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アジャイル開発って偽装請負になるの? -厚生労働省回答編-

2022年3月17日
水野 浩三

以前 (2021年8月25日)の技術コラムにて、「アジャイル開発って偽装請負になるの」という記事を掲載しましたが、本稿はその続編となります。
今回は2021年9月21日に厚生労働省から公開された「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)関係疑義応答集」について解説します。

アジャイル開発って偽装請負になるの? -厚生労働省回答編-

公開された疑義応答集について

内閣府規制改革推進会議での提言を受けて、アジャイル開発に係るルールの整備を検討していることは、前稿にてお伝えしました。実際には厚生労働省が主管となり、関係省庁、関係団体との協議を進めていました。具体的には、厚生労働省がヒアリングという形でアジャイル開発を進めている団体、企業からアジャイル開発の実態、懸念、課題などの情報を収集し整理したのち、公開されたのが今回の「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)関係疑義応答集」になります。
本来的には法改正が理想的な成果ですが、アジャイル開発という特定の手法に特化しての法改正は困難であることが大方の認識でしたので、「疑義応答集」として整理されたのは予想どおりであり、妥当な落としどころではないでしょうか。

労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)とは

まず疑義応答集のベースになっている37号告示とはどのようなものかを確認しておきましょう。
そもそも偽装請負とは、契約は請負(準委任も同様)ですが、労働者を派遣のように扱っている状態(請負を偽装して派遣を行っている状態)のことを言います。したがって、派遣と請負の区分を明確にして、どのような状態だと派遣とみなされるのかを明確にする必要があり、それを定めたものが37号告示です。全三条からなる短い文章ですので、確認してみてください。

第一条にはこの基準の目的、第三条にはこの基準で定めた条件を免れるために故意的に偽装したとしても、それは派遣とみなす、ということが記載されています。第三条によると、偽装請負か否かの判断は、表面的でなく実態に則してということになります。
派遣と請負の区分に関する基準は第二条に記載されており、以下の条件をすべて満たしていなければ派遣であるとされています。

  • 労働者の業務の遂行(遂行方法、遂行に関する評価等)に関する指示は自らが行うこと
    労働者の労働時間等(始業、終業の時間、休憩時間、休日、休暇等)に関する指示は自らが行うこと
  • 企業における秩序の維持、確保等(服務上の規律に関する事項、配置等の決定、変更等)のための指示を自らが行うこと
  • 請け負った業務を発注先から独立して処理すること

疑義応答集(第3集)のポイント

今回公開された「疑義応答集」ですが、「37号告示」に対しアジャイル開発を行ううえでの疑問点をQ&Aの形式でまとめてあります。個々のQ&Aは、公開されている「疑義応答集」を確認いただくとして、ここではポイントを絞って解説します。

1)チームの自律性が重要

「疑義応答集」のQ&A 2で基本的な考え方が記載されています。アジャイル開発でも、「実態として、発注者側と受注者側の開発関係者が対等な関係の下で協議し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っている場合」は適正な請負であると言っています。つまりアジャイル開発を正しく理解し、実践できていれば偽装請負には当たらないということになります。

「37号告示」の基準である、発注先から独立して処理する、業務の遂行に関する指示を自らが行う、といった行為を開発担当者による自律的な業務の遂行が前提であればアジャイル開発でも満たすことができるということです。

では受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っている、とは具体的にどういうことかというと、「疑義応答集」の中では「個々の開発担当者が開発手法や一定の期間内における開発の順序等について自律的に判断し、開発業務を進める」となっています。厚生労働省には、自律的についての明確な具体例の記載を求めたのですが、今回の「疑義応答集」ではそこまでの対応はなされませんでした。曖昧さは残るものの業務の各局面で発注者側、受注者側がどのように振る舞うべきか想像がつくのではないでしょうか。

2)管理責任者の選任は必要?

管理責任者という言葉から受けるイメージとしてアジャイルらしくないと思われる方も多いはずです。アジャイルはチームが自律的に行動するとは言っても、受注者側としては労働者の管理を行う必要があるため、管理責任者は従来どおり選任するべきです。しかし管理責任者を選任したからといって、それだけで偽装請負を回避できることにはなりませんし、管理責任者に過度な役割や期待を与えたり、管理責任者を介すことでアジリティを損ねたりすることもあります。あくまでもチームの自律性を重視し、管理責任者を介したやりとりは、明らかに指示、命令に抵触するものに限ったほうがよいでしょう。

3)コミュニケーションの仕方に工夫は?

例えば、メールを活用してチーム内でコミュニケーションを行う際に、必ず管理責任者をToにして送るとか、メールタイトルに指示か否かを付けて送るとか、様々な対策を実施されているケースがあります。しかし残念ながら上記のような対策をしていれば、偽装請負にあたらない、ということにはなりません。

メールのToに管理責任者を設定していたとしても、メールの内容が開発者に対しての指示、命令だったりすれば、それは偽装請負として判断されてしまいます。逆に発注者から受注者全員にメールが送られたとしても、それだけで偽装請負とはなりません。会議やイベントの開催も同様です。会議の場に、発注者、受注者が混在していると、偽装請負を疑われると思いがちですが、それだけで偽装請負と判断されることはありません。
偽装請負を意識して変にコミュニケーションを委縮させたり、制限したりすると、アジャイル開発の良さは失われてしまいます。上記「1)チームの自律性が重要」で示したように、チームが自律的であり、アジャイル開発を正しく理解して実践していれば、特に恐れることはないのではないでしょうか。

おわりに

今回の「疑義応答集」は、アジャイル開発において偽装請負にならないことを保証するものではありませんが、アジャイル開発に特化したドキュメントとして厚生労働省から公開されたことは大きな成果と捉え、アジャイル開発を進めるうえでの一つの指針になると考えられます。
みなさまも、アジャイル開発を正しく理解し、自信をもって実践していきましょう。