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「はやぶさ2」とその先に見えるものは
2015年1月28日午後、JAXAは「はやぶさ2」初期機能確認期間の運用状況を発表。順調に衛星の機能確認が進んでいることが公になった。プロジェクトがスタートして約4年、小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャを務める、JAXAの國中均教授に、現在の心境やここに至る道のり、そして今後の抱負などを聞いた。(取材日 2015年2月12日)
國中 均 氏
JAXA 小惑星探査機「はやぶさ2」 プロジェクトマネージャ
宇宙科学研究所(ISAS) 宇宙飛翔工学研究系 教授 工学博士
※役職は取材当時
探査機は若手にゆだねられた
Q:初期運用の状況が1月末に発表されました。
とても順調なようですが、現在のお気持ちはいかがですか。
ようやく探査機としてここまでこぎつけられたという感じです。しかし、探査機は姿勢、電源、通信系やイオンエンジンなど、これらの機能がそろわないことには巡航運用には入れません。そのすべての基本機能が確認された時点で初めて「『はやぶさ2』の本格運用を始めるメドは立ちました」と言えるというのが本当のところです。
「はやぶさ2」はこれから3年以上かけて小惑星に到着してようやくミッション開始というステップです。この時間的な長さは、地球の周りを回って観測などを行う衛星とはずいぶん異なっています。
- ※取材から約半月後、初期機能確認期間終了が発表された
Q:12月3日の打ち上げでは、衛星分離まで約100分ありました。國中先生にとってこの時間は長かったですか?
あっという間でしたね。私は打ち上げ成功のセレモニーにも参加できずに、いろいろなチェックに追われているうちに時間が過ぎたという感じでした。
Q:開発現場での体制について、今回は若手が増えたと伺っています。プロマネとしていかがでしたか?
若いメンバーは本当に力がみなぎっていましたね。メーカーの若手もよくやってくれました。元気がありすぎたこともあるくらいです(笑)JAXA側も「はやぶさ2」を機にだいぶメンバーが若返りましたが、彼らが一緒になって力を発揮してくれた。それを一番感じました。
Q:國中先生が30年にわたって関わってきたイオンエンジン。今回はプロマネという立場で関わられたわけですが、その点はいかがでしたか?
今回イオンエンジンの開発においても、JAXA内の体制をリフレッシュして若手主導での開発に移行しました。正直、若い人たちの動きを見ていて歯がゆい思いをしたこともありました。でも、これによって良かった面もあります。世代交代したことで私が主導するのとは違った、新たなエンジン造りになったと思います。
経験が大きなアドバンテージ
Q:プロマネとしての開発期間はどのようなものでしたか。
開発期間が短かったので、全体をまとめる立場としては一言でいえば“身も凍るような数年間”でした。本当に。
それでもやり遂げられたのは、プロジェクトメンバーの、どんな問題があってもひるまない、真っ向から問題に立ち向かう姿勢があったからだと感じています。「何が何でも2014年末には打ち上げるんだ」という強い気持ちです。また、「はやぶさ」の時の経験がJAXA、メーカーともにあり、衛星の造り方にしても、試験の仕方についても、「はやぶさ」の時に何に困ってどんなことが起きたかを私たちは学んでいた。これはすごく大きかったと思います。
Q:他にも何かポイントがあればお聞かせください。
「はやぶさ2」は、あれだけ小さな機体にも関わらず、搭載するもの、特に分離するものが多かったのです。その調整などで、2013年末あたりが本当に開発の山場でした。メーカーも交えてテレビ会議などを連日、連夜やっていました。とにかくどんどん決断しないと前に進まないので、プロマネの私は「決める」というのが毎日の仕事でしたね。現場や、各分野のエキスパートの意見を大事にしながら、プロジェクトとしての決断をしていきました。
Q:「はやぶさ2」のこれからについてお聞かせください。
初期運用を終了すると、軌道制御のためにイオンエンジンを噴く巡航フェーズに入れます。次の大きなイベントは2015年末の地球スイングバイです。その後は日本から見えない時期が数か月も続きます。軌道がぐーんと南側に行ってしまうからです。この間はNASAの地上局の支援を得ることになります。海外の地上局も使いながら「はやぶさ2」を自在に運用していくスキルをこの間に貯めていくとともに、エンジンの癖をつかむ習熟期間でもあります。
合わせて2018年の小惑星到着以降の詳細運用を検討しなくてはなりません。小惑星での1年半は、長いようで実は短い期間です。さまざまな観測や、分離機器の運用、サンプル採取とやることが目白押しですから。この期間の運用スケジュールを早い段階で作りこんで、計画的にやらないといけない。必要なツール準備や人の育成も今から準備が必要です。
小惑星に着いてからの実際の運用も大変です。科学研究用の観測機器をどう使いこなして、取得したデータをどう地上に送るか。いつまでにその結果を分析して、サンプル採取の場所を決めて、そのオペレーションを実施するか。次のシーケンス(手順)ではどこへ降りるか、どこでローバー(探査車)を分離するか、どこに衝突装置(インパクター)で穴をあけるかを順次決めていかなければなりません。かつ安全性を加味した判断が求められています。それは非常に難しい連立方程式を解くようなものです。小惑星到着までの3年半がその準備期間です。
とはいえ、私たちには大きなアドバンテージがあると思っています。それは皆が「はやぶさ」の経験を共有していることです、具体的なイメージを持って運用に臨むことができるのは、大きな強みです。
宇宙のインターチェンジを目指して
Q:ではもっと長いスパンでの、國中先生の考える将来像についてお聞かせいただけますか。
宇宙のフロンティアをどう開拓するか、できるだけ遠くの宇宙に出かけられるような乗り物、推進装置を造っていくというのが一つの方向性ですね。そのためには燃費がさらに良く、一層推力の大きなエンジンに改良していく必要があります。日本は「はやぶさ」で、電気推進を使った動力飛行に先鞭をつけました。電気推進を世界にアピールできたと思っています。これからは、経済性の良さをもっと有効に使いましょうというアプローチをしなくてはいけない。例えば、具体的には地球近傍の物資輸送にも使おうという提案です。その場合は大電力による大推力、そう今の「はやぶさ2」の百倍(1ニュートン級)くらいの大推力エンジンが将来の目標になりますね。
Q:國中先生の次なるフロンティアは。
何と言っても木星でしょう!
木星のスイングバイが使えれば、土星以遠の天体にも、逆に地球より内側の惑星へも行けます。例えれば木星は「宇宙のインターチェンジ」です。この「木星ルートの開拓」ができればその先が大きく広がります。「木星」は宇宙大航海時代の喜望峰みたいなものなのです。
エピローグ
國中先生は今、若い後進を育て、彼らと一緒に「はやぶさ2」プロジェクトを進めている。短期間での探査機開発やこれまでの運用を可能にした一つはこの若い力、もう一つは「はやぶさ」の経験だったと振り返る。
木星ルートの開拓、宇宙のインターチェンジ、未来を見つめる國中先生の話は一段と熱を帯びてきた。30年前小さな一歩を踏み出した電気推進の研究が、小惑星からのサンプルリターンを成し遂げ、さらに遠くの未来を見つめる。
2015年2月12日 取材
(取材・執筆 小笠原 雅弘)
國中 均(くになか ひとし)
JAXA 小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ
宇宙科学研究所(ISAS) 宇宙飛翔工学研究系 教授 工学博士
1988年、東京大学大学院工学系研究科航空工学専攻博士課程修了。
同年、旧文部省宇宙科学研究所(現JAXA)に着任し、2005年に教授となる。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授を併任。2011年、月・惑星探査プログラムグループ プログラムディレクタを経て、2012年より現職。
専門は電気推進、プラズマ工学で、小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンの開発を手がける。