文学散歩

第32回 『さまよう霧の恋歌』 ゆかりの地 福井県勝山市

『さまよう霧の恋歌』ゆかりの地、白山平泉寺を訪ねて。
散歩した人:ケイテー情報システム株式会社 大石橋響子さん

歴史に名を残す宗教都市、白山平泉寺を歩く

戦国時代に起きた一向一揆の史実を縦糸に、記憶を失った主人公桐子と人々とのふれあいと恋愛模様を横糸に描く『さまよう霧の恋歌』。この小説は、映画監督であり劇作家としても活躍した直木賞作家の高橋治氏が、福井県勝山市の人々と交流する過程で生まれた作品で、主要登場人物である武部宗明と芳沢秋乃は、平泉寺で暮らす実在の人物をモデルに書いたといわれています。さて、今回の文学散歩は小説の舞台である平泉寺を、勝山市内に本社を構えるケイテー情報システム株式会社に勤める大石橋響子さんと歩きます。福井市出身の大石橋さんは、結婚を機に勝山市に転居されたとのこと。「『さまよう霧の恋歌』には多くの史実が書かれていて、勝山の歴史を学ぶ良い機会になりました。白山平泉寺は何度か訪れていますが、雪景色の時期に出かけるのははじめてです」と話します。

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開山から約1300年の間に起きた栄枯盛衰を学ぶ

最初に訪れたのは「白山平泉寺歴史探遊館まほろば」です。ここは白山平泉寺の歴史や自然、当時の宗教文化に関する情報、出土した遺物の展示など、あらゆる情報が網羅されている総合案内施設です。白山は昔から人々の信仰が厚い霊峰として知られており、白山平泉寺は717年(養老元年)に越前の僧・泰澄(たいちょう)が開いたといわれています。平安時代後半には天台宗比叡山延暦寺の末寺となり、修験道の場としても栄えました。古代から中世後期にかけては、白山信仰を背景に北陸最大規模の宗教勢力を誇り、戦国時代には48社、36堂、6千の坊院が建ち並び、僧兵は8千人を超えていたそうです。しかし、1574年(天正2年)に一向一揆の攻撃で全山を焼失、さらに織田信長の手により一揆勢も壊滅させられて以降、衰退の道を辿ります。小説では、山の民として一揆の先導に立ち、非業の死を遂げた霧姫伝説が物語のカギを握るテーマとして描かれています。
「まほろばを訪れて開山から現代にいたる白山平泉寺の流れを教えていただき、小説に書かれた霧姫伝説は著者の創作だったことがわかりました」と大石橋さん。

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「白山平泉寺歴史探遊館まほろば」で歴史や自然に関する展示を見学

雪化粧をした「苔寺」を訪れて

まほろばの前を通る参道を進み、白山平泉寺の拝殿へ向かいました。ここは通称「苔寺」と呼ばれ、境内一面を覆う苔の美しさで知られています。残念ながら訪問時期が冬だったため、苔は雪に埋もれてほとんど見られなかったのですが、雪化粧をした白山平泉寺もなかなか趣があります。雪で真っ白に彩られた精進坂を登り、一の鳥居をくぐり、左へ降りると「御手洗池(みたらしのいけ)」が見えてきます。池の中央には影向岩(ようごういわ)と呼ばれる女神が降臨したといわれる岩があります。この池は昔、平清水(ひらしみず)と呼ばれていたことがあり、平泉寺の名前はこの池に由来するそうです。
雪を踏みしめながら、さらに参道を上がり拝殿へ。現在の拝殿は、江戸時代につくられた寄棟檜皮葺(よせむねひわだぶき)ですが、平安時代の風情をよく残した造りになっています。一向一揆で全焼する前の拝殿は、45間(およそ83メートル)あったといわれ、京都の三十三間堂に匹敵する建物だったそうです。その奥の石垣の上に総欅(けやき)造の本社があります。内部は美しく彩られているそうですが、本社の扉は33年に一度しか開かず、次に開くのは、2025年とのこと。圧巻なのは、本社の土台に築かれた大石垣。一辺が3メートルを超す巨岩が組み込まれた大石垣は、わざわざ足を運んででも見る価値があります。これは白山平泉寺が栄華を極めた時代に、僧たちが勢力を誇示するため巨岩を運ばせた結果だと伝えられています。
「過去に何度か本社を訪れていますが、こんなに大きな岩で石垣がつくられていることには気付きませんでした。あれほどの巨岩をどうやって運んだのか気になりますね」と大石橋さんは感心していました。

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写真左:女神が降臨した御手洗池 写真中央:江戸時代に建てられた拝殿 写真右:樹齢1300年の御神木

 

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写真左:巨岩を組み込んだ大石垣 写真中央:雪景色の一の鳥居 写真右:緑の絨毯のような美しい苔

 

文学と歴史と自然を楽しむ贅沢な大人の時間

雪景色の白山平泉寺を降り、小説の登場人物である武部宗明と芳沢秋乃のモデルが住んでいたという大きなお屋敷を見学して歴史ロマンを巡る文学散歩は幕を閉じました。
「子どもの頃、本を読んで読書感想文を書くことはありましたが、大人になってから本を読んで追体験をする機会は今までありませんでした。今回はじめて小説を読み、その歴史背景を学び、小説の舞台を歩かせていただく、とても贅沢な体験ができました。最近、本を読む機会が減っていましたが、これを機にまた読書を楽しみたいと思いました」と大石橋さんは、文学散歩の感想を話してくれました。

(2016年3月8日掲載)

作品紹介

『さまよう霧の恋歌』高橋治著

福井県勝山市平泉寺を舞台に、記憶をなくした和装の美女桐子と男やもめで刀研ぎの武部宗明の出会いからはじまる歴史ロマンス。桐子は、戦国時代に非業の死を遂げた霧姫と自身を重ね合わせ、夢と現実の間をさまよう。映画監督でもあった高橋治らしい映像的描写が印象的な長編作品。

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発行元:新潮文庫刊

 

今回の散歩道

白山平泉寺歴史博物館まほろば→白山平泉寺(平泉寺白山神社)

<所要時間:約2時間>

白山平泉寺歴史博物館まほろば

平成24年にオープンした国史跡白山平泉寺旧境内の総合案内施設。体験学習や休憩施設としての機能もあわせ持つ。敷地面積:2489.51m²の木造平屋建てで、館内では平泉寺の歴史や見どころを映像やパネルなどでわかりやすく紹介している。愛称の“まほろば”は、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味の言葉で、公募によりきめられた。

白山平泉寺(平泉寺白山神社)

717年に泰澄大使が白山に登拝の際、この地に参られて一林泉を発見、ここが神明の地であることを知り、神社を建てられたとされる。発掘された戦国時代の町並みからは僧・職人・商人・一般の民が住まう中世の一大都市だったことがうかがえる。境内は、絨毯を敷きつめたような苔が見事で、石畳の参道は、日本の道百選に選ばれている。

■ここでチェック

白山平泉寺歴史博物館まほろば

白山平泉寺(平泉寺白山神社)

 

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