5階へ上がり、薄暗い廊下の先にある部屋のドアを開けた。その瞬間、内覧もせずに「ここに決めます」と不動産屋に宣言した。「大きな窓から射し込んだ光が塊になって部屋全体を満たしていて、一目で気に入りました」

 2006年からここを拠点にカットやメイク、メイクアップレッスンなどをはじめた。

 「私が本当にやりたいのは、人々が自信を持って生きる、楽に生きるお手伝いをすることです。ヘアカットやメイクは、それを実現するためのツールです。今までたくさんの人と接してきましたが、大半の女性は心の奥では自分を好きになりたいのに、欠点ばかりに目が行ってしまい『自分なんか』と卑下してしまいがちです。でも、私にはその人の美しい部分が見えるんです。たとえば小鼻の膨らみひとつでもすごく美しい形の人がいて、そこを認めてあげて、その魅力を引き出すメイクをすると、必ずきれいになります。すると、その人の表情がパッと明るくなり“私なんか”が“私でもいい”に変わり、内面からきれいになれるんです。自信が芽生えれば、人は自分でアクセルを踏みはじめます。あるお客さまは『初めて自分を好きになれた』とおっしゃり、50歳を過ぎてから舞台女優になられました。そうやって、皆さんが美しくなっていく姿を見ていて、『人の可能性って、本当にすごいなぁ! 』と嬉しくなります。皆さんの喜ぶ顔を見ていると、自分の存在意義を感じさせていただけて。やっぱり人に必要とされるのは、本当に嬉しいしありがたいですね」

■お客さまの心に寄り添うプライベートサロン

 森本に髪を切ってもらった人は、「カットしただけなのにブローしなくても決まる。伸びても形が崩れない」、「“絶対に”似合う髪型に仕上がる」、「もともとあった本質を彫り出していく彫刻家みたいな感じ」と賞賛の声を上げる。なぜ、こんな魔法のようなヘアカットができるのかと問うと、「身体のサイズをきちんと測らなければ似合う洋服はつくれませんよね。カットも同じで、首の長さや頭の形、顔の輪郭に合わせれば必ず似合う髪型になるんです。何も特別なことではなく、髪の毛の言うことを聞いて、生えている向きに逆らわず、自然な状態に整えてあげるだけです。でも、ただ切ればいいのではなく、本人の気持ちに寄り添うことも大切です。以前、『髪を短くしてください』と来店されたお客さまがいたのですが、その顔を見たときに感じるものがあって『本当は覚悟できていないでしょ。今日は切らない方がいいんじゃない』とお話ししたこともあります。私がマンツーマンのプライベートな空間をつくったのは、そのようなお客さまの心まで感じ取ってあげたいからなんです。カットやメイクをしなくても、その人がお店を出るとき元気になっていたら、それでいいんです」と森本は笑う。

FUTURE未来へ メイクという概念を超えて新たな表現へ

 一流のモデルや女優のヘアメイクをこなし、多くの人々に自信を与えてきた森本は、次にいったいどこへ向かうのか。安住を好まず、やりたいことを見つけると衝動的に行動してしまう性格だけに、次に何をするのか本人にさえわからないらしい。

 「最近、やっとスタートラインに立てた気がします。ようやく自分なりの表現ができるようになったと感じています。これからやりたいことのひとつは、これまで培ってきたメイクのノウハウをまとめた本を出すことと、これからはメイクという概念を超え、ただ顔がきれいになるということだけではなく、外見も内面も美しく整え、凛として自分自身を生きるということをサポートできたらと思っています」と、森本は今後の展望を話す。

 「すべては、少しの勇気と行動から!」と話す森本は、一人ひとりの心に寄り添い、最高の技術を持つヘアカットとメイクを駆使し、今日も誰かの背中を押している。

プライベートサロン Atelier ZOE

http://www.miki-morimoto.com/

年表

  • 森本の
    出来事

    社会の
    出来事

  • 1957

    福井県に生まれる

    ロカビリーブーム到来

  • 1963

    「私は社長になる」と直感

    ボーイッシュなファッションが流行

  • 1976

    衝動的に東京へ

    「限りなく透明に近いブルー」が
    ベストセラー

  • 1977

    資格取得のために美容学校入学

    50年代ファッション、
    ポニーテールが流行

  • 1978

    横浜の美容室に
    インターンとして入店

    キャリアウーマンが流行語に

  • 1983

    ヘアメイクアーティストとして独立

    女性の刈り上げブーム

  • 2000

    大手保険会社のイベントに
    講師として参加。
    参加者の一言が心に刺さる

    ユニクロのフリースが
    爆発的にヒット

  • 2004

    「アトリエZOE」を開業

    セレブファッションが流行

  • 2006

    南青山に
    プライベートサロンを開設

    表参道ヒルズオープン

  • 2012

    「日本人の肌に合う色」を
    テーマにした化粧品をプロデュース、
    シーボン化粧品より発売

    東京スカイツリー開業

(コンセンサス 2017年3月-4月号 掲載)