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第4章 グローバルITマスタープラン策定のポイント


1. ITによる事業価値の向上をどう描くか

ラウンドテーブルでは、前述のフレームワークに沿って、各社に策定いただいたグローバルITマスタープランをレビューし、グローバルITマスタープランをいかに策定していくべきか議論しました。

その中で、いくつかポイントとなった論点を紹介します。1つは、ITの果たす役割のLevel3とした「ITによる事業価値の向上」をどう描くか、です。

「ITのデリバリー」や「ITによる業務プロセス変革」は、対象が明確です。一方、何を以って「ITによる事業価値の向上」と位置付けるかが難しいところです。

 

「当社は『ビジネスモデル創出』というカテゴリーで定義している。生産のプロセスをオンラインシミュレーションするだけであれば業務改革になる。しかし、それ自体をビジネスに昇華させた場合、ビジネスモデルの創出に当たると考えてる。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「当社では、ITを使ってある医療サービスを支援するしくみを開発した。このしくみは業務の効率化だけでなく、競合との差別化要素になっている。この着想は事業部門からのものであったが、IT部門が商品開発の段階から携わり、ITを利用した付加価値の創造にチャレンジすることがITによる事業価値の向上に当たると考えている。」(ラウンドテーブル参加者)

 

このように、新しいビジネスモデルや、本業のサービスに付加価値を与えるしくみの提供を以って「事業価値の向上」と考える企業もあります。

また、経営データの見える化において、過去の実績の分析だけではなく、未来を予測するデータアナライジング的な機能をIT部門に持たせることを考えている企業もありました。

 

「過去の経営データを提供することは、過去の分析にしかならない。未来を予測する経営データを提供することが、事業価値の向上につながる。IT部門が、データアナリスト的な機能を持つことをめざしたい。」(ラウンドテーブル参加者)

 

一方で、本来の主要業務を支える業務システムの性能を高めることこそが、「事業価値の向上」であると考える企業もありました。

 

「メーカーとしての主要事業にITがどのように貢献できるかだ。研究開発のスピードアップや、生産スピードのアップ。ITが主要業務にしっかり貢献しないと競合との差別化はできない。」(ラウンドテーブル参加者)

 

ITによって新しいビジネスモデルを創造するというのは、事業価値の向上を示すわかりやすい事例です。しかし、「ITによる事業価値の向上」は、必ずしも新しい領域でのITの貢献とは限りません。業務プロセスの効率化を目的としたこれまでの業務システムにおいても、どのように事業価値向上につながっているのか、論理的に結び付けて説明することができれば、「ITによる事業価値の向上」となるでしょう。

ただ、ROIの考え方は、これまでと異なるでしょう。投資に対するリターンとしての事業価値の向上を、どのような指標で説明するかが問われます。

 

「これまでは、コストを何%に削減しますと言った効率化の指標でROIが謳われていたが、『ITによる事業価値の向上』では、異なる軸のROIが必要だ。財務面では、会社全体としての資本回転率や資本回収率などの指標が含まれるかもしれないし、ブランド力強化やビジョン浸透といった価値も指標として示す必要があるだろう。ITとビジネスプロセスを結び付け、従来とは別の観点で投資回収のシナリオを考えないといけない。」(ラウンドテーブル参加者)

 

2. 各社ごとに異なるガバナンスのスタイル

各社のマスタープランでは、2017年~2020年のあるべき姿のITモデルが示されています。各社の経営モデルを見ると、目標とする海外売上比率、重点地域などグローバル経営のテーマは共通しているものが多いのですが、ITモデルは各社で異なります。

そのベースとなるのが、ガバナンススタイルです。各社のガバナンスのスタイルにおいて共通するのは、インフラやコミュニケーション系のシステムをグローバルで共通化、シェアード化していくことです。

また、新たに展開していく新興国、展開の規模が比較的小さい新興国に関しては、アプリケーションのレイヤーまで、共通化、シェアード化を考えています。

一方、先進国に対する主要業務については、ガバナンスのスタイルが分かれます。各社のガバナンススタイルは、おおまかに以下のように分類されます。

 

  1. 主要業務をグローバルOneで標準化する中央集権型
  2. 地域を軸とした連邦型
  3. 事業を軸とした連邦型
  4. ゆるやかな中央集権型

ITガバナンスのスタイルを決定づけるのは、まずは事業間での主要業務プロセスの近似性があります。そのうえで、経営方針、グローバルIT体制の歴史的背景が関係してきます。

単一のビジネスモデルで、かつグローバルなITスタッフのリソースが豊富ではない企業では、グローバルOneでの中央集権型が必然的な形になります。

 

「当社はもともと事業ごとの主要業務プロセスが大きく違わないうえにグローバルでのITスタッフのリソースが十分ではない。ITスタッフが潤沢で適切に分権化できる組織が整っていれば連邦型で良いが、当社の現状のリソースではグローバルOneが望ましい。経営としてもグローバルOneの意識が高まっており、ITは経営の意に沿った形。ヘッドクォーターが責任を持ってすべてを掌握する方向性になっている」(ラウンドテーブル参加者)

ビジネスモデルは単一でも、歴史的背景として、グローバルにITスタッフが配置されている場合、特に大型M&Aなどで地域会社が既に独自のシステムや大きなIT組織を持っている場合は、グローバルでIT組織を統合することはあまり考えず、地域統括会社単位で、自由度の高い、地域を軸とした連邦型を志向することになります。

 

一方、事業セグメントごとにビジネスモデルが大きく変わる企業や、M&Aなどでコングロマリット型に規模を拡大してきた企業は、事業間のITの統合は現実的ではありません。それよりも事業を軸にした連邦型で、事業ごとの強みを生かしてアセットをうまくシナジーする方を志向しているようです。

 

ただ、地域を軸とした連邦型、事業を軸にした連邦型、いずれの場合も地域や事業のIT組織との連携をどう図るかがポイントになります。

 

「ガバナンスラインと戦略ラインがあり、戦略ラインは各事業に任せる。一方で、サーバやERPといった共通基盤もあるため、個別のものと標準化されたものが交差している。個別化されたものの中からベストプラクティスを標準化に取り込んでいくために、グローバルヘッドクォーターと、事業ラインのIT組織の間で調整を図る連携センターを設置することにした。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「事業会社それぞれにIT部門があり、部門長が在籍しているが、彼らには持ち株会社の情報システム部門を兼務させている。そうすることでホールディングスの立場で物事を考えるようになる。その集合が連携センターとなる」(ラウンドテーブル参加者)

 

「地域ITマネージャを北米、南米、中国、ASEAN、欧州と各地域1人ずつ設けている。グローバルヘッドクォーターのIT部門が人件費の半分を持ち、年に2回グローバルのITマネージャが集まる会議を開催している。そのような体制によって、地域を軸とした連邦型でありながら、多少コントロールが効くようにしている」(ラウンドテーブル参加者)

 

また、地域や事業単位での完全分権型から、ゆるやかな中央集権型をめざす企業もありました。ヘッドクォーターがグローバルな戦略を示し、投資をすべてコントロールしないものの、投資額はすべて掌握し、必要があれば調整に関与するスタイルです。

 

「当社では、現在はIT部門でコントロールできる予算がない。今は最終的なコストしか把握できていないため、経過を把握する必要がある。それをステップに、将来的には、IT部門がグローバルなIT投資全体をコントロールするようにしたい。」(ラウンドテーブル参加者)

3. 経営データの見える化をどう実現するか

マスタープランでは、「データ」という要素を、「経営データ」、「業務データ」、「マスタ」の3つに分類して考えました。

意思決定のためにどのような「経営データ」を必要とし、日々のオペレーショの中でどのように「業務データ」を活用するのか。そして、要求されるデータ提供のために「マスタ」をいかに整備するのか。

もっとも重要となる要求は「経営データ」です。経営データについては、そもそも経営として管理すべきKPIの設定にIT部門がどこまでコミットすべきなのか、という視点で議論が交わされました。

 

「マクロ経済の動きや、様々な業界の変化、為替データなどを織り込んで将来予測を示し、経営が判断を下す際に必要な情報をシステム化したいと考えている。」(ラウンドテーブル参加者)

 

と言うように、将来の予測という目的のためにあらかじめKPIを設定し、それをもとに経営にデータ提供をしようとする考え方がありましたが、一方で、KPIの設定自体は経営に委ねるものであるとの考え方も聞かれました。

KPIの設定にIT部門がどこまでコミットすべきかについては、ラウンドテーブルでも意見が分かれました。

 

「社長や事業部長が変わるとKPIが変わる。永遠のKPIがあるのか疑わしい。ならば、経営に好きなように見てもらえるようにIT部門がデータの整備を徹底的に行っていれば良い。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「データを横串で見た時に同じレベルで把握できるようIT部門がKPIを準備しておく必要がある。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「経営者が求めるKPIを読み取る必要まではない。当社では経営者が求めるKPIを企画部門が咀嚼し、IT部門に要求がある。その要求に応えられるデータを提供できれば良い。」(ラウンドテーブル参加者)

 

グローバルでマスタが統合されていれば、あらゆる指標でグローバルな経営データを見ることは可能です。さまざまに変わる経営の要求に応えるためには、いつでも生のデータが見られる状態が理想でしょう。ただそのためには、グローバルでのマスタ統合が必要になり、膨大な工数がかかります。

一方で、意思決定に必要なデータは、よりマクロに絞られた指標であり、データの精度は財務会計のような厳密さを必要とするわけではありません。現状のデータ環境の中で、経営が必要なときに迅速かつ柔軟に経営データを提供するためには、経営判断に必要なKPIを想定し、ある程度分析したデータを提供する必要があるかもしれません。

 

何が経営データの「見える化」なのか、IT部門として、経営の意思決定にどこまで貢献するのか、という視点で考えなければならない課題です。

 

4. マスタープランを発動させるために必要なことは

今回のマスタープラン策定で、各社のIT部門の今後の方向性はフォーカスされてきました。しかし、実際にこのマスタープランを発動できなければToBeは実現しません。

ラウンドテーブルでは、マスタープラン実行において必要なことも議論されました。その中でもっとも重要なことは以下の3つです。

 

  • 経営の考え方との合致
  • マスタープラン実行に必要なリソースの確保
  • マスタープラン実行のきっかけとなる経営イベント

「マスタープランを実行するために一番必要なことは、会社として認知してもらうこと。作成したIT中期計画を経営会議に提出し、経営層に理解していただき、予算を確保するまでが大変。関係役員が中期経営計画などで意識している点と絡めて理解を得られなければ進まない。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「マスタープランが会社全体の戦略と一致している必要がある。会社が分散経営を目指しているにも関わらず、ITが中央集権を目指していると問題が生じる。経営が目指しているものとの乖離を避ける必要がある。」(ラウンドテーブル参加者)

 

マスタープランの内容を経営の考え方と一致させるためには、常日頃から経営とコミュニケーションをとっている必要があります。言い換えれば、マスタープランの内容は、それまでに経営とすり合わせてしてきたITの未来の姿を改めて文書にしたものである必要があります。

 

経営との考え方が一致していても、マスタープラン実行のためのリソースがなければ何も動きません。そのリソースの中でも、人材がもっとも重要なリソースです。

各社のマスタープランでは、今後5~7年でグローバルをスコープにしたITマネジメントに従事する、企画・コンサルタント型の人材を大幅に増員する計画になっています。現在も、人材が不足している中で、スキルの高い人材をいかに確保し、育成していくのか、マスタープラン発動のためには、人材リソース調達のための詳細なプランがセットで必要です。

 

「人材不足は慢性化している。人材が十分に足りている会社はないので、人材リソースの不足は本質的な課題とは言えない。」(ラウンドテーブル参加者)

 

ただ、上記のような意見もあるように、マスタープランがいつまでたっても発動されない状態を避けるためには、人材プランの整備がマスタープラン発動の必要条件と考えないことが重要でしょう。

 

グローバルITマスタープランのような大きな変革は、なんらかの経営イベントがきっかけになって急激に発動することがあります。

 

「ホールディングス化によって劇的に変わった。主体となる事業会社のIT部門をシェアードサービス化し、ホールディングス会社にIT部門を設置した。実感できる変化は経営に近いこと。提案が戦略会議にすぐにかかる。風通しが良くなり、実行が容易になった。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「当社ではIFRS対応の際に、経理財務室長への提案が一気に実行できた。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「災害対策の整備は、東日本大震災後すぐに動き出した。セキュリティやDR対策などは、ネガティブイベントがきっかけになることがある。」(ラウンドテーブル参加者)

 

このように、企業経営に大きなインパクトを与える経営イベントは、企業全体への変革を促します。これらの経営イベントをうまくきっかけに活用することが重要です。

ただ、きっかけをうまく使えるかどうかは、IT部門の手腕にもよります。

 

「トップに近い人間に提案したのがポイントだった。ネットワーク系に関しても、トップに近い人間のセキュリティ意識が高く、提案した半年後には経営会議にかけられた。実行が比較的容易だったケースには、トップ層に近い人間と親しかったり、聞き入れてくれた人間の理解があったりという傾向がある。経営会議の議題に上げるだけでは難しいだろう。」(ラウンドテーブル参加者)

 

「IT部門にもタイミングにアンテナを張る営業センスが必要だ。さらに噛み砕いて経営が喜ぶ言葉、理解できる言葉に変える必要もある。」(ラウンドテーブル参加者)

 

企業の中で大きな変革を仕掛けるためには、変革の内容もさることながら、仕掛けるタイミングをとらえるセンス、適切な場所から仕掛けていくコミュニケーションライン、そして、相手を動かす説得力ある説明をできるチカラが必要なのです。

マスタープラン実行のきっかけをいかにシミュレーションできるか

「机の引き出しの中には素晴らしいプランがあるのだが、何年も前から引き出しの中に眠ったままだ」という声を良くききます。各社のマスタープランを拝見すると、課題に対するアプローチや効果が明確で、いずれもとても説得力の高いものに見えました。

しかし、企業組織の中で、変革を実行するためには、別の要素が必要です。IT部門が頭に思い描いているものと、経営が普段考えているものとが一致していなければ、経営にとっては唐突な大風呂敷に感じられるだけです。

人に支持されていない人間の企画書ほど分厚くなる、と言われるように、マスタープランの内容そのものよりも普段のコミュニケーションでの理解浸透が重要です。

一方で、M&Aやホールディングス制など大きな経営イベントを迎える企業では、これまでの停滞が嘘のようにあっさりと変革が進むことがあります。これら大きな経営イベントには、ある程度想定可能なものもあります。そこに向けて、どのようにマスタープランを発動させるのか、そのロジック、シナリオを用意し、シミュレーションしておくチカラがIT部門には必要だと思います。

(ファシリテーター 株式会社ナレッジサイン 吉岡英幸)