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松尾 豊教授インタビュー:人工知能は世界と日本をどう変えたのか

松尾 豊教授インタビュー:人工知能は世界と日本をどう変えたのか

日本における第3次AIブームが始まってからおよそ5年。ブームの火付け役となったAI研究者、東京大学の松尾豊教授は、この5年間をどう捉えているのか? 世界と日本のAI界・産業界の動きを総括すると共に、今後の展望を語ってもらった。


提供写真

松尾 豊
1997年、東京大学工学部電子情報工学科卒業。独立行政法人産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、 2007年に東京大学大学院工学系研究科准教授。2019年より東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センターおよび技術経営戦略学専攻教授。 日本ディープラーニング協会理事長や人工知能学会理事、情報処理学会理事も務める。人工知能、深層学習、ソーシャルメディア分析などを専門分野とする。

「人工知能(AI)」研究は、これまで3度の大きなブームを経験している。最初の第1次AIブームは1956年のダートマス会議において「人工知能(ArtificialIntelligence)」という言葉が提唱されてから1960年代までの時期。 第2次AIブームは専門家の知的能力をエミュレートする「エキスパートシステム」や通産省(当時)が570億円を投じた「第五世代コンピュータ・プロジェクト」が登場した1980年代のことだ。 そして、Webやビッグデータの発展、コンピューターの処理能力の飛躍的な向上を背景に、機械学習(マシンラーニング)やその一種である「深層学習(ディープラーニング)」の成果が花開いた2013年以降が第3次AIブームとされる。

進化を遂げたAI研究と取り残された日本

この第3次AIブームの動きと全体像を国内で広く紹介したのが、松尾豊教授の著書『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(2015年、KADOKAWA)だ。 現在、松尾教授が取り組む研究領域はAI全般に渡り、深層学習を利用して画像や文書などを生み出す「深層生成モデル」やロボットを用いたマルチモーダル学習、それらを発展させて環境そのものを収集した情報から学習する「世界モデル」などが主要なテーマとなっている。 特にこの世界モデルはディープマインドが発表した「GQN(Generative Query Network)」で注目を集めた機械学習の重要な理論で、汎用A(I AGI)を目指す方向で最もホットな分野と言える。

2017年には日本ディープラーニング協会代表理事に就任し、AI・深層学習研究や人材育成を国や産業界にも強く働きかけてきた松尾教授が、この5年間を振り返って語ったのは「絶望的」とも形容される日本の状況であった。

「2015年頃は、深層学習がこれから本格的に来るぞ!という期待に満ちた時期でした。ちょうどインターネットの黎明期とよく似た段階だと言えるでしょう。 画像認識系の深層学習技術はかなり出尽くして、ビジネスになるものは飛躍的に成功していったという5年間でした。日本はそうした流れの中で大きく出遅れた印象です」

もちろん、第3次AIブーム自体が停滞しているわけではないという。特に深層学習と、話し言葉や書き言葉による「シンボル・マニュピレーション(記号操作)」を融合させる研究が近年盛り上がりを見せているという。

「画像認識に加えて、これからは運動の制御や、記号の処理と融合する時代。深層学習と記号処理が融合するハイブリッドなシステムが注目を集め、非常にエキサイティングなタイミングに差し掛かっていると思います」

深層学習を基礎にした高次のレベルの特徴量を言語と紐付ける研究はすでにかなりの段階にまで進んでいて、その成果の一部は「DeepL翻訳※1」などの自動翻訳技術にも反映され始めているという。しかし、言語理解を超えたコンセプト・マニピュレーション(概念操作)や知識理解へと至る道のりはまだこれからの課題だという。

「言語理解は2025年から2030年頃には実現できるだろうと5年前に予想していました。一時期は予想よりもずっと研究開発は早かったのですが、このところスピードが落ちついて、だいたい予想どおりになってきました。 それはハードウェアの開発を伴うため時間がかかるという要素もありますし、人間が持つ知能の最も優れた特性である『言語』というAI研究の本丸にいよいよ差し掛かる段階を迎えたからだと考えています」

世界的に見ると、AIの学術的研究はカリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)やスタンフォード大学などがリードし、そこから輩出される多くの優秀な人材はシリコンバレーに向けて供給されてきた。 そして、グーグルやフェイスブックなどの大手テック企業は有望なAIベンチャーを買収するなど大規模な投資によって先進的な研究開発の規模とスピードを加速させ、それに魅かれた優秀な人材が世界中からさらに集まってくるという好循環を生んでいる。

一方、中国は先進的な研究では米国に及ばないものの、すでに確立している深層学習の技術を産業分野に応用し、こちらも膨大な投資と圧倒的なスピードで存在感を示している。 このように米中それぞれで進化発展するAIの強力なエコシステムに比べると、日本の出遅れは「絶望的」なものとなっているという。

「2015年の段階では、グーグルには及ばないまでも日本の企業にもまだ挽回できるチャンスがあると思っていました。 なぜなら深層学習登場以前では世界最高レベルの顔認証技術を持つIT企業もありましたし、CTやMRIなどの医療画像診断に強みを持つメーカーなどが国内に存在していたからです。 少なくともこうした製造業の分野であれば、これまでの技術的アドバンテージを活かすことができるだろうと。 しかし、実際には企業内で深層学習に取り組むのは一部の若手だけで事業におけるイニシアチブを取ることもできず、少し詳しい専門家からは深層学習という新しい技術に対しての抵抗感もあって、大きく進みませんでした。 気がつけば、後からやってきたはずの中国企業にも追い抜かれ、日本企業は置いていかれているのが現状です。 さらに悪いことに大手のITベンダーや大御所の先生のなかには、AIが定義が曖昧なのをいいことにAIではないものまで、さもAIであるかのように振る舞って多くのプロジェクト予算を取っていたりします。これにはAIを専門で研究してきた立場からすると『怒り』すら覚えます。新しい技術が出てくるたびに既得権益を持った人たちが国内でそれを止めてしまう。非常に根深い問題で、日本という国は非常に重い『病』にかかっているのだと、この5年でつくづく思い知らされました」


松尾研究室は、基礎研究・人材育成・社会実装の3つを軸に活動している。 松尾教授を含むスタッフ24名、学生35名という大所帯で活気に満ちている(提供写真)

時代を変えられるのは若者

松尾教授も指摘するように、これまでの情報技術の歴史を振り返るとパーソナルコンピューターの黎明期もインターネットの黎明期にも日本では同じ光景が繰り返されてきたと言える。 あまつさえ「わが国ではアップルやグーグルのようなイノベーションが生まれなかった」とうそぶいてみせるような風潮が経営者にあるとすれば、確かに問題だろう。そして、現在進行形の第3次AIブームにおいても、同じ過ちが再び繰り返されようとしているという。

だが、そうした絶望的な状況にあっても、若い世代には期待できると松尾教授は言う。そして、AI研究と事業化を志す20〜30代の若者を支援してAI技術の成果を社会実装していくための試みもすでに始まっている。

「既得権益の構造はどうしようもないので距離を置くとして、イノベーションを起こす主役は若者だと思っています。その意味で、僕はAIスタートアップに期待していて、松尾研(松尾研究室)でも学生が新しい会社をどんどん作っています。 さらに数年前から『本郷バレー構想』というプロジェクトを進めていますが、そこでは非常に大きな手応えを感じています」

この本郷バレー構想は、産学が連携して発展するシリコンバレーのエコシステムのように、東京大学のある本郷地区を中心に高度なAIスキルを持った人材と技術が集まるベンチャーの一大拠点を築き上げようという意欲的な活動だ。 松尾教授が共同設立者でもあるディープコアがAI人材育成に特化したインキュベーション施設「カーネル本郷」をオープンしている。米国ではYコンビネーターなどのベンチャーキャピタルが担っている、AIに特化したスタートアップ・起業家育成の日本版とも言える動きだ。


本郷バレー構想の一端を担う「カーネル本郷」。 同施設のメンバー数が400名を超えたことで、同じエリアに新しく「カーネル春日」もオープンした(提供写真)

「松尾研を卒業した学生の進路は大きく2つあって、さらにAIの研究を深めたいという人は大学院の博士課程に進みます。また、海外の大学院に進学することもあります。 ビジネスにチャレンジしたいという人は国内でスタートアップを立ち上げるか、先輩の会社に参加します。優秀な人ほど大企業を目指さない傾向が出ています」

このような状況が生まれた背景には、日本社会の高齢化、さらには大企業自体にかつての高度成長期に見られたような「アニマル・スピリット」が失われていることが大きく関係するという。

「今や大多数の日本人が経済成長を本心では望んでいなくて、高齢者ほど資産を守るために緩やかなデフレで成長してほしくないというのがマジョリティの意向ではないでしょうか。 若者が成長を遂げて大きな財をなすということ自体にネガティブな印象すら抱いているように思います。 かつて自分たちが若かった頃に海外に進出していった日本メーカーはもっとアグレッシブで、自動車のトヨタ、半導体のソニーなどもそんな生ぬるいことは考えていなかったはずです。 そうした現状では、米中はもちろんアジアの諸外国に追い抜かれていくのは自然な流れと言えるでしょう。残念ながら、これは僕ひとりがいくら頑張っても変わりません。しかし、どんな時代であっても世界を変えていくのは優秀な若者たちなので、彼らを支援し育成していくことは、変わりたくない人たちに変化を期待するよりもはるかに効率的な投資だと思っています」

それでもAIの理論は学ぶべき

深層学習の基礎的な研究や事業への応用には、コンピューティング技術に加えて高度な数学的知識を使いこなす能力が求められる。 この点において決して容易なことではないように思われるが、実のところ最新の研究動向をキャッチアップしていくことは必ずしも難しくはないと松尾教授は語る。

「研究の基礎となる情報理論には長年の蓄積がありますし、深層学習に関する最新の論文もインターネットで公開されています。分かりやすい動画や解説書もたくさん出ています。 真剣に取り組めば、キャッチアップするのは難しくないです」

もちろんAIを学ぶのであれば時間を有効に使える若い世代が有利であることには間違いない。だが、すでに第3次ブームから数年が経ち、深層学習に代表されるAI関連技術を学ぶためのリソースは豊富だ。 既存産業への応用やAI技術への投資、若手AI人材への権限移譲といった、意思決定に必要な知識を得ることは世代に関わらず可能だ。

毎年、ガートナーが発表するテクノロジーの実用可能性や期待度、採用状況を図式化する「ハイプ・サイクル」において、日本ではすでにAIは過度な期待のピークを過ぎて「幻滅期」の段階に突入しつつあるとされる。 また、世界を覆うコロナ禍の影響で、投資意欲が後退する動きもある。

だが、そうした局面であるからこそ、マーケティング的な期待に振り回されることなく冷静にAIや深層学習の理論を学ぶのに最適なタイミングであるとも言えるだろう。 現在よりも多くの人がその技術的本質を理解するようになれば、形ばかりの取り組みの無意味さや「AIでないものすらAIであると喧伝する」といった絶望的な状況からは少なくとも脱することができるはずだ。

たとえば、日本ディープラーニング協会(JDLA)でも、多様な業態でのAI人材育成を図る目的で専門性の高いAIエンジニア向けの資格試験である「E検定」とは別に、非エンジニア向けに深層学習の基礎知識を事業活用できる能力を測る「G検定(ジェネラリスト)」を実施している。この逆境を奇貨として産業競争力を再び高められるかどうかは、個人、企業、国それぞれのレベルでの意識改革にかかってくるはずだ。


2種類の検定試験でエキスパートを育成するJDLA
日本ディープラーニング協会(JDLA)では、人材育成の観点から「G検定」と「E検定」の2つの検定試験を実施している。前者は主に深層学習の基礎知識を有し、事業活動に応用できる能力を持つジェネラリスト人材向け、後者は深層学習の理論を理解し、適切な方法で実装する能力を持つエンジニア人材向けの内容だ。深層学習の進歩に合わせて必要な知識やスキルの内容はアップデートされるほか、協会認定の事業者がトレーニングコースを提供する。

AIが普及した時代に求められる経営者の資質

AI分野で30年来のブレークスルーであった深層学習がもたらす大きなビジネスチャンスを逃してしまった日本の産業界。 既存の企業がスタートアップのような柔軟性と機動性を取り戻し、その失敗を繰り返さないようにするには今後どうすればいいのだろうか。
「まだまだ深層学習の技術は進展していきますから、この先にもいくらでもチャンスはあります。 チャンスを活かすには、社内の若い世代に権限を与えるというのが最も手っ取り早いのですが、それができるかですね。 宣伝のつもりで言うわけではありませんが、MITテクノロジーレビューは、僕も有料会員で購読しており、日本のメディアの中では唯一と言っていいくらい、世界の技術の動向を高いレベルで伝えていると思います。会社で意思決定に関わる方は、MITテクノロジーレビューのような情報源から、世界最先端のテック系の動向を知ることはとても大事だと思います。グーグルの創設者であるラリー・ペイジもアマゾンのジェフ・ベゾスも、最先端の技術を当たり前のように理解していますし、技術が重要になる時代に、この技術の理解に差がある状態で戦って勝てるわけがありません。経営者がリテラシーを上げていくこと、そして技術をよく分かった上で、若者を抜擢し起用していくことが、これからの経営者に必要な条件と言えるのではないでしょうか」

執筆:栗原 亮

この記事は、角川アスキー総合研究所『MIT Technology Review/執筆:栗原 亮』(初出日:2020年9月15日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。

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