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内へ、外へ ~2つの探査機を送り出して~

「はやぶさ」を継ぐもの第1回 内へ、外へ ~2つの探査機を送り出して~

地球軌道の外側にある小惑星「1999JU3」を目指す「はやぶさ2」。そのNECプロジェクトマネジャー(プロマネ)は大島武。彼にはもう一つの顔がある。それは、現在金星を目指して飛行する金星探査機「あかつき」のプロマネである。太陽系における地球軌道の内側と外側へ旅立った2つの探査機。それらを造りあげた大島は、「はやぶさ2」において「あかつき」の経験が大いに活きたという。過去になく短い期間に、多くの人たちの力を得ながら進めたプロジェクトで、何を考えどう動いたのか。また今の心境を聞いた。


大島 武
NEC 宇宙システム事業部 エキスパートエンジニア

写真:NEC 宇宙システム事業部 エキスパートエンジニア 大島 武

もうひとつの「はやぶさ」を造る

Q:これまでの経歴について教えてください。


NECには1990年に入社し、最初はシステムの担当ではなく、衛星搭載機器の開発担当でした。SFU(宇宙実験・観測フリーフライヤ:1995年打ち上げ)に搭載した実験装置、「みどり」(1996年打ち上げの地球観測衛星)搭載センサのデジタル信号処理装置、火星探査機「のぞみ」(1998年打ち上げ)搭載カメラなどを担当してきました。
その後、衛星システム開発部門へ異動し、1996年にMUSES-C(後の「はやぶさ」)のシステム担当として参加。「はやぶさ」プロジェクトの最初から関与し、後に探査機のシステムマネージャー(シスマネ)を務めました。現在は金星探査機「あかつき」、「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャーを務めています。


Q:「はやぶさ」ではシスマネ。「はやぶさ2」ではプロマネ。いかがでしたか?

プロマネとなり、すぐに感じました。シスマネとは全く違う大変さがあることを。
プロマネは仕事の大枠を作り、お金、スケジュール、関係先との調整といったことが数多く入ってくる。一方シスマネは、ある意味では与えられた条件下、技術分野で最善を尽くす仕事。「はやぶさ」の時は、プロマネが自分に枠を与えてくれていたんだな、というのを強く感じました。


Q:「はやぶさ2」は、「はやぶさ」からの変更点としてどのようなポイントがありましたか?

新規要素として、Kaバンド通信系(約32GHzの周波数を使う)や衝突装置、それと多くの分離式のミッション機器が加わりました。


Q:Kaバンドは、観測データを効率的に地球に送信するために追加された、従来の約4倍のデータを送ることができる通信系ですね。

そうです。アンテナ自身は「あかつき」で開発され、実績のある「ラジアルライン給電スロットアレイアンテナ(RLSA)」方式を採用しています。ただアンテナをXバンド(約8GHzの周波数を使う)とKaバンドの2個並べるというのは当初の計画には無く、大変でした。2個並べたことで、本体側面にアンテナの陰になる部分ができてしまいますので。そのため熱設計もやり直しの箇所が出ましたが、「あかつき」の経験を活かし、スケジュール内に完成させることができました。

はやぶさとはやぶさ2でのアンテナを示す図
図1:追加されたKaバンド通信系アンテナ
「はやぶさ2」では、Xバンド(7~8GHz)とKaバンド(32GHz)の2つのアンテナが
機体上面に並んでいる。形態も「はやぶさ」のパラボラ型から平面型へと変わった。


Q:「はやぶさ2」の目玉のひとつが、小惑星に人工のクレーターをつくるための衝突装置(インパクター)ですね。

はい。この新たに加わった衝突装置は、ロケット結合リングの中に収めることになりましたが、リング内に各機器をどう収めるか、工夫が必要でした。当初、衝突装置の分離の仕組みは再突入カプセルと同じ仕組みを使うつもりだったのですが、それでは全てが結合リング内に収まりきらないことがわかったのです。そのままだとターゲットマーカーや、レーザレンジファインダ(赤外線レーザーで目標物までの距離を測る機器)が入らなくなる。そこで、この問題を、JAXAや他の開発メーカーとともに解決していきました。このような調整も大きな仕事です。

ロケット結合リング内にターゲットマーカー5個、衝突装置(インバクター)、分離装置、レーザーレンジファインダーが納められていることが分かる写真
図2:ロケット結合リング内
リング内に様々な機器が収められている

プロマネの極意

Q:プロマネとして、体制や進行についてどのような対応を?


システム部門は「はやぶさ」より多くの人手をかけ、また開発プロセスもかなり見直しました。これで、より確実で高い信頼性を担保できる仕組みや体制ができたと思っています。

他のプロジェクトとの間での製造や検査などにおける人や設備の調整では “ある時は押したり、ある時は引いたり”しながら、最終的にはNECグループが一丸となって取り組んだという印象です。

写真:NEC 宇宙システム事業部 エキスパートエンジニア 大島 武


Q:このあたりの駆け引きは、プロマネ業務の極意なのかもしれませんね。

そうかもしれません。なかなかこういったやり取りは、シスマネだった「はやぶさ」の時には見えていなかったところです。


Q:「はやぶさ」の時からプロジェクトメンバーは変わりましたか?

若手も増えましたし、メンバーはずいぶん変わっています。それでも、「はやぶさ2」のシスマネの榎原匡俊とは「あかつき」と2つの探査機をともにしていますから、ツーカーの仲です。彼は「はやぶさ2」を通じて更に成長してくれたと感じています。


Q:若手のメンバーに対して、口酸っぱく言ったことはありますか?

私はあまり口うるさいほうじゃないけれど・・・・各機器の仕様の書き方には相当なこだわりがあります。あいまいさの排除、ダブらず、もれなく、検証可能な形できっちり書き下す、というところを徹底しました。当たり前のようで結構難しい。これで若手がずいぶん成長した、一人前になったかなと思っています。

初テレメトリは感無量

Q:打ち上げが2回延期になった時の気持ちは・・・


打ち上げまでのスケジュールは完全にこなしていたので、あとは本番を残すのみという心境でした。打ち上げのウインドウ制約(打ち上げ可能な期限)まではまだ日程に余裕があったので、淡々と備えていました。


Q:打ち上げ時は?

無事に打ち上がったように見えても、やはり探査機のテレメトリ(衛星搭載機器の温度、電流、電圧などの状態を示す信号)を見るまではドキドキで・・・最初のテレメトリ受信ができたときは、うれしかったですね。「はやぶさ」の時よりは冷静でしたが、やはり、最初のテレメトリは感無量です。どの衛星や探査機でも、一度しかない誕生の瞬間ですから。


Q:現在の状況について教えてください。

「はやぶさ2」はまだ初期運用段階(2015年2月現在)です。現在、JAXAにてイオンエンジンや姿勢系、通信系等のチェックを行っており、当社も支援しています。一つ一つ機能を確認し、動作を始めていくのを見るのは、自分の子供が歩き始めた時の様子を見ているような感があります。
今後も2020年の地球帰還まで、力をつけたメンバーとともに尽力していきます。


エピローグ

大島は「はやぶさ」を「はやぶさ初号機」と呼ぶ。「はやぶさ2」から入ったメンバーは時に「はやぶさ」と呼んでしまうので、あえてこんな呼び方をして区別していると言う。こんなところにも新たに加わった人たちと、「はやぶさ」からのプロジェクトメンバーの違いが見て取れる。呼び名ひとつでも、人とプロジェクトのかかわり、その長い年月を垣間見る思いがする。「あかつき」と「はやぶさ2」、2つの探査機を見守り続ける大島の日々が続く。

2015年1月19日 取材
(取材・執筆 小笠原 雅弘

大島 武(おおしま たけし)

写真:大島 武(おおしま たけし)

NEC 宇宙システム事業部 エキスパートエンジニア

1990年入社。衛星搭載機器の開発担当を経た後、
「はやぶさ」のシステムマネージャー、金星探査機「あかつき」
および「はやぶさ2」のNECプロジェクトマネージャーを務める。