知っておきたい勤怠管理の話(後編)
これだけは知っておきたい経営者のための法律知識(勤怠管理篇)第2回

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適切な勤怠管理は、コンプライアンスが重視される昨今、企業にとって必要不可欠です。勤怠管理の中でも、特に従業員の労働時間管理の重要性に焦点を当て、事例を交えてわかりやすく解説します。

レイズ・コンサルティング法律事務所
弁護士(東京弁護士会) 石田 達郎氏


慶應義塾大学経済学部、中央大学法科大学院卒業。
日本労働法学会所属弁護士。
経営者の側から労務問題を取り扱うことを専門分野としており、一般の労使紛争のみならず、労働災害、外国人労務問題についても造詣が深い。

石田氏

1.製造業を営むX社の事例

今回は、前回取り上げた労働時間管理(勤怠管理)の重要性についてのお話を踏まえ、労働時間管理を適切に実施しなかった結果、従業員の過労死という最悪の事態を招いてしまった製造業のX社のケースについてお話したいと思います。

(1)X社における労働時間管理の実態

工場向け機械の製造業を営むX社は、業務日報を従業員に毎日作成・提出させることによって、従業員の労働時間を管理していました。この業務日報には、何時から何時までの間、どの製品について、どのような業務に従事していたかを30分単位で記載することとされていたため、X社は、この業務日報を従業員の労働時間管理に用いるとともに、製品を作るのに費やした人件費の計算にも用いていました。

ところが、自分の担当している製品の原価率(材料費や人件費等の原価が売上に占める率)が高かった場合、その従業員の人事評価に響いてしまいます。そのため、X社の従業員の中では、実労働時間数よりも少ない時間数を会社に対して申告するような慣習が広まっており、X社もこれを黙認していました。

イメージ:営業日報

(2)Yさんの就労実態

X社の従業員Yさんは、社内的にも評価の高い優秀なエンジニアでしたが、ほとんど残業をしていないかのような業務日報とは裏腹に、毎日、夜遅くまで残業をしていました。納期が近づくと会社に泊り込みで作業をすることも多々あり、十分な休日も取れていないような状況でした。

社内的にも評価の高いYさんのところには、様々な部署の従業員から問い合わせが集まったり、新規の重要な案件の担当を次々と任されたりと、業務が過度に集中してしまっていました。このような状況が半年以上続き、疲労が蓄積していったYさんは、徐々に体調を悪化させていきましたが、それでもYさんは周囲の期待に応えようと、必死に努力し続けました。

Yさんはまだ30代でしたが、限界を超えて身体を酷使し続けた結果、ある冬の朝、就寝中に致死性の不整脈を発症し、志半ばでその尊い命を失うこととなってしまいました。

(3)Yさんの遺族からの訴え

Yさんには、妻とまだ小さい子どもが1人いました。遺族であるYさんの妻は、Yさんの死亡が過重業務を原因とするいわゆる「過労死」であるとして、労働基準監督署から労災認定を受けました。また、Yさんの妻はX社を提訴しました。X社とYさんの妻との間では最終的には和解が成立しましたが、X社はYさんの遺族に対して、結果として約5,000万円を支払うことになりました。

2.過労死・過労自殺の労災認定基準

(1)過労死について

「過労死」という言葉は社会用語ですので、法律上明確な定義が存在するわけではありませんが、一般的には、「業務による過重負荷を受けたことにより脳・心臓疾患を発症し、死亡したこと」という意味で使用されていると思われます。

この「業務による過重負荷」(業務の過重性)は、労災認定の場面においては、労働時間の長短、勤務の不規則性、拘束時間の長短、出張の多寡、業務における精神的緊張の程度等の様々な事情を考慮した上で判断するとされています。

中でも、労働時間については、「疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因」として位置づけられており(平13.12.12 基発1063)、労災認定上は、労働時間の長短を重要視することが明らかにされているとも言えます。

具体的には、①脳・心臓疾患の発症前1か月間におおむね100時間、又は②発症前2か月~6か月にわたって、一か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働があった場合、基本的には業務による過重負荷があったと認められ、労災認定を受けることができます。

この水準を上回る時間外労働に従事していた場合、過労死の発生リスクが高いことから、上記の時間外労働の時間数を指して「過労死ライン」と表現することもあります。別の表現の仕方をすれば、おおむね毎月240時間~260時間働いている従業員が過労死ラインの線上に位置することになります。

(2)過労自殺について

「過労死」に類するものとして、「過労自殺」と呼ばれるものがあります。こちらも明確な定義が存在するわけではありませんが、一般的には、「業務による精神的・肉体的過重負荷を受けたことにより、うつ病等の精神疾患を発症し、その疾患の影響下で自殺すること」という意味で使用されていると思われます。

この過労自殺の場合にも、継続して長時間労働に従事していた場合には、労災認定が認められる場合があります。具体的には、①うつ病等の精神疾患の発病直前の連続した2か月間に、1月当たりおおむね120時間、又は、②発病直前の連続した3か月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働があった場合には、何か他に労災であることを否定するような事情がない限り、基本的には労災認定を受けることができます。

(3)小括

以上の過労死・過労自殺の労災認定基準からも見て取れるように、長時間労働は、労働者の心身をむしばみ、過労死・過労自殺の発生リスクを高めるため、会社としては労働時間の削減に真摯に取り組むことが大事になってきます。

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