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ナノ-バイオ境界を高精度に扱える設計ツールを新たに開発~ 世界初のFMO計算によるタンパク質と固体表面の相互作用モデリング ~

2013年4月30日
東京大学生産技術研究所
立教大学
みずほ情報総研株式会社
神戸大学
国立医薬品食品衛生研究所
日本電気株式会社


東京大学生産技術研究所を拠点として行われている、文部科学省次世代IT 基盤構築のための研究開発「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」プロジェクト(研究代表:加藤千幸教授)において、バイオテクノロジー分野のソフトウェア開発を担当する立教大学理学部の望月祐志教授、みずほ情報総研株式会社の福澤薫チーフコンサルタント、東京大学生産技術研究所の沖山佳生特任研究員、渡邉千鶴特任研究員らの研究グループは、これまで主に理論創薬の分野で用いられてきたFMO法(注1)をナノ-バイオ複合系に適用する技術を新たに開発し、シリカ表面と微小タンパク質(ペプチド)の相互作用の大規模モデリングに応用することに成功しました。
この手法を用いると、ナノ材料とタンパク質の親和性をアミノ酸の側鎖単位毎の高い空間解像度で定量的に評価することができます。これは、ナノ-バイオ界面の親和性評価のための解析ツールを世界で初めて電子状態レベルで実現したものです。

用いたペプチドは、人工的に設計された6つのアミノ酸残基からなるもので、シリカ表面を特異的に認識します。これをシリカ結晶のナノクラスターモデルに結合させ、水和条件を課した上で分散力を取り込める2 次摂動レベルで計算しました。計算結果の解析から、3つの荷電残基がシリカ表面との相互作用において重要であることが示されました。こうした情報はペプチドの設計において有益な知見となります。
これらの成果は、ナノ-バイオの境界領域の問題に対して計算・シミュレーションの有用性を示すものです。生体親和性の高いインプラントの開発や医療分野での計測装置としてのバイオセンサーやナノイメージング、さらには生物に無機鉱物を作らせるバイオミネラリゼーションの研究開発に幅広く役立つと期待できます。


研究の背景および技術的内容


1999年に北浦和夫氏(現 神戸大学 特命教授)らによって提案されたフラグメント分子軌道(FMO)法 [1]は、大規模分子系を量子論的に扱うことが可能であり、これまで生化学や生物物理化学、とりわけ創薬の分野で主に用いられてきました。これは、タンパク質のアミノ酸残基と薬剤分子との相互作用を、フラグメント間相互作用エネルギー(IFIE)を指標にして詳細に解析することが直截に可能であり、薬剤分子とタンパク質の結合様態の理解、さらには薬剤の骨格・置換基の改変による最適化に好適であるためです[2]。
一方で、固体と生体分子の相互作用は、インプラントの表面改質、微小粒子による薬剤投与(ドラッグデリバリ)などの医療工学、あるいは生体結晶析出(バイオミネラリゼーション)などの医療工学、生物工学などいわゆるナノ-バイオの境界領域の問題として近年重要視されています。特に、特定組成の固体面を認識する人造ペプチドは世界中のグループが研究開発を進めており、日本ではがん研究所の芝清隆氏らが先端を走っています。
こうした中、本研究グループでは、独自開発のABINIT-MPプログラムを拡張して4体までのフラグメント展開を行う「FMO4法」(注2)を実装し、4体補正によって計算精度が飛躍的に向上することを実証しました[3]。FMO4によって創薬分野においては官能基単位の相互作用解析が可能となり、高い空間解像度と定量性を両立させた次世代のIFIE解析として製薬企業から注目を集めています[4]。
今年度は、ABINIT-MPの高速化(NECと共同)や解析手法の洗練(神戸大学の田中成典教授、国立医薬品食品衛生研究所の中野達也室長らと共同)を進めてきました。そして今回、結晶系の高精度なモデリング手法を新たに開発し、ナノ-バイオ境界系へのアプローチが可能となりました。
FMO以外にも、大規模系の定番手法としては古典分子動力学(MD)もしくは古典/量子論混成(QM/MM)モデリングがありますが、古典MD法では電荷移動や化学反応などの精密な現象を扱うことができず、またQM/MMにおいては今回の系のようにペプチドと固体側の広範囲に渡る界面を量子論(QM)で扱わなければならない場合、実際の計算はきわめて難しくなります。また、固体物理で広く利用されている密度汎関数計算(CPMDなど)も、非周期性や分散力欠如の点から適用は現時点では困難です。



具体的な計算内容


今回、研究グループはFMO4法をシリカ(酸化ケイ素)表面への6残基のアミノ酸から成るペプチド(微小タンパク質)の結合状態のモデリングに応用することに世界で初めて成功しました。Si-O結合の3次元的ネットワークを持つ固体シリカの扱い(注3)はFMO4法による高精度化とシリカ結晶の3次元的な分割手法の開発で可能になったものです。
対象とした6残基ペプチドは、芝清隆氏の研究グループが開発した、チタン、銀、およびケイ素の酸化物表面に対してのみ特異的に結合する12残基のペプチドの前半部分、表面固着能を決しているとされる6残基(Arg1-Lys2-Leu3-Pro4-Asp5-Ala6:RKLPDAと略記)[5,6]です。このRKLPDA片を、シリコン原子を257個含むシリカのクラスターモデルに組み合わせた複合系(水和も考慮)に対し、分散力を取り込める2次の摂動論(MP2)レベルで大規模な計算を行いました。実行にはノード当たり12個コア、それを168ノード持つFOCUSスパコンを用い、特に時間のかかる4体フラグメントの処理時間の短縮のためにコレスキー分解(CDAM-MP2法[7])(注4)を使っています。相互作用エネルギー解析では、フラグメント間の遮蔽効果を統計的に考慮した新しい方法:SCIFIE[8](注5)も採用しています。
図はIFIEによる相互作用を可視化したものですが、シリカ表面への結合ではRKLPDAの中で荷電したArg1、Lys2、Asp5の三つのアミノ酸残基がとりわけ重要であることが確認されました。こうした情報は、ペプチドの改変や最適化に対して計算の立場から有益な指針を提供するものと言えます。一方、シリカ側もペプチドの結合によって表面だけでなく奥も分極されており、固体側をより簡便な小型のクラスターモデルで近似することはできないことも分かりました。


図1:水和したシリカ-ペプチド複合系の相互作用の可視化:左側はペプチド側、右側はシリカ側に注目して合算している。赤は結合による安定化、青は不安定化を示す。 図1:水和したシリカ-ペプチド複合系の相互作用の可視化:左側はペプチド側、右側はシリカ側に注目して合算している。
赤は結合による安定化、青は不安定化を示す。


社会的意義・今後の予定


研究グループは、今回成功したFMO4計算によるペプチドとシリカ表面のモデル計算を発展させることを計画しており、別種のペプチドを組み合わせて相互作用のパターンの差異を見ることは興味深いと思われます。これは、表面に強く結合するアミノ酸残基の特定に役立つのはもちろん、むしろ吸着しない・させないペプチドを設計するのにも使えます。また、固体結晶の欠損やドープなどのモデリングやシリカ以外の固体表面でアルミナやゼオライトなどを対象にすることも考えています。さらに、酸化物に留まらず各種のエンジニアリングポリマーやダイヤモンド薄膜などを扱うことも視野に入っています。計算資源としてはHPCIを用いる予定です。こうした研究は、計算・シミュレーションを援用する「ものづくり」の文脈に合致すると言えます。
また、本計算手法は、FMO法の地球科学分野への応用に道を開くものです。シリカは、石英などの鉱物の基本構成要素であり、水和条件下での鉱物表面への各種イオンの吸着・脱着は重要な化学プロセスですが、電子状態計算による理解はこれまではほとんどなされていませんでした。このFMO4計算の技術を発展させることにより、熱力学的なパラメータを含めた詳細な描像が得られるようになると期待されます。

図2:シリカ表面とイオンの相互作用の可視化:左側はナトリウムイオン、右側は塩素イオン。赤は結合による安定化、青は不安定化を示す。 図2:シリカ表面とイオンの相互作用の可視化:左側はナトリウムイオン、右側は塩素イオン。赤は結合による安定化、青は不安定化を示す。


発表雑誌


Y.Okiyama, T.Tsukamoto, C.Watanabe, K.Fukuzawa, S.Tanaka, Y.Mochizuki,
"Modeling of peptide-silica interaction based on four-body corrected fragment molecular orbital (FMO4) calculations", Chemical Physics Letters 566 (2013) 25-31.


以上




(注1) フラグメント分子軌道(FMO: Fragment Molecular Orbital)法。1999年に北浦和夫 氏(現 神戸大学 特命教授)によって提案された生体分子系に対する効率的な計算手法[1]。巨大系を比較的小さなフラグメント(アミノ酸残基など)に分割し、各フラグメントのモノマーとダイマーの分子軌道計算を並列処理することにより、全系の電子状態をこれまでの手法よりはるかに短時間に高精度で解析することができる近似計算法。計算からは、フラグメント間の相互作用エネルギー(IFIEないしPIEと呼ばれる)が得られるため、創薬分野での応用計算が盛んに行われている[2]。

(注2) フラグメントの展開を4体(テトラマー)まで拡張することにより、リガンドの複数分割とアミノ酸残基の主鎖・側鎖分割を伴う高解像度の解析を可能とするアプローチ[3,4]。従来と異なり、FMO4計算ではダイヤモンドやシリコンなどの3次元の結合ネットワークを持つ固体をも扱うことが出来る。

(注3) 3次元的に配置したSi-O結合をもつシリカ結晶の切断では、結晶のユニットセルを基本構造としたフラグメントに分割する。形式電荷やフラグメントサイズが均一になるように配置している。

(注4) コレスキー分解によって2電子積分を近似的に高速に評価する技法で、化学的な精度は担保される[7]。FMO4のMP2計算では、コストは半分程度に抑えられる。

(注5) イオン性が強い系ではIFIEが過大評価される傾向にあるが、SCIFIEでは統計的な補正手法により遠方のフラグメントで期待される減衰効果を含めた値を得ることが出来る[8]。


参考文献

[1] K. Kitaura, E. Ikeo et al., Chem. Phys. Lett. 313 (1999) 701.
[2] The Fragment Molecular Orbital Method: Practical Applications to Large Molecular Systems, CRC Press, Boca Raton, 2009.
[3] T. Nakano, Y. Mochizuki et al., Chem. Phys. Lett. 523 (2012) 128.
[4] http://www.iis.u-tokyo.ac.jp/publication/topics/2012/20120326press1.pdf
[5] K. Sano, K. Shiba, J. Am. Chem. Soc. 125 (2003) 14234.
[6] K. Sano, H. Sasaki et al., Langmuir 21 (2005) 3090.
[7] Y. Okiyama, T. Nakano et al., Chem. Phys. Lett. 494 (2010) 84.
[8] S. Tanaka, C. Watanabe, et al., Chem. Phys. Lett. in press.


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