部分最適じゃダメだ -全体最適へ-
取材・執筆文 松浦 晋也
- Q:今回は「はやぶさ」を作った方々の代表としてお集まり頂きましたが、それぞれどんな役割を受け持ったのでしょうか。
- 大島:
システムマネージャー
NEC 大島 武私はシステムマネージャーを務めました。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と同じく、メーカー側にも、まずプロジェクトマネージャーがいます。「はやぶさ」では、第2話に登場した萩野が務めました。プロマネの大きな役割は、人とお金とスケジュールの管理と全体の指揮決定です。
技術的な問題点も理解した上で、開発がスムーズに進むように計画全体の面倒を見ていくわけです。
それに対してシステムマネージャーというのは、技術面でのマネージャーで、探査機本体全体の面倒を見ます。探査機の設計では、色々な問題が起きます。重量や電力は限られていますが、搭載機器はそれぞれ「これだけ必要だ」と譲らないようなことがあります。その場合は、全体を見ている私が、「ここはこうしたら全体として良い設計になる」とか「こっちをこうして、あっちはこうしたら、全体としてバランスするんじゃないか」といった判断をして指示を出します。 - Q:個々の搭載機器ではなく、全体に目配りして、バランスよくリソースを配分していくわけですね。
- 大島:そうです。探査機はいくつもの部分、私たちはコンポーネントと呼びますが、様々な搭載機器で構成されています。そういった機器同士をつないで全体として制約条件と調和するように持っていくのがシステムマネージャーというわけです。色々な制約条件があります。重量、電力、熱、姿勢、センサーの視野や、機器と重心との位置関係などなど。内部の配管や配線にかかる制約もあります。「これ以上長くしてはいけない」とか「この配線はある温度以上にしてはいけない」とか。それらすべてを満たすように、全体を最適化する立場です。
- Q:個々の機器をぎりぎり詰めて設計していくだけでは足りないのですね。
- 大島:個々のコンポーネントで最適化しても全体としては最適化されないんですよ。だから、私が間にはいって、全体を見つつ調整していくわけです。
- 奥平:で、大島さんが、「こうしてください」と言ってくる無理難題をなんとかするのが私や東海林さんの役割というわけです。
- 大島:ええっ、私、そんなに無理難題を言いましたっけ? 言っていないと思うんだけどなあ。
- 東海林:言ったほうはすっかり忘れている(笑)。
- 奥平:私は構造設計を担当しました。一番分かりやすい言い方だと、「はやぶさの形を決める担当」ということになるでしょうか。専門用語だとコンフィグレーション と言います。「はやぶさ」には色々な機器が搭載されています。アンテナ、イオンエンジン、サンプラー、再回収カプセルなどなど。これらをどう配置して一つの探査機にまとめるかを決めていく仕事です。
- Q:それは「はやぶさ」ならではの仕事なのでしょうか。
- 奥平:
構造設計担当
NEC東芝スペースシステム 奥平 俊暁構造設計そのものは、どの衛星でも行う仕事ですけれど、「はやぶさ」は小惑星サンプルリターンというミッションのために、固有の機器が多数あったので大変でした。例えば「はやぶさ」の大きな特徴であるサンプラーです。まず、そもそもどうやって小惑星のサンプルを採取するかが決まっていなかったので、最初はサンプラーの研究から始まりました。「とりもち」みたいな粘着物で採取するとか、布でからめ取るとか、様々なアイデアがありましたが、議論の上最後に残ったのが弾丸を撃ってはねかえってくる粒子を採取するあの形式です。
採取したサンプルは、再回収カプセルに移さなくてはなりません。つまり、「はやぶさ」内部にはサンプラーから再回収カプセルへの輸送路が必要になります。ところでサンプラーを機体のどこに配置するべきかといえば、これは絶対に下面の中央、重心を通る位置にあるのが最適です。その位置だとイトカワに設置した時に姿勢を崩さないですむわけですから。
タッチダウン時に、弾丸を撃ったところ(サンプラーホーン内を弾丸が飛ぶ)
- 大島:でもそれは部分的な最適化なんです。なぜなら、再回収カプセルは、地球に戻ってきたら「はやぶさ」から切り離します。となると、どうしても「はやぶさ」本体の外側に付けるしかない。でも、サンプラーを下面中央に、再回収カプセルを外側に付けると、本体内部に長い輸送路が必要になってしまうわけです。全体の最適化を行うシステム設計としては、中央にサンプラーを付けるという設計は良くないということになります。
- 奥平:そこで色々考えた末に、サンプラーは、内部の輸送路が最短になるように、本体下面の端の、なるべく回収カプセルに近い位置に付けることにしました。こうなると、タッチダウン時に姿勢が崩れる事が心配になるわけです。そこで、サンプラーは自動車のサスペンションのような伸び縮みする構造にして着地のショックを吸収できるようにしました。
- 東海林:奥平さんや私のような機械システム技術者とシステムが中心となって探査機の形や配置を決めていきましたが、次に具体的な機体の設計をするのも私たち機械システム技術者の仕事でした。探査機の機体の設計も私が担当し、図面を書きました。
- 奥平:実際、「はやぶさ」はきびしい仕事だったね。最初はどんな機器がいくつ載るかも分からない段階で仕事がスタートしたし。全部の材料が揃うまで待っていたら間に合わないんですよ。できるところから走り出さなければいけなかったんです。