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未知なる小惑星への旅をガイドする

「はやぶさ」を継ぐもの 第4回 未知なる小惑星への旅をガイドする

探査機運用の手順やコマンドを作る作業を通じ、「はやぶさ2」を支えるチームの一員として携わってきた大谷宏三。地球スイングバイが近づく中、日々の運用と今後の小惑星「リュウグウ」へ向けてのクルージング(巡航)や、小惑星観測に向けどのような準備を始めているかを聞いた。(取材日:2015年10月20日)


大谷 宏三
宇宙システム事業部 ミッションシステム部 主任

探査機に振り付けする「運用計画」

Q:まもなく「はやぶさ2」は地球スイングバイを迎えます。1年間の運用を支えてこられた大谷さんの、現在の日々の仕事はどのようなものですか?


JAXAが使う手順書やコマンドを検証・チェックする作業です。運用の実務や定型的な運用はすでにJAXAの方で行っていますが、定型に収まらないような特殊な運用がある場合は支援をします。加えて、打ち上げ前から行っている、小惑星到着後のタッチダウンなどの際に地上で使うソフトウェアの整備も継続して進めています。


Q:今の運用支援と、小惑星到着後に使用するソフト開発の2本建てで走っているわけですね。

打ち上げ直後の初期運用やチェックアウト(機器の動作確認)のフェーズではJAXA宇宙科学研究所(以下「JAXA宇宙研」)に張り付き、私たちNECも直接運用に関わっていました。今年(2015年)3月に初期機能確認期間が終了したあと、JAXAへの引き渡しの作業を終え、現在はここ(開発拠点のあるNEC府中事業場)で過ごす時間が長くなっています。


Q:運用そのものは「順調すぎるくらい順調だ」とJAXAプロマネの津田先生はおっしゃっていました。

そのとおりだと思います。なので、私も心づもりしていたよりは支援の度合いが少なくなっていますね。


Q:納入した機械がキチンと動いてくれているのは、作った側としては嬉しい話ですね。

そうですね。とは言ってもやはり、軌道を作って、行ったことのないところに行く探査機ですからね。小惑星「リュウグウ」も、「イトカワ」とはタイプの違う小惑星ですから、着いてみると「こんなことが必要になった」ということが出てくるかもしれません。


Q:乙姫様のおもてなしは期待できそうにないですね。

何が起こっても迅速に対処できるよう、準備はしています。


Q:さて、そもそも「運用」とはどういう仕事になるのでしょうか。金融分野で「運用」というと、投資先を選んだり配分やタイミングを考えたり。業界によって意味する内容は違いますが、探査機や衛星の分野での「運用」や「運用計画」を、どう説明すればいいでしょうか?

まず「はやぶさ2」の場合ですと、小惑星に行って観測やサンプル採取をしたい、という目的があります。そのために、どういう軌道を通ってそこに行くのかが決められます。できれば速く到着したいし、エネルギーはなるべく使わずに行きたいわけです。また航行中は、太陽や地球の位置関係から、とるべき姿勢が決まってきます。通信するには地球にアンテナを向けなければならないし、太陽電池パネルは光を受けていなければならない。


Q:エンジンを噴射するときも、どの向きに噴くかが問題ですから、そのときの姿勢が重要ですね。

到着すれば、観測のカメラを向けるのに姿勢を変え、撮った画像を送るためアンテナを地球に向ける必要があります。こういったもろもろのことが要求として出てくるわけですが、ではどのように手順を作って、どのようにコマンドを並べれば、それが実現するのか。それをつくっていくのが運用計画の仕事です。要求に従って「ではこの段階では使うアンテナはこちらにしましょう」「このような姿勢にしましょう」と運用計画の側で決めていきます。


Q:例えば「テーブル上のコップを手にとる」という動作をするとき私たちは、どの筋肉をどの程度収縮させ、どのタイミングで関節を動かして、なんてことは考えず無意識にやっています。それをひとつひとつの動作に分解し、個々の筋肉に手順を踏んで命令を送る……。そのような仕事が運用の仕事であり、その手順をつくるのが運用計画である、ということでしょうか?

はい。そしてコップの例でいうと、もし取ろうとしたコップがすごく重い場合は、両手を使え、というような命令を作って準備しておくのも仕事には含まれています。


Q:「もし~ならば、~せよ」みたいな条件分岐も含まれるわけですね。はたから見ていると単純な動作のように思えても、実際にコマンドに落とし込んでいくのは大変だったり面倒だったりする場合もある?

なるべく運用しやすいよう探査機は作りますが、だいたいはそうです(笑)。

バーチャル「はやぶさ2」が、コンピュータの中を飛んでいる

Q:後継機として作られた「はやぶさ2」は、その点では練られたものだと考えていいですか?


初号機は手探りの部分も多かったと思います。予期しない事柄に対して、非常に苦労しながら手順を確立し、その都度必要なツールを作って対処してきました。「はやぶさ2」ではそういった知見や経験がすでにあるので、定型的に計画を作成し、手順書とコマンドに落とし込むシステムを用意し、それが機能しています。その点では「はやぶさ2」は進歩・成長していると感じます。

写真:宇宙システム事業部 ミッションシステム部 主任 大谷 宏三氏


Q:なるほど。

運用計画を担うシステムの中では、ある程度いくつかの想定されるシーケンス(まとまった命令の列)のデータベースを用意しています。そこから適切なシーケンスを選んで、定型的な計画を組み上げていく……、というようなことができていますから。


Q:そのデータベースというのは、たとえば文章をつくるときのフレーズ集みたいなもので、それを選んでいくと、センテンスやパラグラフが作れるようなものでしょうか。

そうですね、似ていると思います。


Q:NGワードが入っていたり、組み合わせで変な意味にとられたりしないことが確認済みのフレーズ集。そういったものを組み合わせたり編集したりしながら並べていくと、探査機は望んだ通りの動きをしてくれる……。

もちろん探査機に送る前に、コンピュータ上のシミュレーションで検証もしています。


Q:コンピュータの中で、バーチャルな「はやぶさ2」が飛んでいるわけですか?

簡易的なものから精密なものまで、サブシステム単位だったりシステム全体だったり、いろんなスケールのバーチャル「はやぶさ2」を用意しています。


Q:1/24サイズもあれば、実物大もある?

あります。いちばんわかりやすいのはAOCS(姿勢系)のシミュレータですね。このコマンドを入れたら、探査機がどう姿勢を変えていくのか。あるいはDHU(データ処理系)にコマンド列を入力し、そこから想定する応答が返ってくるかどうか。そういったシミュレータを使って挙動を確認するんです。


Q:シングルイベント(宇宙放射線の影響でメモリのビットが反転するエラー)みたいなことも試せるわけですか。

可能ですし、必要ならばやります。いずれにしても通常の場合は、そういった確認をしてオーケーが出たコマンドを、探査機に送っています。初号機に比べシステムもこなれてきていますので、運用もより定型化した形でこなせています。この先もし運用要求が変わってきても対応できるよう、拡張性のあるシステムとして作ってきました。

未知の旅路への備えを


Q:「治にいて乱を忘れず」ということわざもありますが、こういう時期にはさまざまなトラブルを想定し、心配のタネを徹底的につぶしておく仕事が重要になってきますね。

異常事態に対してどう対処するかの議論は、非常に白熱します。というか、白熱しないとおかしいと思うんですよ。システム全体も、サブシステムも、それぞれの立場でデータや知見を持っている。懸念があれば吐き出していかないと、責任を果たしていないことになると思うんです。


Q:大谷さん、実はそういう場がお好きなようですね。

モヤモヤしたものが解決していく場は、やはりいいですよね。


Q:宇宙研の先生方は基本は大学人ですよね。企業の方たちとは雰囲気の違いを感じたりしませんか?

特にないですね。津田プロマネはじめ皆さんは、何が目的で何を決めなければならないかを踏まえたうえで、スムーズに判断されます。だからこそこれだけ短い期間に、これだけの探査機をつくり上げ、打ち上げることができたのだと思います。


Q:意見を表明するのに、躊躇することはない。

メーカーである我々も、製造側として言うべきことはきっちり言ってきました。「はやぶさ2」は他の探査機よりも、サブシステムの数も搭載機器数も多かった。そういう意味で、限られた期間のうちに着地させていくのは、すごく大変でしたが、意見を出し合い、議論を尽くして、その結果を反映していくことを繰り返しました。


Q:さて、地球スイングバイ、予定どおり行きそうですね。

11月に行われるTCMと呼ばれる軌道微調整の噴射を経て、12月3日は地球スイングバイに予定どおり入っていくと思います。


Q:このイベントを超えると、心境の変化はあるでしょうかね?

スイングバイそのものというより、その後の軌道決定で予定の軌道に入っているのを確認したら、一つの大きな区切りにはなると思いますね。地球を後にすると、今度はイオンエンジンを長時間噴射することになります。
太陽電池の発生電力がどれくらいで、消費電力がどの程度になるかを見積もり検証するソフトウェア「EPNAV(イーピーナブ)」も用意しています。今後、運用計画の中で中心的な役割を果たすツールとなっていきます。


Q:これから小惑星「リュウグウ」到着までの2年半、アッという間なんでしょうか?

私にとっては「あかつき」の5年もあっという間でしたし、2年半はすぐでしょうね。そして小惑星に着いてからの1年半もほんとうに短い時間だと思います。観測のタイミングを逃さないよう、行ったときにやるべきことの準備が重要です。また到着後は、小惑星の重力にもよりますが、ホームポジション(ある距離を隔てた定位置)を維持するために、定期的にスラスターを噴射する運用も必要になってきます。思い切り近づいたり、位置を極側に振ったりする場合は、太陽との位置関係も問題になってきます。
他にもミネルバ(小型ロボット)やMASCOT(ドイツの着陸機)の分離運用、タッチダウン、サンプリング……。


Q:インパクター(衝突装置)で小惑星表面を掘り返すチャレンジもありますね。飛び散った破片を避けるため小惑星の陰に隠れるというダイナミックな動きが求められます。

ですから綿密な準備が必要です。しかも津田先生は「はやぶさ」の経験を活かして、さらに「はやぶさ2」だからこその挑戦をしたいという気持ちもあるようで。運用計画の話を津田先生とするときに、話の端々にそういう思いがにじみ出てくるんですね。プレッシャーを感じつつも、どうやったらその「想い」を実現できるのか、詰めた議論と検討を進めていきたいと思います。

「はやぶさ2」のインパクター(衝突装置)と、その奥にある精密なタッチダウン運用を支援するターゲットマーカー
インパクターで小惑星表面を掘り返すとき探査機は小惑星の陰に隠れ飛散する破片を避ける


Q:「はやぶさ2」のスイングバイの4日後には、「あかつき」の再挑戦です。

「あかつき」でも、手順やコマンドをつくる作業はやり続けてきました。機体は度々熱にさらされてきたし、残されている時間が長いわけではない。そういう意味でよりプレッシャーが大きいのは「あかつき」です。


Q:その答えが出て、年末はゆっくり過ごせるといいですね。

いえ、どちらも予定通り行くと、すぐ次にやることがいろいろと控えています。「あかつき」の観測の先生方は、早く観測がしたくてしたくてたまらないでしょう。なんとかそれに応えていきたい。「はやぶさ2」も小惑星観測で、そのピークがやってきますから、到着までにきっちりと準備を終えておきたいと思います。

2015年10月20日 取材
(インタビュー・構成:喜多充成