いのちのまなざし~Look of Life~

ザンジバルの風 ~タンザニア~

(写真/文 小松 義夫)

アフリカ東海岸のザンジバル諸島は、かつて独立した王国だったが現在はタンザニアの一部だ。520年ほど前、バスコ・ダ・ガマが帆船に乗ってインド航路を「発見」した帰路にザンジバル島に寄ったといわれる。以降、ここは長い間ポルトガルの影響下にあった。島は香料貿易などで栄えたが、アラビア半島東端のオマーンがポルトガルを追い出して貿易の本拠地にしてしまった。その時、ストーンタウンが王宮として造られた。19世紀後半にイスラムの王国のままイギリスの保護領になり、1964年にタンザニアに合流し、現在に至っている。

昨年秋に映画化もされた、伝説的ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、故・フレディ・マーキュリーは、ストーンタウンで生まれ幼少期を過ごした。父親はインド生まれのゾロアスター教徒だったが仕事でザンジバルに赴任した。フレディが生まれたころのザンジバルには、1万5000人程のインド人がいたという。

フレディの生家は、今ではホテルや写真ギャラリーを兼ねた宝石店になっていて、観光客が立ち寄って記念写真を撮る姿が見られる。生家からゆるやかな坂道を下ればすぐ海だ。砂浜でサッカーをする少年たち、夕方の風に帆をふくらませて港に帰るダウ船、幼かったフレディはこの風景を見ながら育ったのだろう。

ストーンタウンは迷路の町で、迷う楽しさにあふれている。アラビアの影響を色濃く残す建物を巡り、市場の喧騒に疲れたら、カフェに入りコーヒーを味わう。そんなひとときは格別だ。夜、海岸に出て空を見上げるとオリオン座が日本と違って斜め下向きだ。ここは赤道の南なのだ。

古代からインド洋で使われてきた、釘を一本も使わず造られているダウ船。現在でも現役だ
ストーンタウンにあるフレディ・マーキュリーの生家。彼は8歳くらいまでここで育ったという
ストーンタウンの迷路でスイカやパイナップルを売る男の顔は売り物に似て丸い感じがする
女性の彫像かと思ったら、手にはスマホが・・・。迷路にて

(コンセンサス 2019年3月-4月号 掲載)