求められる「グレート・リセット」の視点: Digital Finance Inspiration | NEC

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求められる「グレート・リセット」の視点

求められる「グレート・リセット」の視点

SDGsが掲げる世界規模の社会課題の解決へ向けて、大きな壁となるのが、課題認識に対するグローバル・ギャップの存在だ。 ギャップ解消へ日本にはどのような役割が期待されているのか? テクノロジーの社会実装に伴う課題についての国際議論をリードする、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの須賀千鶴センター長に話を聞いた。

スイス・ジュネーブに本拠を置き、官民両セクターの協力を通じて世界情勢の改善に取り組む国際機関「世界経済フォーラム」。毎年1月に開催される年次総会、 いわゆるダボス会議には、国家や企業のトップだけでなく、NGO・NPO、財団、組合など世界中のリーダー約3000人が一堂に会し、世界経済や環境問題、SDGsと重なる社会課題などを含めた幅広いテーマで討議している。

テクノロジーを制御し「ガバナンス・ギャップ」解消に挑む

世界に強い影響力を持つ同フォーラムが、2017年3月に設立したのが、「第四次産業革命センター」である。水力や蒸気機関により工場の機械化が進んだ18世紀末の第一次産業革命、 電力を用いて大量生産が実現した20世紀初頭の第二次産業革命、そして1970年代初頭からコンピューターの導入など情報技術による自動化が進展した第三次産業革命に続く「第四次産業革命」は、 IoTやビッグデータ、AI(人工知能)などの技術革新を指し、これまで以上に経済や雇用などに大きな影響をもたらすとされている。第四次産業革命におけるテクノロジーは、さまざまな社会課題の 解決に資することが期待される一方で、懸念事項もある。


世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターは2018年7月に発足。現在では当たり前となったオンラインミーティングを設立当初から多用し、 国内外のスタッフとの連携を高め、課題に取り組んでいる

そうしたテクノロジーについて、制御する術を持つ必要性や、国家間での「ガバナンス・ギャップ」解消の必要性を指摘するのが、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの須賀千鶴センター長だ。

「これまではICTを活用することで、利便性や効率性が向上するなど基本的にメリットのほうが大きく、デメリットについては語られてきませんでした。 しかし、第四次産業革命と総称しているテクノロジーの時代では、 たとえば労働力にしてもAIに取って代わられるようになると、労働者は仕事を奪われかねません。あるいは医療やゲノム編集において、これまでは倫理的判断から実施しなかったことを、AIが合理的に判断していくことも想定されます。 それを手放しに認めてしまうと、どんどん境界を越えていってしまう恐れが出てきます。こうした懸念に対して、テクノロジーがすべてを解決してくれると楽観視していると、最終的には社会から拒絶反応が出てきます。 そうならないラインを見極めながら、どうやって一部の人たちだけに利益が集中せず、それ以外の人たちが不利益を被らないようにするか、喫緊の課題として議論する場が必要です。 こうした背景から第四次産業革命センターが設立されました」

まずサンフランシスコに拠点が設けられ、2018年7月に世界2番目の拠点として立ち上がったのが日本センターである。現在、センターは13カ国に設置されている。 サンフランシスコ本部にフェローとしてスタッフを派遣している「パートナー国」を含めると、そのネットワークは30カ国以上に広がっている。

官民越えて「テクノロジーを社会にどう役立てるか」を討議

第四次産業革命日本センターは、世界経済フォーラム、経済産業省、そして独立系のシンクタンク一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の3機関のジョイントベンチャーである。

着目すべきは多彩なメンバー構成だ。須賀センター長の出向元である経産省のほか、厚労省、国交省、財務省、農水省と5つの省庁から人が送り込まれ、15社のパートナー企業が資金提供するだけでなくフェローとしてスタッフを派遣している。 「官民の垣根なく、共にさまざまな分野について学び合い、検討しながら政策提言していく場は他にないのでは」と須賀センター長は言う。 これまでのIT化とは次元が違う、第四次産業革命で加速するDX(デジタル・トランスフォーメーション)の波をうまく捉えるには、それだけクロスオーバーな組織体が必要だということだ。

「利益と副作用の両方を生み出すDXをいかにうまくそれぞれの組織に取り込み、組織を変革しながら、より良い社会を作っていくか。 どんなに大きな組織でも、すべての動きを察知して、方向性を見極めて正しく判断し続けるのは困難です。そこでセンターではプロが“分からない”と言える場を作ろう、というコンセプトで取り組んでいます。 テクノロジーを社会に実装するとき、テクノロジーの恩恵とそれを使うことによって生じる利益の再分配が、社会全体の隅々にまでフェアに行き渡るような視点も忘れないようにしています」

検討領域として当初は、データに基づく医療などの「ヘルスケア」、自動走行などの「モビリティ」、自治体サービスとデータを紐づける「スマートシティ」の3チームを結成した。

例えば、ヘルスケアのチームの場合、認知症で徘徊してしまう高齢者を病院に縛りつけておくのではなく、自分らしい生活を送れるよう、デジタル技術を活かして見守りサービスなどにどうつなげるかといったことを討議している。

またモビリティの領域では、MaaS(Mobility as a Service)がキーワードとなっているが、須賀センター長によると、これまで世界で主に議論されてきたのは渋滞という社会課題だ。 この領域では、地域や国家間の違いが大きく現れていると言う。

「これは都市化が進んでいくとインフラ整備が追いつかずに渋滞が発生するという問題を、どうテクノロジーで解消していくかという課題設定です。日本の場合はインフラの整備はやり尽くしています。 むしろ地方で、人口減少により鉄道やバスなどの公共交通が撤退し、コミュニティが廃れるという問題が顕在化しています。 この課題には、数名で乗り合って自動運転で運用されるようなオンデマンド交通を地域でどう役立てるか、という視点でプロジェクトに取り組んでいます。 そのための技術を保有するプレーヤーを探すのはもちろんですが、プレーヤーが実証実験後に撤退するということが世界中で相次いでいるので、本当に自治体の公共サービスとして 定着させていくために必要なことは何か、制度と事業の狭間を検討しています」

スマートシティのチームであれば、現在は市民が自ら申請しないと受けられない自治体の各種制度を、テクノロジーやデータを活用し、申請せずとも行政から随時勧めてくるような、 個人にカスタマイズしたプッシュ型のサービスを目指した際に、現時点で自治体がすべき意志決定のプロセスや投資の必要性などについて検討している。

当然、ヘルスケアやモビリティ以外にもさまざまな社会課題があり、現在、食料問題を扱う「フード」のチームを立ち上げようとしている。

「こうした新たな課題設定をはじめ、新しい仕掛けを考えて、チームの活動の幅を押し広げていくことが私の役割だと思っています」

センターが取り組んでいる課題は、そのままSDGsの目標にも重なるが、須賀センター長はSDGs自体も発展の余地のある概念だという。

「あらゆる公共の課題は、公共セクターにいるさまざまなプレーヤーが解決したいと取り組んでいることであり、それがいくつかの分野にきめ細かく分けられたのがSDGsだと思っています。 ただ、先のモビリティにおける日本の課題に見られるように、先進国の課題は現在のSDGsの枠にはうまく入ってきていません。 我々はそれらを広義では入りうるものとし、SDGsの範囲を含めて最先端の課題を見つけ、皆で議論しなくてはならないことのアジェンダ化に取り組んでいます」

地球全体が破綻しないための鍵は「インターオペラビリティ」

とはいえ世界における課題は、先進国と途上国とでは開きがあり、先進国間でも千差万別である。課題認識におけるグローバル・ギャップはどのように埋められるのか。

「世界経済フォーラム含め国際機関では、合意した重要課題解決のための方策や投資のあり方を判断するコンセンサス・ビルディングをしていますが、そのプロセスが乱暴だと、どうしても取りこぼす課題が出てきてしまいます。 テクノロジーの分野でいえば、そもそもテクノロジーをどこまで使うことが国民にとって心地いいのかが、国によってまったく異なります。 たとえば中国では、国が個人データを一元化して管理することに国民を含めあまり抵抗がありませんが、欧州の国々からすると、それは明らかに人権侵害です。 このようにある1つの正義を振りかざすとさまざまな人に不都合が生じる中で、どこまでならコンセンサスを取れるのか、そもそも取るべきかという見極めが大事だと思っています」

そうした中、1つの解であり、日本の役割でもあると須賀センター長が指摘するのが、「インターオペラビリティ」という概念である。 もともとはシステム用語で、仕様の異なるコンピューターやソフトウェア同士が連携したときにお互いが正しく動作することを意味する。

「一方が機能すると他方に不具合が発生するということではなく、両方のシステムが違う考え方で作られているものの、共存可能で相互運用できる状態を指します。 この状態は、コンピューターの話に限らず、世界の価値観においても、今一番必要です。相手の存在を否定しないと貫けない正義をお互いが振りかざし始めると、地球というシステム全体が破綻してしまいます。 そうならないよう、インターオペラビリティを確保するために、お互いが最低限歩み寄らなくてはならない部分を特定し、そこに関しては統一的な手法や仕様を守っていこうという合意を作る必要があります」

そのインターオペラビリティにおいて日本が本領を発揮できることについて、須賀センター長は、日本特有の考え方によるところもあるのではないかと語る。

「日本は1つの正義にこだわるのではなく、多様な信仰や価値観に揉まれながら生き抜いてきた国です。だからこそ、各国の間に立って合意形成に導くことができるのではないかと思っています。 たとえば個人データのプライバシーに対する考え方も、先にお伝えしたように中国と欧州でも違えば、米国ではGAFAなどの企業が主導して個人データを積極的に活用しようとしています。 それぞれが相容れない部分に日本が仲介役として間に入り、両者がつながるように方向づけていく。間に挟まる小国の代表として世界に働きかけていくことが、日本らしく、かつ日本が役に立つ形であると考えています」

パンデミックで世界的な混乱が続き、「信頼」という言葉が重みを持つ中、日本の愚直さや今まで積み重ねてきた徳が効いていると須賀センター長は言う。

パンデミック下で進む「コモンパス」開発への期待

グローバル・ギャップ解決のために第四次産業革命センターがテクノロジーを活用して取り組んでいる具体例の1つが、「コモンパス」プロジェクトである。 コモンパスとは、安全な国境往来を実現する世界共通のデジタル証明だ。

「コロナ禍で多くの国が国境を閉じました。閉じるのは簡単ですが、開くのはとても難しい。科学的な知見も刻一刻と変わる中で信頼性をどう判断するのか、何を根拠にして入国を許可するのか。 PCR検査の陰性証明書が偽造され売買されている国もあるような状況で、移動の自由の克服は解決できていない課題です。そうした中、我々が提案しているコモンパスというプロジェクトは、認証された検査陰性の結果などの必要な健康データを本人がスマートフォンで管理し、渡航可能な条件を満たしていればQRコードが発行され、渡航者は飛行機の搭乗時や入国審査時にQRコードをかざすだけで出入国が許可される、という仕組みです。 そうしたデジタルアプリを世界中で使えるように提唱し推進しています。アプリ開発の主体自体はたくさんあって構わないのですが、運用の決め手はまさにインターオペラビリティを実現できるかどうかです。 互換性があり、どの国でも、どのアプリを使っていても、出入国が可能にならねばなりません。これはテクノロジーによって新たに開けた可能性ですが、ある一国が開発したアプリでなくてはならないといったケースが出てくる懸念があるので、 我々のような中立的な国際機関が旗を振るべきだと思って推進しています」


コモンパスの試作画面。QRコードをかざすだけで出入国が可能になるという。現在、航空会社や関係省庁と連携して試験運用が始まっている

新型コロナウイルスとの共存の時代において、コモンパスは航空会社や空港運営会社にとっては不可欠なシステムとなる。現在は、アプリの試験運用が始まっている段階だ。

「ここから先は、日本で言えば検疫は厚労省、入国管理は法務省、空港は国交省などに相当する複数の当局が関わってきます。それぞれにモバイルアプリを認めていただき、 オフィシャルな手続きに組み込んでいくということを各国で進めていく必要があります。現在その調整中です」

この試みは航空各社のフライト再開を加速させる一歩となる可能性があり、2021年に東京オリンピック・パラリンピック開催が控える日本にとっては、実現に期待がかかる。

「日本のためだけにやっているという意識はありません。来年のオリンピックに向け、世界中のアスリートとその随行者、観客を安全に迎え入れる準備が必要で、広く世界に向けた公共財を作るという意識で取り組んでいます」

日本企業に足りない「グレート・リセット」の視点

各国間の間に立ちグローバル・ギャップを埋めることが期待される日本は、SDGsに関しても親和性が高いと須賀センター長は語る。一方で、それゆえの懸念もあると指摘する。

「日本には“三方よし”という言葉があるように、売り手と買い手と共に、社会への貢献についても考えている経営者は多いと感じます。つまり多くの日本企業が、 もともとSDGsという言葉に置き換わるような価値を視野に入れて事業を考えているということです。しかし一方で、SDGsがある種の隠れ蓑に使われなければいいとも思っています」

須賀センター長がそう懸念するのには、SDGsへの賛同や取組みを表明してはいるものの、危機意識が薄く本質的な理解が不足していることが理由だ。 それを解消するためには、日本企業の「グレート・リセット」が必要だと訴える。

「資本主義はこれまで、ネガティブなインパクトを外に転嫁する外部不経済によって繁栄してきた側面があります。たとえば労働力をより安価な途上国の子どもに求めたり、製造過程で排出される不要物を海に廃棄したり。 しかし、もはや転嫁する外部はないという認識に至るべきです。その前提で、この社会をどのように回していくかを考えなくてはなりません。 そこまでの革命的な変化が必要だということを、我々は“グレート・リセット”という言葉に込めています。環境破壊の罪滅ぼし的に多少の環境保護をする程度では不十分なのです。 その綻びの一端が、今回のパンデミックで明らかになりました」

SDGsを社会貢献として捉えるのではなく、事業に組み込まなくては、もはや企業として存続するのは難しいと言えるが、しかし、変革することによって痛みを伴う企業もあるだろう。 それを企業はどう捉えたら良いのだろうか。

「今後の事業環境をどのくらいシビアに見積もるかどうかです。SDGsとして取り組んでいる活動内容を、統合報告書に記載すれば生き延びられるという見立ての企業もあるでしょう。 そうした企業にとってはSDGsへの投資はただのコストでしかないかもしれません。他方で、SDGsに投資できない企業にはいずれ居場所がなくなるほど世論が加熱するだろうというシナリオを描いて、対策を講じている企業もあります」

例えば、プラスチックを大量に製造し大量に廃棄するようなビジネスモデルを続けていると、いつか「プラスチックはもう使わない」という社会運動が世界中に広がり、自分たちの製品が売れなくなる。 そこまでのシナリオを描いていれば、プラスチックを回収するサーキュラーエコノミー(廃棄を出さない資源循環型経済)に投資をしなくてはならないという意識に至る。

「こうした理念に基づいて、今は時期尚早に見える判断を下している企業が、事業環境や世論が変わったときに、『あのときの英断が今の基礎を作った』となることを期待しています」

経営者はグローバルな世論を追いかけるべき

第四次産業革命日本センターには企業トップからの問い合わせも多くある。しかし中には「会費を払ってまでグローバルな世論を追うメリット」を尋ねる経営者もいるそうで、須賀センター長は残念そうに言葉を続ける。

「我々は、なるべく多くの日本企業にグローバルな世論を効率的に吸収し、その形成に寄与するための道をご提供したいと思い、日々努力をしています。 世界の誰かが決めたルールを所与として経営するより、ルールそのものを作る側にいたほうが、正確でクオリティーの高い経営判断ができるはずです。 こういったシビアな認識、危機意識をお持ちの経営者は、グローバルな世論と同期し続けることの困難さも価値もよくご存じなので、第四次産業革命日本センターの話をお聞きいただいてすぐに、自社のスタッフをフェローとして派遣したいと提案してくださいます。経営者の危機意識と覚悟のほどを、日々現場で実感しています」

トップがいかに危機意識を持っているかで、組織の方向性が決まってくるのは当然だろう。 あらゆる情報が上がってくる一番見晴らしの良い場所であるトップという立場は、ハイレベルな意見交換もしているはずなのに、なおも危機意識を持てないことは相当深刻だと須賀センター長は警鐘を鳴らす。

「逆に現場で危機意識を持つ人もたくさんいます。しかし、そういう意見はトップに危機意識がないと、なかなか吸い上げてもらえません。 第四次産業革命の中にある今、これまで以上に否応なく世界とつながってしまい、自社だけガラパゴス化し、世界の潮流とは別のやり方で進めていくことがとても難しい時代です。 不確実性の高い中、今後もこれまで体験したことのないリスクも出てくるでしょう。そこへの備えがどれだけできているか。ある意味SDGsへの対応に、企業への姿勢が反映されると言えます。 常にグローバルな世論と同期することを心がけている我々からすると、日本企業はリスクシナリオの見立てが甘いと感じます。 世界から日本企業に向けられる期待に応えるためにも、グローバルな世論に目を向け、追いかける努力が必要だと思います」

須賀 千鶴/CHIZURU SUGA
2003年、東京大学法学部卒業。経済産業省に入省、途上国支援や気候変動、資源外交などに携わる。 2009年に米国のペンシルバニア大学ウォートン校でMBAを取得。その後、クールジャパン事業、コーポレート・ガバナンスなどに関する政策立案を担当する。 2018年、世界経済フォーラムが経産省と連携して世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターを設立したのを機に、初代センター長に就任した。

執筆:江頭紀子

この記事は、角川アスキー総合研究所『MIT Technology Review/執筆:江頭紀子』(初出日:2020年12月17日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、 licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

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