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インタビュー008 ユーザー環境に即してインタラクティブであるということ

城戸 雅行

1975年大分生まれ。専門学校卒業後、福岡のWeb制作会社でデザインディレクターとして勤務。2006年7月に独立。主にWebサイトのプランニングや構築を手掛けている。「PICTAPS」で「Adobe Motion Award 2006」受賞。
http://roxik.com/

「自分がアーティストと呼ばれるのはあまり好きじゃないんです。デザイナーと言うとデザインだけ、クリエイターと言うと作るということだけにフォーカスされてしまう。僕の場合は最初のプランから立ち上げていくので、インタラクティブ・ディレクターということになるんだと思います。会社に勤めている時はパワーポイントで企画書を作って、プレゼンテーションしたりしましたが、独立してからはアイデアさえ固まれば、企画書を作るより実際に作品を作ってしまった方が早いので、大まかなアイデアを実際に形にして作って相手に見せてしまいます。相手は驚きますが(笑)」
訪れたユーザーが自由に絵を描いてキャラクターを作成すると、それが3Dになってダンスを始めるというサイト、「PICTAPS( http://roxik.com/pictaps/)」が「Adobe Motion Award 2006」を受賞。昨年行われたadobe max japan 2007でのプレゼンテーションも話題を呼んだ城戸雅行氏は、多くの仕事の依頼を抱える今もその作業を一人でこなす。
「作業効率を考えるとスタッフがいた方が良いんですが、なかなかその作業を分かってくれる人もいなくて。自分でやった方が早いんです。デザインからプログラミングまですべて自分でやります。会社に勤めていた頃はWebデザインチームのディレクターという肩書きでした。エンジニアは沢山いたのでプログラミングやサーバーに関わるところまでは携わっていませんでしたが」
城戸氏がCGに出会ったのは18歳の頃。バーチャファイターやリッジレーサーが流行りだして、ゲームソフトが3DCGに切り替わり始めていた時代。同時に3DCGの制作が趣味としても流行り出しており、「画面の中に空間が存在するということに衝撃を受けた」城戸氏はPCを購入してLightWave3Dを独学で学んでいく。

「当時は映画が作りたかったんですが、とりあえず入学した専門学校ではC言語や、当時話題になり始めたマルチメディアの授業が中心。CGは独学で学びましたね。専門学校を卒業してフリーターをしながらCGを作っていた頃に、インターネットが話題になり始めて、これなら自分の作った映像なり映画なりを配信して、自分の作品をみんなに見てもらえる時代が来るかもと、夢のようなことを漠然と考えていました。インターネットのこととかも全然分からなかったんですが、映像を配信したり制作する仕事に就きたくて、福岡のWeb制作会社ワイスリー(現デフィデ)に入社。インターネットに仕事として接し始めました」 CG制作、Web制作での福岡のレベルの高さは良く知られている。日本におけるCGソフトのチュートリアルの歴史はこの地から始まったといっても過言ではない。城戸氏の仕事も大手企業サイト、新製品のキャンペーンサイトの制作などWebの最先端を走りだす。
「会社で働くようになって最初はhtmlで作ってましたが、たまにFlashで作ったりする内に、自分でプログラミングしてインタラクティブに動くものが作れるんだなということが分かりました。それでそれまでの映画を作りたいという思いから、そこにユーザーが介入できるものの面白さに気付いたんです。ただ、WEBはサイクルが早くて次から次へと仕事が来て、こちらが寝ないで3ヶ月かかって作った作品でも、早ければ1ヶ月、長くても1年でインターネット上から消えてしまう。広告媒体にしてもユーザーはそんなに日々追いかけているわけじゃないと思うんですよ。僕の作品のPICTAPSも、今知っている人もこれから知る人もいる。これにしても常にユーザーが新しいトレンドを追い求めては毎日アクセスして見に来るわけじゃないし、TVのようにプッシュして行く形ならユーザーも増えていきますが、もう少し長いサイクルで見ていけないかな、という考えが根底にあります。いわゆる期間限定のものはやりたくなくって、長い期間で関わっていけるものを作りたかった。会社にいながら自分の作品を作るというのも難しくて、もう少しひとつひとつ心を込めて作りたいという思いから、2年前に独立しました」
城戸氏がフラッシュに出会ったのはまさにFlashがインターネットに普及し始めたバージョン3の頃。「当時は(Flashの)何がすごいのかよくわかっていなかった」と城戸氏は振り返る。
「スクリプト内でインタラクティブなものを作っていくという時代に移行した頃で、会社内で使うスケジュール帳、タイムカードや、ツールリストなど社内の業務アプリを全部Flashで作って、スクロールバーやプルダウンなどOSのパーツみたいなものから作っていきました。アニメーションではなく、インターフェイスだったり、スクリプトを組むことでインタラクティブなものを作れるということによって自信が付いて、それからは何をやるにも自分でプログラムを組んで動かしてやっていくようになりました」NEXT

 

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