イオンエンジン、一発始動!
Q:まず、打ち上げ後にロケットから分離された後は?
「クリティカル運用」と呼ばれる一連の作業を行います。太陽電池パネルを展開し、太陽の方向に姿勢を向けるなど、電力を確保し最低限の運用を可能にするための手順です。サンプラーホーンの伸展もここで行いました。それが終わると、探査機各部の「初期機能確認」に移ります。
Q:項目数の非常に多い「健康診断」のようなものですね。
ええ、ざっと数千項目。たとえば温度系関連だけでも「はやぶさ」初号機の倍の256チャンネルあり、それぞれに上限値と下限値が決まっているので、温度の確認だけでも512項目になります。さらに各部の電圧や電流、姿勢に関する情報もたくさんあります。チェック作業そのものは自動で進めますが、最初にリストを作るのは人間なので、そこまでの準備が大変です。
Q:数千のチェック項目を作るには、数万かそれ以上のオーダーの検討が必要ですね?
もちろんです。しかも個々のチェックリストをパスして、複数の項目の組み合わせで問題が出るようなケースはありうる。これは人間がケアするしかありません。「初期機能確認」は打ち上げ直後から3月までじっくり時間をかけて行いました。さらに平行して12月半ばから「イオンエンジンの始動」に向けた試験も行っています。
Q:「はやぶさ」初号機の時は、始動に相当苦労したと聞いています。
イオンエンジンは周囲の真空度が高くないとうまく動いてくれません。前回の経験もあったので、太陽光を当てたりヒーターで温めたりしてヒーター各部の温度を上げ、周辺や表面にまとわりついているガスや揮発成分を飛ばす「ベーキング」を入念に行いました。結果としてベーキングも始動も、一発で済んでいます。
Q:一発始動!
とはいっても、最初は何度か安全装置で止まり、また動きそうになっては安全装置がかかり……、という状態ですね。もちろんそれも経験済みなのですが、見ているほうはドキドキしますよ。でも、徐々に動いている時間が長くなって、ついにあるときからスーッとキレイに推力が出る。
Q:昔のバイクの、キックスターターのような感じですかね。何度か蹴るうち、ブルン、ブルルン、ブロロロー、と気持よく回りはじめる……。
まさにそんな感じでしたね。ドップラー(電波による精密な速度計測 )で見ていると、加速しているのがはっきり見えました。
Q:そのとき、運用室の皆さんは?
普段は静かに淡々と作業が進むのですが、このときばかりは拍手が起こりましたね。國中先生もガッツポーズでした。國中先生と握手したのは、あのときがはじめてかな(笑)。最初は1個ずつ、徐々に2個、3個と組み合わせ、1月には4つ全部がうまくいくようになりました。
イオンエンジン24時間連続自律運転中の管制室(2014/1/20)
右端が津田氏
探査機の姿勢を「太陽に向けろ!」
Q:続いてどんな仕事を?
2月には太陽光圧の精密測定を行いました。「はやぶさ」初号機が途中で姿勢を維持する手立てがほとんど失われてしまったとき、リアクション・ホイール(RW)1個だけで、機体に当たる太陽光圧をうまく使って姿勢を制御する特殊な運用方法を使いました。NECが基本的なアイデアを出し、実現させた方法です。
Q:太陽光のわずかな”圧力”を使うという、非常に繊細な方法でした。
これが実運用上、うまく行きました。そしてその後打ち上げた「イカロス」でも、この方法にチャレンジしたんです。
Q: 金星探査機「あかつき」と一緒に打ち上げられた、小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」ですね。小型とは言うものの帆を広げるとテニスコートサイズ。
機体が大きいので姿勢変更に燃料を使うと、すぐに枯渇してしまいます。でも太陽光圧を利用すると、燃料を使わずに姿勢を維持することができる。「はやぶさ」初号機の経験に検討を加え、「イカロス」でチャレンジしてみました。予想外の挙動も出ましたが、その予想外を説明する式を立てて理論を作り、それを運用に反映させるということもやりました。
Q:飛んでいる間に修正を?
はい、1か月でやりました。その結果、金星までの燃料を大きく節約することができた。「はやぶさ2」ではその経験を踏まえ、さらに積極的に太陽光圧を使っています。
Q:「はやぶさ」初号機で試した斬新な手法を「イカロス」で理論化し、「はやぶさ2」で当たり前のものにした?
津田 そうです。「ソーラーセイルモード」と呼んでいます。これを積極的に使いたい理由が2つあります。
「イカロス」のソーラー電力セイルの展開状態を「自撮り」した画