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若き指揮官が語る小惑星を目指す旅のはじめの一歩

スペシャルインタビュー 若き指揮官が語る小惑星を目指す旅のはじめの一歩

打ち上げからちょうど1年目となる2015年12月3日、小惑星探査機「はやぶさ2」は「地球スイングバイ」を実施する。地球の重力を利用して加速しながら方向を変え、小惑星「リュウグウ(Ryugu)」に向かう軌道に入るのだ。この大きな節目を経て「はやぶさ2」のストーリーは次章を迎えることになる。
これまでの運用について関係者は「順調すぎるくらい順調だ」と口を揃える。どのような備えがその順調な旅をもたらしているのか。そして、小惑星の到達と観測ミッション開始に向け、どのような準備を始めているのか。2015年4月に國中均教授からプロジェクトマネージャを引き継いだ、JAXA宇宙科学研究所の津田雄一准教授に聞いた。
(取材日:2015年10月15日)


津田 雄一 氏
JAXA 小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ
宇宙科学研究所(ISAS) 宇宙飛翔工学研究系 准教授 工学博士

目的地は「リュウグウ」

Q:つい先日、探査対象の小惑星1999 JU3の名前が「リュウグウ」と決まりました。発表の記者会見では満面の笑みでしたね。


ホッとしました。探査機を仕上げ、きちんと飛ばすことを優先して来たので、ずっと手をつけられなかったタスクでしたから。


Q:最終的に決まった「リュウグウ」は民話の浦島太郎にちなむネーミング。誰もが知る、親しみやすい名称です。

今回の小惑星では水に関連する発見の期待もあり、サンプルを持ち帰るのが玉手箱に似ていたりと、話せば話すほどイメージが広がります。地球スイングバイという大きなイベントの前に発表することができたのも、よかったと思っています。


Q:記者会見で「地球スイングバイは、物語で言うとどのあたりか?」という質問に、「カメに乗って海に入るあたりです」と答えていらっしゃいました。名コメントだったと思いますが、つまり「はやぶさ2」の旅はまだほんの序盤なのですね?

まだまだ先の長い旅です。心配のタネはできるだけ潰しておこうとこの1年間の運用を続けてきましたが、幸いとても順調に1年目を終えることができそうです。


Q:海に入る前の「準備体操」、つまり地球スイングバイを迎えるまでのこの1年間の探査機運用は、具体的にどんなものだったかを教えてください。

はい、順を追って説明しましょう。

「はやぶさ2」の目的地「イトカワ」と同縮尺で並べた、小惑星「リュウグウ」の想像図
「はやぶさ」の目的地「イトカワ」と同縮尺で並べた、小惑星「リュウグウ」の想像図

イオンエンジン、一発始動!

Q:まず、打ち上げ後にロケットから分離された後は?


「クリティカル運用」と呼ばれる一連の作業を行います。太陽電池パネルを展開し、太陽の方向に姿勢を向けるなど、電力を確保し最低限の運用を可能にするための手順です。サンプラーホーンの伸展もここで行いました。それが終わると、探査機各部の「初期機能確認」に移ります。


Q:項目数の非常に多い「健康診断」のようなものですね。

ええ、ざっと数千項目。たとえば温度系関連だけでも「はやぶさ」初号機の倍の256チャンネルあり、それぞれに上限値と下限値が決まっているので、温度の確認だけでも512項目になります。さらに各部の電圧や電流、姿勢に関する情報もたくさんあります。チェック作業そのものは自動で進めますが、最初にリストを作るのは人間なので、そこまでの準備が大変です。


Q:数千のチェック項目を作るには、数万かそれ以上のオーダーの検討が必要ですね?

もちろんです。しかも個々のチェックリストをパスして、複数の項目の組み合わせで問題が出るようなケースはありうる。これは人間がケアするしかありません。「初期機能確認」は打ち上げ直後から3月までじっくり時間をかけて行いました。さらに平行して12月半ばから「イオンエンジンの始動」に向けた試験も行っています。


Q:「はやぶさ」初号機の時は、始動に相当苦労したと聞いています。

イオンエンジンは周囲の真空度が高くないとうまく動いてくれません。前回の経験もあったので、太陽光を当てたりヒーターで温めたりしてヒーター各部の温度を上げ、周辺や表面にまとわりついているガスや揮発成分を飛ばす「ベーキング」を入念に行いました。結果としてベーキングも始動も、一発で済んでいます。


Q:一発始動!

とはいっても、最初は何度か安全装置で止まり、また動きそうになっては安全装置がかかり……、という状態ですね。もちろんそれも経験済みなのですが、見ているほうはドキドキしますよ。でも、徐々に動いている時間が長くなって、ついにあるときからスーッとキレイに推力が出る。


Q:昔のバイクの、キックスターターのような感じですかね。何度か蹴るうち、ブルン、ブルルン、ブロロロー、と気持よく回りはじめる……。

まさにそんな感じでしたね。ドップラー(電波による精密な速度計測 )で見ていると、加速しているのがはっきり見えました。


Q:そのとき、運用室の皆さんは?

普段は静かに淡々と作業が進むのですが、このときばかりは拍手が起こりましたね。國中先生もガッツポーズでした。國中先生と握手したのは、あのときがはじめてかな(笑)。最初は1個ずつ、徐々に2個、3個と組み合わせ、1月には4つ全部がうまくいくようになりました。

イオンエンジン24時間連続自律運転中の管制室(2014/1/20)
右端が津田氏

探査機の姿勢を「太陽に向けろ!」

Q:続いてどんな仕事を?


2月には太陽光圧の精密測定を行いました。「はやぶさ」初号機が途中で姿勢を維持する手立てがほとんど失われてしまったとき、リアクション・ホイール(RW)1個だけで、機体に当たる太陽光圧をうまく使って姿勢を制御する特殊な運用方法を使いました。NECが基本的なアイデアを出し、実現させた方法です。


Q:太陽光のわずかな”圧力”を使うという、非常に繊細な方法でした。

これが実運用上、うまく行きました。そしてその後打ち上げた「イカロス」でも、この方法にチャレンジしたんです。


Q:金星探査機「あかつき」と一緒に打ち上げられた、小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」ですね。小型とは言うものの帆を広げるとテニスコートサイズ。

機体が大きいので姿勢変更に燃料を使うと、すぐに枯渇してしまいます。でも太陽光圧を利用すると、燃料を使わずに姿勢を維持することができる。「はやぶさ」初号機の経験に検討を加え、「イカロス」でチャレンジしてみました。予想外の挙動も出ましたが、その予想外を説明する式を立てて理論を作り、それを運用に反映させるということもやりました。


Q:飛んでいる間に修正を?

はい、1か月でやりました。その結果、金星までの燃料を大きく節約することができた。「はやぶさ2」ではその経験を踏まえ、さらに積極的に太陽光圧を使っています。


Q:「はやぶさ」初号機で試した斬新な手法を「イカロス」で理論化し、「はやぶさ2」で当たり前のものにした?

津田 そうです。「ソーラーセイルモード」と呼んでいます。これを積極的に使いたい理由が2つあります。

「イカロス」のソーラー電力セイルの展開状態を「自撮り」した画

ソーラーセイルモードの驚くべき効能

Q:「はやぶさ2」で太陽光圧を積極的に使う理由とは?


まずは姿勢制御用の燃料を節約したいからです。小惑星滞在の1年半のうちに、何かやりたいと思ったらほぼ必ず化学エンジンを使うことになります。着くまでに使う燃料を減らせば減らすほど、小惑星近傍でやれることが多くなる。


Q:「お弁当」はなるべく食べずに残して目的地をめざし、現地でいっぱい食べて元気に動き回りたい……。

そうです、燃料の節約が一つ。もう一つの理由は、リアクション・ホイール(RW)を温存したいからです。「はやぶさ」初号機では小惑星到着前後にRWが2つも壊れ精密な姿勢制御が難しくなりました。運用にも制限がかかる、非常にショッキングな出来事でしたが、「はやぶさ2」では絶対繰り返してはならない。そのためには小惑星につくまでなるべくRWを使わないでおきたいのです。


Q:できるんですか?

ソーラーセイルモードでは、必要なRWは1個だけ。しかも回し方は特別難しくなく、残りはオフでいい。


Q:まさに「はやぶさ」初号機の帰路の運用と同じ?

そうです。でも今度はもっと洗練されています。何月何日にはこういう姿勢だと精密に予測でき、制御もできます。またRWは通常、ホイールの回転数をある範囲に維持するため「アンローディング」という作業が必要になり、このときに化学エンジンを噴いて燃料を使ってしまいます。でも今回はRWが1個だけで、その1個もほとんど回転数が変わらない。だから燃料も全く使わない。


Q:えーっ!

この1年の運用中、最長で3か月間ぐらい化学エンジンを使わない期間がありました。これまでの宇宙工学の教科書には全く載っていない方法です。


Q:家電製品のコンセントを抜いて、待機電力まで節約し、寿命も伸ばしましょうというような話を、さらにさらに発展させた感じですね。さすが「2」とつくだけのことはある!

プロマネの仕事は「慎重にチャレンジ」

Q:3月に入って巡航フェーズを開始し、まずイオンエンジンの409時間連続運転。そして4月1日から國中先生に代わってプロジェクトマネージャとなりました。


それ以前もプロジェクトエンジニアとして、技術面で探査機全体を見わたす立場でした。技術面の調整をするときは、非技術的なやりとりも求められますから、プロマネになって、やることがすごく変わったわけではありません。

写真:JAXA 小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ 宇宙科学研究所(ISAS)宇宙飛翔工学研究系 准教授 工学博士 津田 雄一氏


Q:では、見える景色は変わりましたか?

やっぱり技術屋ですから、これまで基本は技術的におもしろいこと、チャレンジングなことを提案する立場でした。「やりましょう。やらせてください!」と説得し、最後は國中先生に「分かった」と言ってもらえばよかった。


Q:その瞬間に責任は向こうに行くわけですからね。

でもプロマネになると、最後は私が決めないといけない。すると守りに入ってしまいがちになる。それをどう押さえ込み、難しいところにチャレンジしていくか、いちばん気をつけているところです。


Q:そもそも「難しいけどできた」が、成果につながるわけですからね。

とは言いながらも、「ちょっと待て。自分が“行こう”と言ったら、ほんとうにこれをやることになっちゃうんだよな?」という気持ちも出てくる。慎重な判断はもちろん大事だし、でも、それでつまらない答えしか出せないのもイヤなので、その加減をどの辺に置くか、今もまだ試行錯誤中です。


Q:判断の軸をぶらさないように、心がけていることはありますか? たとえばキックの前に決まった手順を繰り返す、ラグビーの五郎丸選手の「ルーティン」のような。

そうですね、私のもともとのバックグラウンドは軌道工学、アストロダイナミクスなので、プロジェクトエンジニアをやっていたときも軌道計画の主担当を兼任していました。その仕事は今も続けています。


Q:軌道計画の担当というと、日々の実務は?

ひたすら計算です。自分でプログラミングをする場合もあります。


Q:時間を食いますね。

でも自分の軸というか、積み上げてきたものはそこにある。それを放ったらかしにしてプロジェクトマネジメントだけというわけにはいきません。たぶん自分自身がふわふわ浮いてしまい、地に足がついた判断ができなくなると思っています。


Q:地味で、体力を削られる作業でもある……。

でも、そこが一番おもしろいところなんです。探査機の往路復路の軌道をつくるだけでなく、小惑星の近くでの探査機がどう動くかは、世界的にも軌道工学の研究の最先端の分野です。それを実際の機体でやれるわけですから、これは見逃す手はないと思っています。


Q:観測とサンプルリターンだけじゃないぞ、と。

「はやぶさ2」は工学の成果も求められています。せっかく小惑星まで行くのだから、工学の面でも探査技術の面でも、どんどんおもしろいことを引き出さなきゃいけないと思っています。

アイデア次第で燃料が節約できる


Q:3月に続いて6月には2回目のイオンエンジン連続運転を102時間。

3月と6月で60m/sの加速量というのは、そんなに大きいわけではありません。まず、最初の1年間はイオンエンジンの準備期間と位置づけ、出るべき問題は出し尽くし、完璧に動くようにする。どんなにまずい事態になってもこの1年間で修復しよう、と考えていました。ところが、何をやってもうまくいっちゃいました。


Q:ドラマは生まれなかった(笑)。9月にもイオンエンジンを追加噴射していますがこれは?

もともとの予定にはなかったのですが、12時間だけ噴きました。


Q:より精密な軌道制御のため?

というよりも化学エンジンの燃料節約のためです。イオンエンジンは噴ける方向が限定されているので、精密な軌道の微調整には向きません。通常の運用だとその誤差を化学エンジンで吸収する必要が出てきます。しかし、あえて少し遠回りさせる軌道をとり、地球に近づいたところでより正確な情報にもとづきイオンエンジンを噴くことで、その誤差をキャンセルできる方法を見つけました。イメージとしては原付きバイクの2段階右折のような感じです。


Q:ゆっくり大回りして、より安全に、燃費も良く……。飛ばしながら考えたんですか?

そうです。このアイデアを軌道計画のチームとディスカッションし、検討・検証してもらって実現できた。軌道計画のための日々の計算をしていただいているNECのチームのおかげです。

Q:これで化学エンジンの燃料はどのくらい節約できたんでしょうか?


そうですね……。(PCを開いて計算を始め、しばし無言)ざっと300g位になりますね。


Q:大きめのおにぎり2個分(笑)。


それだけあれば、向こうで結構なことができますよ(笑)。

new window参考:「はやぶさ2」の打ち上げから現在までの状況(JAXAページへ)

写真:JAXA 小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ 宇宙科学研究所(ISAS)宇宙飛翔工学研究系 准教授 工学博士 津田 雄一氏

「カメはたいへんだったはず」

Q:そしていよいよ11月から、スイングバイに向けた軌道制御が始まりますね。


「はやぶさ」初号機のときにはなかったすばらしい技術が使えるようになっています。「デルタDOR」※と呼ばれる、精密な軌道決定の技術です。すごい精度が出ますよ。

  • デルタDOR:遠く離れた2局の地上アンテナで電波を同時に受信して信号の受信時刻差を計測することにより、天球面上の探査機の位置を計測する技術。ピコ秒(1兆分の1)レベルの時間差を読み取ることで、ナノラジアン(10億分の1)単位の角度の差を知ることができる。
    詳しくはJAXA「はやぶさ2」コラム「new window第11回軌道決定・DDOR(ファンファンJAXAのページへ)」参照


Q:あんなに広い宇宙にいるのに数百メートルの精度で位置が分かるそうですね。解説資料には「東京から富士山頂にいるダニ(体長0.1~0.7mm)を見分ける精度」とありました。ダニはともかく、びっくりです(笑)。

探査機からの電波を外国と日本のアンテナで同時に受信し、それぞれ100ギガバイト以上になる生データを重ね合わせ、精密に時間差を読み取ることで軌道を求めます。それぞれのアンテナの位置を、ミリ単位で正確に把握していないとこの精度は出せません。ものすごく地味で地道な作業ですが、得られるデータがすばらしい。非常に心強いツールです。


Q:スイングバイで地球に再接近するのは「日本時間の12月3日(木)19時7分ごろ」とのことですが。

再接近点はハワイ上空の高度約3100km。高度3万6000kmの静止衛星などよりはるかに近いところを通ります。その直前には、日本からも大きな望遠鏡を使えば見える可能性があるので、観測にチャレンジしてもらおうと軌道情報を公開しています。

スイングバイ時の「はやぶさ2」の直下点の軌跡


Q:ここでいよいよ「海に入る」わけですが、物語では海に入ったらアッという間に龍宮城に着いてしまいます。この先の「はやぶさ2」の旅はどうなりますか?

物語には書かれていませんが、きっとカメはたいへんだったと思います(笑)。背中にお客を乗せ抵抗が大きいところで、ずっと手足を掻いて推進力を出さねばならなかった。


Q:考えてみればそうですね(笑)。

幸いここまでは順風満帆で来られました。でも問題は必ず起きると思っています。行ったことのない場所に行くわけですから、ゼロから10まで計画どおりに行くはずがない。打ち上げ前も含め徹底した準備を行ってきましたが、思いつくトラブルに関しては全て対処できるよう、さらに万全にして臨むということしかありません。


Q:では、思いもつかないトラブルには?

このチームなら克服できる、というチームに仕立て上げることが私の大きな仕事です。往路の半ばぐらいまでにやらなきゃいけないことだと思っています。


Q:力強い言葉を、ありがとうございました。

エピローグ

國中先生は今、若い後進を育て、彼らと一緒に「はやぶさ2」プロジェクトを進めている。短期間での探査機開発やこれまでの運用を可能にした一つはこの若い力、もう一つは「はやぶさ」の経験だったと振り返る。
木星ルートの開拓、宇宙のインターチェンジ、未来を見つめる國中先生の話は一段と熱を帯びてきた。30年前小さな一歩を踏み出した電気推進の研究が、小惑星からのサンプルリターンを成し遂げ、さらに遠くの未来を見つめる。

2015年10月15日 取材
(インタビュー・構成:喜多充成

取材後記

写真

12月3日の地球スイングバイは計画通りの成功を収めました(new windowJAXAプレスリリース 小惑星探査機「はやぶさ2」の地球スイングバイ実施結果について)。唯一の懸念は機体が日陰に入ることでした。ミッション期間中、探査機に太陽光が当たらなくなる状況は他にはないからです。

写真は地球の影から出た「はやぶさ2」の電波を、NASAのキャンベラ局(オーストラリア)で捉えた頃の管制室内を写したものです。
この後、探査機の健康状態を確認したとの津田プロマネの宣言で、管制室内に拍手がわき起こりました。
「リュウグウ」を目指すこれからの旅におけるカメの水かきに当たるのが「イオンエンジン」です。初号機「はやぶさ」の経験を受け継ぎ大きく進化したイオンエンジンの、静かな奮闘ぶりが、期待されます。(喜多充成)

スイングバイ後に南半球側から撮影された地球。
白い部分は南極大陸。(2015年12月14日発表)