「軌道計画は、宝探し」の真意とは
Q:金星は自転の向きが太陽系の他の天体と逆なのだそうですね。
太陽系を上から、つまり北極星の側から見ると、惑星はみな反時計回りに公転しています。惑星の自転も同じ向きです。ちなみに自転がこの向きだと、北半球で日時計の影は時計回りに動く。これがそもそも「時計回り」の由来で、みなそれが普通の動き方だと思ってしまっています。でも、金星だけは自転の向きが逆。たぶんあるとき、何か大きな事件が起こってひっくり返ったのではないかと言われていますが、理由はわかりません。そして金星の大気も自転と同じ時計回りなんです。
Q:自転の周期は243日とものすごくゆっくりなのにもかかわらず、雲は秒速100mと地球の台風以上の速度で金星を周回する「スーパーローテーション」という現象が起きている。しかも雲の主成分は硫酸で、地上の気圧は450気圧、温度も400度以上……。想像し難い環境の星ですね。
それを詳しく観測し、謎を解明したいというのが「あかつき」の目的です。そのための観測機器を選定し、研究に役立つ観測ができる軌道を考えてきました。2010年は軌道投入用のメインエンジンが壊れ、金星を通りすぎることになってしまいましたが、翌年11月に姿勢制御用エンジンの噴射で軌道を調整し、その段階で2015年11月22日に金星と「あかつき」が再会合する軌道に入れました。
Q:当初6年後と言われていたのを5年後に引き寄せた。
姿勢制御用エンジンは4基をいっぺんに使っても、メインエンジンの2割の力しか出せません。パワーが小さく、燃料も限られるので、入れたい軌道に入れられるわけではなくなってきます。
Q:制限が大きくなるわけですね。
もともと遠金点(金星から最も離れた地点)が8万kmで、大気の動きと同期するような周期で回す軌道を考えていましたが、燃料が限られるので遠金点高度が上がり、30万~40万km。遠く離れてゆっくり回る軌道にせざるを得なくなりました。ここはいかんともしがたい部分です。
Q:先ほどの日陰の話は大丈夫なんですか?
そこが大きな問題でした。先ほど「打ち上げたくなかった時期」のお話しをしましたが、実は今回の金星再会合は、まさにその避けたかった条件でアプローチすることになってしまったんです。
Q:そのままだと、長く伸びた金星の影の中に速度の遅い遠金点(金星から一番離れる所)がまともに入り、しかも最初の予定よりさらにゆっくり回ることなる……。
さらに、2015年11月22日の再会合のプランだと、太陽の重力の影響で近金点(もっとも近づく地点)が次第に下がり、2か月ぐらいで金星に落下してしまうことが分かりました。
Q:軌道を作り直さなければならない?
2011年11月のDelta-V(デルタブイ:姿勢制御用エンジンの噴射による軌道調整)以降、軌道の再検討を延々とやっていたわけです。
Q:やはり良い軌道を見つけるのは大変なんですか。
なかなか見つからなくても、「ない」と言い切ることはできません。宝探しもそうでしょう。1つでも見つかれば「あった」と断言できますが、見つからない場合、単に「まだ見つかってないだけ」かもしれないので、「存在しない」とは言い切れない。
Q:悪魔の証明に近い状態ですね。
たとえば僕らはよく鹿児島と東京を往復しますが、これを直行便ではなくソウル経由にすると、時期によってはもっと安いチケットが見つかるかもしれない、なんてこともあるわけです。
Q:なるほど、ありそうなことですね。より安い方法を探すときりがない。
同じように、ひとつ作れても、もっと良いものがあるんじゃないかと、延々仕事が続くわけです。1年ぐらいで見つかるかと思いましたが、2年、3年とかかったのはそこでした。
Q:最終的に12月7日の再投入案に決着したのはなぜですか?
11月22日だと金星に落ちてしまうが、ぐっと遅らせて12月7日にすると、金星に入っていく向きが変わり、太陽との位置関係が変わるので、少なくとも2年は金星を回っていられる軌道に入る。影の問題も、少ない燃料で何とか工夫し克服できる目途がついた。
Q:12月7日はどんな運用に?
前日に姿勢を変更し、トップ面(アンテナのある面)を金星に向けておきます。そして時間が来たら、4隅のエンジンをダーッと噴いて減速する。
拡大する軌道投入用メインエンジンは壊れているので、今回は姿勢制御用スラスタ4基を使用して軌道投入する。高利得アンテナのある面のトップ側の姿勢制御用エンジンに、最初に噴射を指示する計画。
Q:定格出力は1基が23N級*ということですが。
実際は20N弱でしょうか。タンクの圧力で燃料を押し出しますが、その圧がだんだん下がってきますから、噴いている間に17Nから12~13Nまで落ちていく。それを約1200秒間。
- *ニュートン:力の単位。23Nは地球上で2.2kgの物体を吊り下げるときの力に相当する。
Q:過去に長時間の噴射は?
2011年には最大でも600秒ぐらいでしたから、今回が最長です。噴いている途中に何か起きた場合に備え、噴き終わる頃に姿勢を逆に向け、逆側の姿勢制御用エンジンを噴く準備をしておきます。「あかつき」との通信にはこのとき片道8分20秒かかりますから、状況を把握するにも、地上から指示を出すにも時間を要します。急に次の行動が必要になったときに備えて、あらかじめ準備は仕込んであります。