ソーラーセイルモードの驚くべき効能
Q:「はやぶさ2」で太陽光圧を積極的に使う理由とは?
まずは姿勢制御用の燃料を節約したいからです。小惑星滞在の1年半のうちに、何かやりたいと思ったらほぼ必ず化学エンジンを使うことになります。着くまでに使う燃料を減らせば減らすほど、小惑星近傍でやれることが多くなる。
Q:「お弁当」はなるべく食べずに残して目的地をめざし、現地でいっぱい食べて元気に動き回りたい……。
そうです、燃料の節約が一つ。もう一つの理由は、リアクション・ホイール(RW)を温存したいからです。「はやぶさ」初号機では小惑星到着前後にRWが2つも壊れ精密な姿勢制御が難しくなりました。運用にも制限がかかる、非常にショッキングな出来事でしたが、「はやぶさ2」では絶対繰り返してはならない。そのためには小惑星につくまでなるべくRWを使わないでおきたいのです。
Q:できるんですか?
ソーラーセイルモードでは、必要なRWは1個だけ。しかも回し方は特別難しくなく、残りはオフでいい。
Q:まさに「はやぶさ」初号機の帰路の運用と同じ?
そうです。でも今度はもっと洗練されています。何月何日にはこういう姿勢だと精密に予測でき、制御もできます。またRWは通常、ホイールの回転数をある範囲に維持するため「アンローディング」という作業が必要になり、このときに化学エンジンを噴いて燃料を使ってしまいます。でも今回はRWが1個だけで、その1個もほとんど回転数が変わらない。だから燃料も全く使わない。
Q:えーっ!
この1年の運用中、最長で3か月間ぐらい化学エンジンを使わない期間がありました。これまでの宇宙工学の教科書には全く載っていない方法です。
Q:家電製品のコンセントを抜いて、待機電力まで節約し、寿命も伸ばしましょうというような話を、さらにさらに発展させた感じですね。さすが「2」とつくだけのことはある!
プロマネの仕事は「慎重にチャレンジ」
Q:3月に入って巡航フェーズを開始し、まずイオンエンジンの409時間連続運転。そして4月1日から國中先生に代わってプロジェクトマネージャとなりました。
それ以前もプロジェクトエンジニアとして、技術面で探査機全体を見わたす立場でした。技術面の調整をするときは、非技術的なやりとりも求められますから、プロマネになって、やることがすごく変わったわけではありません。
Q:では、見える景色は変わりましたか?
やっぱり技術屋ですから、これまで基本は技術的におもしろいこと、チャレンジングなことを提案する立場でした。「やりましょう。やらせてください!」と説得し、最後は國中先生に「分かった」と言ってもらえばよかった。
Q:その瞬間に責任は向こうに行くわけですからね。
でもプロマネになると、最後は私が決めないといけない。すると守りに入ってしまいがちになる。それをどう押さえ込み、難しいところにチャレンジしていくか、いちばん気をつけているところです。
Q:そもそも「難しいけどできた」が、成果につながるわけですからね。
とは言いながらも、「ちょっと待て。自分が“行こう”と言ったら、ほんとうにこれをやることになっちゃうんだよな?」という気持ちも出てくる。慎重な判断はもちろん大事だし、でも、それでつまらない答えしか出せないのもイヤなので、その加減をどの辺に置くか、今もまだ試行錯誤中です。
Q:判断の軸をぶらさないように、心がけていることはありますか? たとえばキックの前に決まった手順を繰り返す、ラグビーの五郎丸選手の「ルーティン」のような。
そうですね、私のもともとのバックグラウンドは軌道工学、アストロダイナミクスなので、プロジェクトエンジニアをやっていたときも軌道計画の主担当を兼任していました。その仕事は今も続けています。
Q:軌道計画の担当というと、日々の実務は?
ひたすら計算です。自分でプログラミングをする場合もあります。
Q:時間を食いますね。
でも自分の軸というか、積み上げてきたものはそこにある。それを放ったらかしにしてプロジェクトマネジメントだけというわけにはいきません。たぶん自分自身がふわふわ浮いてしまい、地に足がついた判断ができなくなると思っています。
Q:地味で、体力を削られる作業でもある……。
でも、そこが一番おもしろいところなんです。探査機の往路復路の軌道をつくるだけでなく、小惑星の近くでの探査機がどう動くかは、世界的にも軌道工学の研究の最先端の分野です。それを実際の機体でやれるわけですから、これは見逃す手はないと思っています。
Q:観測とサンプルリターンだけじゃないぞ、と。
「はやぶさ2」は工学の成果も求められています。せっかく小惑星まで行くのだから、工学の面でも探査技術の面でも、どんどんおもしろいことを引き出さなきゃいけないと思っています。