未知の旅路への備えを
Q:「治にいて乱を忘れず」ということわざもありますが、こういう時期にはさまざまなトラブルを想定し、心配のタネを徹底的につぶしておく仕事が重要になってきますね。
異常事態に対してどう対処するかの議論は、非常に白熱します。というか、白熱しないとおかしいと思うんですよ。システム全体も、サブシステムも、それぞれの立場でデータや知見を持っている。懸念があれば吐き出していかないと、責任を果たしていないことになると思うんです。
Q:大谷さん、実はそういう場がお好きなようですね。
モヤモヤしたものが解決していく場は、やはりいいですよね。
Q:宇宙研の先生方は基本は大学人ですよね。企業の方たちとは雰囲気の違いを感じたりしませんか?
特にないですね。津田プロマネはじめ皆さんは、何が目的で何を決めなければならないかを踏まえたうえで、スムーズに判断されます。だからこそこれだけ短い期間に、これだけの探査機をつくり上げ、打ち上げることができたのだと思います。
Q:意見を表明するのに、躊躇することはない。
メーカーである我々も、製造側として言うべきことはきっちり言ってきました。「はやぶさ2」は他の探査機よりも、サブシステムの数も搭載機器数も多かった。そういう意味で、限られた期間のうちに着地させていくのは、すごく大変でしたが、意見を出し合い、議論を尽くして、その結果を反映していくことを繰り返しました。
Q:さて、地球スイングバイ、予定どおり行きそうですね。
11月に行われるTCMと呼ばれる軌道微調整の噴射を経て、12月3日は地球スイングバイに予定どおり入っていくと思います。
Q:このイベントを超えると、心境の変化はあるでしょうかね?
スイングバイそのものというより、その後の軌道決定で予定の軌道に入っているのを確認したら、一つの大きな区切りにはなると思いますね。地球を後にすると、今度はイオンエンジンを長時間噴射することになります。
太陽電池の発生電力がどれくらいで、消費電力がどの程度になるかを見積もり検証するソフトウェア「EPNAV(イーピーナブ)」も用意しています。今後、運用計画の中で中心的な役割を果たすツールとなっていきます。
Q:これから小惑星「リュウグウ」到着までの2年半、アッという間なんでしょうか?
私にとっては「あかつき」の5年もあっという間でしたし、2年半はすぐでしょうね。そして小惑星に着いてからの1年半もほんとうに短い時間だと思います。観測のタイミングを逃さないよう、行ったときにやるべきことの準備が重要です。また到着後は、小惑星の重力にもよりますが、ホームポジション(ある距離を隔てた定位置)を維持するために、定期的にスラスターを噴射する運用も必要になってきます。思い切り近づいたり、位置を極側に振ったりする場合は、太陽との位置関係も問題になってきます。
他にもミネルバ(小型ロボット)やMASCOT(ドイツの着陸機)の分離運用、タッチダウン、サンプリング……。
Q:インパクター(衝突装置)で小惑星表面を掘り返すチャレンジもありますね。飛び散った破片を避けるため小惑星の陰に隠れるというダイナミックな動きが求められます。
ですから綿密な準備が必要です。しかも津田先生は「はやぶさ」の経験を活かして、さらに「はやぶさ2」だからこその挑戦をしたいという気持ちもあるようで。運用計画の話を津田先生とするときに、話の端々にそういう思いがにじみ出てくるんですね。プレッシャーを感じつつも、どうやったらその「想い」を実現できるのか、詰めた議論と検討を進めていきたいと思います。
「はやぶさ2」のインパクター(衝突装置)と、その奥にある精密なタッチダウン運用を支援するターゲットマーカー
インパクターで小惑星表面を掘り返すとき探査機は小惑星の陰に隠れ飛散する破片を避ける
Q:「はやぶさ2」のスイングバイの4日後には、「あかつき」の再挑戦です。
「あかつき」でも、手順やコマンドをつくる作業はやり続けてきました。機体は度々熱にさらされてきたし、残されている時間が長いわけではない。そういう意味でよりプレッシャーが大きいのは「あかつき」です。
Q:その答えが出て、年末はゆっくり過ごせるといいですね。
いえ、どちらも予定通り行くと、すぐ次にやることがいろいろと控えています。「あかつき」の観測の先生方は、早く観測がしたくてしたくてたまらないでしょう。なんとかそれに応えていきたい。「はやぶさ2」も小惑星観測で、そのピークがやってきますから、到着までにきっちりと準備を終えておきたいと思います。
2015年10月20日 取材
(インタビュー・構成:喜多充成)