デジタルフォトコンテスト特別企画フォトレッスン2012

カメラを持って旅に出よう 写真家:渡部さとるさん

旅に出る理由

― 渡部さんの写真集『traverse』には、さまざまな旅のシーンがジグザグに(各地を行ったり来たりしながら)掲載されています。旅に出る理由として、「『写真なんて撮らないで、もっと自分の目で見るべきだ』という人がいるかもしれない。でも僕にとって写真を撮ることは見ることなのだ。旅を見るために写真を撮る。」と記されています。渡部さんにとって、旅と写真は、最初から結びついていたのですか?

日本大学芸術学部写真学科を卒業して、日刊スポーツ新聞社に入社したのですが、新聞社時代の3年間は、もう旅行なんてもんじゃなかったですね。旅ということに関して言えば日本中ぐるぐる仕事で回っていました。それこそ行ってない都道府県はないぐらいにね。

― プライベートの旅行はいかがですか?

当時は、ものすごい仕事量をこなしていて、休日にはカメラなんて見たくもない(笑)という感じでした。好きで進んだ道なのですが、このまま仕事を続けていたら写真が嫌いになってしまう気がして、思い切って退社しました。それで、当時はまだあまり知られていなかったバリ島に1ヵ月間の旅に出ました。それが1987年のことです。

― そのときはどんなカメラを持って行かれたのですか?

キヤノンの一眼レフです。カラーフィルムの36枚撮りを20本くらい持って行きました。いま思えば、自分の旅の基本形は、このときに決まったような気がします。それは最終目的地だけ決めて(まあ初日の宿泊地だけは決めますけど)、後はまったく決めず、成り行きまかせで旅をする。ローカルな乗り物を乗り継いで、最終目的地まで行く。目的地の候補としては、昔、交通の要所だったところや貿易が盛んだったところ、そういうところは、面白いものがたくさん残っています。カメラ1台にレンズ1本。小さなバッグにフィルムを入れて。それで十分。

― もし、カメラを持って行くことを禁止されたらどうですか?

旅が成立しないと思います(笑)。

ロンボク島 1989年4月
バリ島から軽飛行機で30分、ロンボク島タンジュンアンのビーチには観光客は誰もいなかった。真っ白な砂浜では子供たちが遊んでいた。

― 旅先では初日から撮影を?

いえ、最初の3日間くらいは、まったく撮りません。だいたい3日くらい過ごして、その土地に馴染んできた頃(ちょうど現地の通貨で何がどれくらい買えるか分かってくる頃ですかね)、撮れますね。それでも1週間の旅で心が動かされるような場面に出会えるのは、せいぜい15分程度なんです。いまでもそう。その15分を得たいがために旅に出るのかもしれません。東京にいたら、この15分もありませんから。たとえばこの写真(ロンボク島で子ども3人が重なっている写真)は、こう撮ろうとしたわけではなく、3人がすっと集まってきてこの形になった。慌ててコンパクトカメラのシャッターを切ったのですが、2枚目はもう3人がすーっと、ばらけていた。たぶんその間は2秒くらい。
いま思い起こしても不思議なんですが、こういう瞬間があるから旅はいいですね。自分にとってカメラを持っているからこそ、普通の人が見られないものが見られるし、見るという意識は、カメラを持っているからこそ、生まれているのだと思います。

 

写真集『traverse』
2007年7月 冬青社刊

― 海外と国内で撮り方は変わりますか?

いま、東北のほうを撮りに行ったり、温泉地を決めてその周囲を撮ったりしていますが、海外でも日本国内でも持っていく機材はそう変わりませんし、撮り方が特別違うということはありません。なぜ海外に行くかというと、海外に行くと逆に日本がよく見えたりするんですね。写真集『traverse』ではありませんが、東京、東北、海外をジグザグに行ったり来たりしています。

 

撮った写真をより効果的に見せるには

― アマチュアの場合、撮った写真をアルバムに整理したり、また写真コンテストに応募するのも楽しみだと思います。渡部さんの場合は写真展や写真集という形で発表されていますが、写真を選ぶ基準などにおいて意識の違いはありますか?

僕の場合、写真展というのは、すべてを自分でコントロールできるものととらえています。その場所を借りて自分の空間をつくれる。たとえば展示する写真のサイズはどのくらいがいいか、どう並べるか、プリントのセレクトはどうするか。自分で決められることがたくさんあります。一方、写真集の場合は、装丁から中のデザイン、そして印刷に関しても自分ではできず他人に任せることになります。写真を並べる構成などは編集者と意見を出し合いながら組んでいきますので、そうしたさまざまな分野のプロの人たちと一緒につくる楽しさがありますね。それに写真を組むことによって1枚では表現できなかった新たなものが生まれることもあります。ただし、この「写真を組む」ということについては、独自の文法、文脈といったものが必要なんです。ちなみに僕は写真1枚を「単語」と考えているのですが、それは比較的簡単に身につけることができます。でも「文法」になると難しい。

― 文法……ですか?

写真って生まれてからまだ170年しかたっていません。しかしその形態はものすごく変わってきています。写真の新人賞に、木村伊兵衛賞というのがあります。もともとは木村伊兵衛さんにちなんで、スナップの達人に賞をあげようということでスタートしたのですが、新人賞になってから、文字通り新しい写真の表現を行った新人が対象になったわけです。たとえば同賞を受賞した川内倫子さんが撮ったシャボン玉の写真があります。このシャボン玉の写真自体にはあまり意味がなくて、それを写真集の中で他のものと組み合わせることで、シャボン玉=壊れやすいものということから生死に結びついてくる。自分のベストショットを集めたものが写真集ではなくて、1枚1枚の写真(いわば単語)を繋いでゆくことで、文法、文脈ができる。写真は好きか嫌いかでとらえられがちですが、実は文法を読み解いていかないといけないのです。

― 渡部さんはカメラ雑誌の写真コンテストで審査員をされたこともありますが、写真を評価するポイントはどこにあるのでしょうか。

写真コンテストは、文法ではなく単語の勝負。いわば一発勝負です。最近ではネットでの応募が増えていますが、僕が担当していたときは、プリントしたものが送られてきて、それを審査していました。その際、まず一番に見るのは、プリント自体が綺麗かどうかということ。写っている内容がいいか悪いかは、審査員の趣味による部分が大きいので、判断基準を示すのは難しいです。でも、プリントが綺麗かどうかは、その人がどんなふうに写真に取り組んでいるかに繋がりますから。

― 1等賞を選ぶのは苦労しますか?

いや、1等賞というのは特別ですね。たくさん並んでいる中で、不思議とパッと選ぶことができます。1等賞の写真は、単に美しいというより、考えもつかなかったというものを見せられたときの驚きが、そこにあります。どんなに美しくても、今までの撮り方を踏襲したようなものは、2等賞ですね。たとえば僕がコンテストに応募したら、2等賞を取る自信はありますよ。でも1等賞は取れない。僕は文法を使い、文脈で撮ってしまうから。一枚写真の強みは、アマチュアならではのもの。撮影対象にじっくり時間をかけることもできますから、数年に一回のチャンスを物にできるのはアマチュアのみなさんの特権だと思います。

― 最後に渡部さんの著書には、写真だけの大判の写真集と、エッセイ&フォト形式のものがありますが、文章と写真を組み合わせるとまた質的に違ったものになりますよね。

大判の写真集に長い文を入れても、誰も読まないですね。写真だけで満足しちゃって。文庫だと読む。もし写真と文を組み合わせて発表するなら、ひと目で写真と文を同時に見られるような、短文、あるいは俳句なんかがいいかもしれませんね。

 

旅するカメラの7ヵ条

写真:渡部さとる

プロフィール

渡部さとる(わたなべさとる)
日本大学芸術学部写真学科卒業、日刊スポーツ新聞社を経てフリーに。ポートレートを中心に活動。2003年より写真のワークショップを始める。写真集に『午後の最後の日射-アジアの島へ』、『traverse』のほか、エッセイ&フォトとして『旅するカメラ1〜4』が好評。『PORTRAIT-PORTRAITS』、『da.gasita-43年目の米沢』など、個展も多数開催。
http://www.satorw.com/index.html

 
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