ページの先頭です。
サイト内の現在位置を表示しています。
  1. ホーム
  2. ソリューション・サービス
  3. サイバーセキュリティソリューション
  4. NEC Cyber Security Journal
  5. 秘伝のサイバー捜査術 Episode IV 国境を越えて
ここから本文です。

秘伝のサイバー捜査術

Episode IV 国境を越えて

3.擬律判断

ここで、はたっと困ったことに気付いた。わいせつ画像を蔵置しているサーバは米国、そしてこれをアップロードした犯行地はタイである。果たして日本国の刑法が適用できるのか。いくら人間として許し難い行為であっても、日本国の刑罰法令が適用できなければ、手も足も出ない。判例を捜していた部下が声を上げた。

「このまぐろ漁船の判例は使えませんか?」
「えっ?まぐろ?」
それは、平成3年に仙台地裁が取り扱った証拠隠滅事件だった。
遠洋漁業に出ていた日本籍の船舶内で喧嘩により船員が死亡した。船長らは殴った船員に懇願され、外国の港に到着した際、作業中の事故で死亡したとの虚偽の死亡報告書を日本に向けファックスし証拠隠滅を謀ったという事件だった。
日本籍の船舶内での犯罪には、日本国の法律が適用される。船長と船員の謀議が日本船舶内で行われた以上、外国で証拠隠滅の実行行為に着手したとしても、犯行全体が国内犯と見做され、日本国刑法が適用されるというのだ。
タイ側の従業員らは会社の業務として犯罪を実行していることは明らかだ。社長と従業員があらかじめ国内で謀議の上、従業員がタイに渡航したのであれば、このケースに完全に当てはまる。
「おお、凄い!このまぐろ漁船の判例は使えるよ!」

4.信念は岩をも砕く

タイ王国の捜査機関に協力を求めることになった。今回の事件は、やってみたけれど駄目だったでは済まされない。画像が消せない限り、被害者は一生他人の目に怯えて暮らさなければならないのだ。しかし、外国の捜査機関に対して、ただ単に「犯人があなたの国のどこかにいるからお願いします」では、捜査共助の実効性は乏しいだろう。ましてや言葉はもちろん、文化、法体系、習慣、考え方、そして国情などが我々とは全く違うのだ。我々の真剣さを伝えることが成功の鍵だ。しかし、どうすればいいのか・・。

折しも、問題のサイトに黒塗りの人物の写真がアップされた。
体格、髪形、その他の情報などから、犯人グループの従業員であることは間違いなかった。その背後に見知らぬ街が写り込んでいた。

この場所が衛星写真で特定できないだろうか?

潜伏先が特定できれば、タイ王国の捜査機関のモチベーションは間違いなくアップする。我々の捜査に対する気持ちも伝わるはずだ。突拍子もない発想であることは分かっていた。理論的には可能でもかなりの労力が必要だ。捜査員は一様に「絶対に無理です」とかぶりを振ったが、私は諦められなかった。
「まだやってもいないのに、なぜ無理だと決めつけるんだ。この衛星写真の中には、必ず答えがあるんだ。」

かくして、私は毎晩、インターネットの衛星写真でチェンマイの町並みを探し回ることになった。写真の遠景には、巨大な施設や多くの建物が正対して写っていた。チェンマイの市外は、畑と山だけだった。つまり、この写真は施設や住宅が建て込んでいる市内に向けて撮られている。また、旧市街地は京都のように碁盤目のように道路が通っていた。建物が正対して写っているということは、この写真は正確に0時、3時、6時、9時のいずれかの方向に向けて撮られているはずだ。写真の背景に映り込んでいた特徴的な建物の屋根を目印に、必死になって犯人のアジトを探した。

そして、5日目、なんとその場所を発見した。信念が思わぬ力を発揮する時がある。どうせ探しても見つからないと思っている目には、たとえ答えが目の前を通り過ぎたとしても、それに気づくことはできない。成功の可能性を信じる気持ちが、不可能を可能に変え、真実を見つけるのだ。

5.タイ王国のサイバー捜査官

私は、タイ王国に飛んだ。バンコク市内での捜査協議は多岐に及び難航した。日本側の要求は、タイ側の事情にそぐわないことばかりだった。どこまで行っても平行線だ。こう着状態がこれ以上続けば、協議は時間切れになってしまう。焦る気持ちを止められないまま、時間だけがジリジリと経過していった。もう、ここまでなのか・・と思った瞬間だった。突然、タイのサイバー捜査官が立ち上がった。

「こんな凄いサイバー捜査は見たことがない。これはタイ王国にとっても極めて有意義な事件だ。絶対に取り組むべきである。」

タイ王国ハイテク犯罪捜査センターの警察中佐だった。サイバー捜査の第一人者だ。彼の表情は、自信と気迫に満ち溢れていた。我々のサイバー犯罪捜査にかける情熱が彼に通じたのだ。その後、会議の流れが一変した。今までの重苦しい空気が吹っ飛び、協議がうまく進みだした。

6.二国間同時着手

日本とタイ王国の時差は2時間。両国にとって、初めての二国間同時着手であった。最初の読み通り、流出画像などの一切の証拠はタイ側にあった。被害者の画像を消すためのFTPサーバのパスワードも暗号の状態で発見された。すぐにこれを解読し、タイから米国サーバに接続し、長い間、被害者を苦しめてきた忌まわしい画像を削除した。

タイの犯人のうち、1人はタイから国外退去処分となり羽田空港で逮捕、もう1人は不法就労でタイ警察に逮捕され処分を受けた後、帰国の際、公海上を飛行中の日本航空機内で逮捕された。また、日本側でも犯人2人を逮捕した。

注意すべきポイント

  • FTP
    インターネットでファイルを転送するのに使われるプロトコル(通信の手順)の一つ。
    送信側と受信側で接続を確立してファイルを送受信することができる。
    サーバ側にはアクセス制御機能があるので、画像を削除するためには識別符号(パスワード等)が必要である。

国際捜査の要諦は、まずは自国の国際対応力を向上させることにある。我が国が外国から捜査協力を求められても対応できないことは、当然ながら我が国も外国に捜査協力を求めることはできないからだ。

当時、タイ王国は国土の三分の一が水没するという国難の最中(さなか)であったが、日本の被害者のために惜しみない捜査協力をしてくれた。国際捜査は、国情や法体系がそれぞれ異なるため世界中の国々が一気に良好な関係を構築することはなかなか難しいが、親日で国民性が近いなど、捜査上、有利な条件が揃っている国から積極的に好事例を作り、それを徐々に世界に広げていくというのが現実的で有効な方法ではないだろうか。

なお、まったくの蛇足ではあるが、サイバー捜査の国際連携はまさにこれからといったところであるが、私とタイの警察中佐とは、すでに家族ぐるみの付き合いにまで発展している。

出典:「警察公論(立花書房)」より

ページの先頭へ戻る