高温にさらされながら、生き残れた理由
Q:再挑戦に向け、いったんは「あかつき」を離れていたメンバーも再結集し、軌道投入の日を迎えることになりますね。
構想段階から一緒に関わってきたので、感慨もひとしおです。とくにNECも含めたチームとして、一緒にやってきて良かったと思うのは、立場や役職に関係なく、皆で意見を出し合って戦わせ、大事なことを会議の場で決めて来られたということです。時間をかけて積み上げてきたものを改めるときにも、より良いものになることが理解できれば、最後は誰一人として文句は言わない。当たり前のことのようですが、なかなかできないことではないでしょうか。
Q:後追いとかアリバイではなく、実のある合意形成の場が持てていたと。
部長が言ったからとかJAXAの先生が言ったからではなく、みんながそれに意見をし、いちばんいい方法を見つけていく。今回の軌道投入のプランもそうやって決まりましたし、NECは、大昔の科学衛星からずっとそれをやってくることができたパートナーだと思います。代替わりしても、受け継がれていると思いますね。それを示す象徴的なエピソードがあります。
Q:ぜひ教えて下さい。
基本的に「あかつき」は「はやぶさ」と同じ直方体のボディを使っていますが、「はやぶさ」の1辺が1.6mなのに対し、「あかつき」は1.4mと小さくしています。時間のないなかで作らなきゃいけなかったので、「はやぶさ」を踏襲した方が効率的でした。それを少しでも変更すると、熱解析をやり直すとか、振動試験をやり直すとか、内部の機器や配線が近づきすぎるとか、いろいろ面倒も出てきます。だけどやっぱり少しでもと、無理をいって小さくしてもらったんです。
Q:より軽くしたかったからですか?
それもありますが、それだけではない。小さくすると熱を受ける面積が小さくなり、熱を逃がすラジエターも小さくでき、ヒーターを動かすバッテリーの容量も小さくできる。ボディが大きいと、逆に発熱もラジエターもバッテリーも全部大きくなっていってしまう。結果、小さいほうが、熱の変化に強くなるんですね。1.4mとコンパクトにしたことで、マージンが稼げているはずなんです。
Q:1.4mと1.6mだと、入ってくる熱は面積の2乗ですから、3割増し。ひょっとしたら5年の間に、耐えうる限界を超えていたかもしれないですね。
普通に金星に行けるのだったら、1.6mでも1.4mでも良かったのですが、今回のように5年も遠回りして、設計値を超える太陽熱にさらされるようなことが起こると、小さくしていたことが実はよかったんじゃないか、と……。
Q:なるほど。
現場では苦労があったと思います。解析や試験のやり直しもそうですが、組み立てもモノが小さく狭くなるから大変です。
当時担当していたNECの「現代の名工」にも選ばれた組立てベテラン技能者は、僕が見に行くと「ここ、もうちょっと広けりゃ組み立てやすいんだけどなぁ」とかつぶやくんですよ。 「ここでコネクタがぶつかるんだよなぁ」とか。いないと言わないらしいです(笑)。
Q:「無茶をいう先生がいるから、しょうがねぇな」みたいな感じですか。落語に出てくる腕のいい棟梁みたいな話ですね。個人の高い技能と組織力が相まって高いパフォーマンスを発揮する。チームスポーツにも通じるところがありますね。
ほんとそうですよ。でも、探査機を小さくすることができていたから、9回の近日点の温度上昇を耐え抜くことができた、という気持ちはあります。だからこそ再び軌道投入に挑戦できるんです。
Q:伺ったお話を思い返しながら、再挑戦の成功を見届けたいと思います。
上部パネルへのIR2取り付け
下部構造への上部パネルの組み付け
「あかつき」は、構造体となるパネルの内側に機器を取り付け、それを箱型に組んで作られた。
配線のスペースが限られる中での製作となった。
2015年10月23日 取材
(取材・執筆 喜多 充成)
金星探査機「あかつき」は、金星周回軌道投入に成功しました!