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NECの生産拠点における需要予測の取り組み ~AI×エスノグラフィによる現場定着~

NECは、NECプラットフォームズ甲府事業所において、部品の欠品防止と棚卸削減の両立を目的として、AI技術を使ったサーバの需要予測に取り組んでいます。需要予測が納得して使われるよう、NEC独自のAI技術である異種混合学習技術を活用し、単なる予測結果だけでなく、予測の根拠も併せて提示できるようにしてきました。更に、調査手法として「エスノグラフィ」を取り入れることにより、予測結果や予測の根拠が人の意思決定に対し、最も有効に働きかけるタイミングの特定や提示方法の設計を行っています。本稿では、その一連の取り組みについて紹介します。

1.はじめに

あらゆるモノがインターネットにつながるIoT時代においては、収集された大量のデータを効果的に活用することが期待されています。生産現場では、データを活用したさまざまな取り組みが行われてきました。例えば、NECでは、2015年10月よりNECプラットフォームズ福島事業所(旧NECネットワークプロダクツ本社工場)においてIoTの実装を行い、20%の生産性向上を実現しています1)

NEC ビジネスクリエイション本部では、IoT時代の重要な取り組みであるデータ活用をNECグループ内に浸透させる役割を担っています。その一環として、NECプラットフォームズ甲府事業所(以下、甲府事業所)において、部品在庫最適化を目的としたAIを活用した製品需要予測の実証実験に取り組んでいます。本稿では、予測が生産現場で定着し活用されることを重視して実証実験に取り組んでいくなかで出てきた課題と、その対応策について説明します。

2.甲府事業所の業務概要と部品在庫の課題

甲府事業所では、スーパーコンピュータ、PCサーバ、ATM、蓄電システムなど多種多様な製品を生産しています。そのなかでも、PCサーバのほとんどは、お客様の仕様に応じて1台ずつ生産する受注生産方式を採用しており、受注・生産・出荷を管理する各システムが連動することにより、10万通り以上の組み合わせからお客様指定の構成で、受注から出荷まで「最短4営業日」という短い納期で製品をお届けすることを可能としています。

また、部材の調達においては、サプライヤに対して事前に所要計画情報(フォーキャスト)を提示し、生産の直近で発注する段階発注方式を採用しています。したがって、半年前から確定注文オーダーを出す直前まで、週次で所要計画を見直し(計画ローリング)、見直した結果をサプライヤに提示しています。更に、「受注から最短4営業日で出荷」を実現するためには、生産したい時に必要な部材がそろっていることが前提となります。そのため確定注文の段階においても、部材のリードタイムがあることから、製品の受注を待たずに見込みで発注する必要があります。このように、部材の所要計画を立てる際も、部材を発注する際も、常に需要を先読みする必要がある状況です。そして、この部材の需要を高い精度で先読みするためには、生産計画が高い精度で策定できている必要があります。

これらの意思決定を行う生産管理部門では、部品欠品による販売機会損失を起こさないように、毎回多めに部品を調達していました。しかし、経営者層からは余剰在庫により棚卸残高が多くなっていることを指摘されていました。このように、生産管理部門では、「部品の欠品防止」と「部品の棚卸削減」をどう両立するかという課題を持っており、この課題解決のために、今回、AIを活用した製品の需要予測の実証実験を行いました。

3.実証実験に活用したAIについて

今回の実証実験では、NECのAI技術群「NEC the WISE」のなかの一つ「異種混合学習技術」を活用しています。「異種混合学習技術」は、多種多様なデータのなかから精度の高い規則性を自動で発見し、その規則に基づいて、状況に応じた最適な予測を行います。これにより、試行錯誤に限界があり人手では困難であった複雑な予測についても、高精度な結果を得ることができます。また、予測の根拠を分かりやすく示すことができ、なぜそういう予測に至ったかの理由を確認できるという特長があります2)

これまでの調査で、データ分析の結果を人間の意思決定に活用する時、分析結果に納得したうえで有効性を判断できることが重要であると分かっていました3)。今回の実証実験では、部品在庫最適化のための生産計画策定という「人間の意思決定」を支援することを目的としており、「異種混合学習技術」の特長である予測の根拠を提示できることが必要であると考え、分析技術として採用しました。

このAI技術を用いて、売上実績などの社内データや、カレンダー情報、マクロ経済指数などの社外データを学習データとし、3カ月先から6カ月先の製品ごとの需要を1カ月単位で予測しました。

4.需要予測における課題

2015年度より、需要予測と予測の根拠を生産現場である甲府事業所に対して提供してきましたが、需要予測が生産計画に影響を与えるにはなかなか至りませんでした。その大きな要因に、生産現場側も含めて「予測」をこれまでの業務のなかで使った経験がなく、需要予測を最も有効に活用できるタイミングを、明確に判断できないことがありました。

人の行為は状況に左右されるといわれており4)、需要予測を活用する・しないもその場の状況で変わるはずです。やり方がある程度決まっている生産計画策定において、需要予測という新しい情報が活用されるためには、計画のどのタイミングであれば、「活用される」状況が生まれやすいかを、まず特定することが必要だと考えました。また、製造業における需要予測の活用については、組織構造上あるいは運用上の課題も指摘されており5)、提示する最適なタイミングの特定は欠かせません。

更に、ときには人の意図に反するかもしれない「予測」が意思決定に活用されるためには、単に「予測」や「予測の根拠」を並べるだけではなく、使う場面に最適な提示方法を設計することも必要です。

そこで「需要予測」が「意思決定」に最も影響を及ぼすタイミングを明確化し、そのうえで特定したタイミングにおける提示方法を検討することとしました。

今回、調査手法として活用した「エスノグラフィ」は、従来は文化人類学において、異なる文化を内側から理解するために調査者が自ら「体験」する調査手法です。それが次第に、顧客に関するより深い理解を得る手法として企業活動への活用が試みられるようになり6)、近年では、行動観察などから新たなビジネスの種を探すケースも多くなっています。そのようなことから、この「エスノグラフィ」を活用し、生産計画の業務を内側から理解したうえで、タイミングの特定や提示方法の設計に取り組むこととしました。

5.需要予測における「エスノグラフィ」

事前に実施したインタビューの結果から、業務の全体フローは、図1に示す通りとなります。

このフローに基づき、次の2ステップに分けてエスノグラフィ調査を行うこととしました。

図1 業務の全体フロー

ステップ1:予測結果活用タイミングの特定

フローの各業務について、業務担当者へのヒアリングや行動観察を行い、どのような作業をどのような目的で実施しているかを理解します。そのなかで、「予測結果」が生産計画の「意思決定」に影響を最も与えうるタイミングを特定します。

ステップ2:最適な提示方法の決定

意思決定が行われるタイミングに合わせて、最適な提示方法を設計します。実際に使ってもらう様子を観察し、改善を実施します。

6.結果と考察

フロー全体について、責任者への事前インタビューを実施したうえで、「生産計画調整会議」及び業務担当者2名による「計画の詳細化」に対して、計120分の業務観察を実施しました。そのインタビューや観察記録から、生産計画に影響を与えた要因を洗い出しました。それらの影響要因の関係を、フロー全体で表したものを図2に示します。

図2 観察から導き出した生産計画への影響因子

「情報事前チェック」から「生産計画調整会議」まではさまざまな情報や人の意思が影響していましたが、「生産計画調整会議」でそれらの情報や人の意思が集約され、そのまま「計画の詳細化」に引き継がれていました。「計画の詳細化」は、最終的な意思決定の場であるものの、「生産計画調整会議」の結果を受けた調整を行う場であることが分かり、需要予測により大きく計画が変わることは起こりにくいと考えました。一方で、「生産計画調整会議」は、その会議で共有される情報に基づき、出席者が意思決定する場であることが分かりました。したがって、人の意思が大きく反映される「生産計画調整会議」が、需要予測の提示タイミングとして最適であると考えました。

そこで、「予測の提示方法」を、この会議に対して最適になるよう設計することとしました。設計した予測提示方法が、60分間の生産計画調整会議で使われる様子を観察することを3回繰り返し、改善した結果を図3及び図4に示します。

図3 生産計画データのひな形

図4 所要予測シート

図3は、会議のアウトプットとなる生産計画を書き込むためのひな形であり、このひな形に直接予測値が表示されることで、人が立てた計画や過去の実績に加え、機械による需要予測を同時に参照することができます。右端には、「所要予測シート」という予測の根拠を可視化した資料をすぐ呼び出すためのリンクが埋め込まれています。「所要予測シート」は図4に示すもので、過去の実績、過去の傾向からみた今回の予測値の振れ幅、そしてその振れ幅の要因を、一覧で見ることができます。

実際の会議では、図5に示すように、予測値が出席者の想定の範囲内にある場合(パターンA)はそのまま受け入れられることが確認されました。想定の範囲外の場合、「本来あるべき値」として値自体に納得性があった時(パターンB)は受け入れられましたが、「出席者が納得できない値」であった時(パターンC)は、所要予測シートを開き、根拠を確認したうえで最終的に決定する様子が見られました。いずれの場合も、需要予測が参考情報の一つとして、生産計画に影響を与えるようになることが確認できました。

図5 観察から導き出した予測値の採用までのパターン

7.結論と今後の展望

今回の実証実験で明らかにしたように、予測が生産現場で業務に活用されるためには、予測自体の精度向上だけでなく、「予測の提示」をお客様の業務に対して最適化することが欠かせません。そのために、最適な予測タイミングを特定し、そのタイミングにおいて予測結果を予測の根拠とともに提示することで、現場への定着を図ってきました。予測タイミングの特定と根拠の提示方法設計のためには、観察調査を中心とした「エスノグラフィ」を、予測根拠の明確化のためには、AI技術である「異種混合学習技術」を、それぞれ利用し、需要予測を「生産計画に影響を与えることができる」情報にしました。NECは、現在、需要予測を生産計画策定の意思決定支援として活用するための準備を進めています。このことにより、必要な時に過不足のない部材がそろう調達が実現し、「部品の欠品防止」と「部品の棚卸削減」の両立という生産現場の課題が解決されると考えています。

あらゆるモノがインターネットにつながるIoT時代においては、人手では得られないような、より多くの情報をタイムリーかつ効率的に取得できるようになると期待されています。NECは、得られた情報を、AI技術との組み合わせによる予測精度向上に活用するだけでなく、予測が生産現場で活用されるための情報の提供や、予測が活用されるシーンの設計にも活用し、トータルで人の意思決定を支援できる仕組みを作っていきたいと考えています。

参考文献

3) 梅津圭介, 本橋洋介: 分析成果の業務活用とモデルの解釈性についての一考察, 人工知能学会全国大会2016論文集,3K3-4,2016

4) L.A. Suchman: Plans and Situated Actions, Cambridge University Press, 1987

5) 山下裕丈: 販売予測における課題の考察, 産業経済研究所紀要(19), pp.121-135, 2009.3

6) 中臣政司, 伊賀聡一郎, 嶋田敦夫: ニーズ探索のためのフィールド調査法:人間中心の研究開発プロセスの提案, 社会情報学フェア2005ワークショップ CMC及びHCIの分析メソドロジー, pp.4-8, 2005.9

執筆者プロフィール

鷲田 梓
ビジネスクリエイション本部 主任

中臣 政司
ビジネスクリエイション本部 マネージャー

芳竹 宣裕
ビジネスクリエイション本部 シニアエキスパート

梅津 圭介
中央研究所 データサイエンス研究所 主任研究員

山田 聡
中央研究所 データサイエンス研究所

本橋 洋介
AI・アナリティクス事業開発本部 シニアエキスパート

長田 司
NECプラットフォームズ 甲府生産統括部 生産管理部 マネージャー

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