文学散歩

第26回 「おもろさうし」 ゆかりの地 沖縄県うるま市

琉球の歴史とロマンを感じる 「おもろさうし」ゆかりの地を訪ねて。
散歩した人:株式会社興洋電子 宜志(ぎし)政信さん

沖縄最古の古謡集「おもろそうし」の世界を歩く

勝連(かつれん)は てだ 向(むか)て 門(ぢゃう) 開けて
真玉(まだま) 金(こかね) 寄り合う 玉の御内(みうち) (十六巻一一三三)

「勝連は太陽に向かって門を開けて、真玉や黄金が寄り合って、栄える勝連城であることよ」と「おもろさうし」に謡われる勝連城。「おもろさうし」とは、16世紀から17世紀にかけて琉球王府が編纂した沖縄最古の古謡集です。全22冊1554首のオモロ(歌謡)は、日本の歌謡や和歌とは異なる独特な音階で、もうひとつの日本文化を形づくるものといわれています。今回、「おもろさうし」ゆかりの地を歩いてくださったのは、興洋電子の会長を務める宜志政信さんです。宜志さんは興洋電子の代表取締役社長を務めた後、2000年に会長に就任されましたが、以前から沖縄方言の研究者としても活動されています。夏目漱石の「吾輩は猫である」を沖縄方言に対訳した「吾(わん)んねー猫(まやー)どぅやる」など多数の著書を執筆。「南島地名研究センターという研究活動に参加し、地名の由来を調べたことが沖縄方言を研究するきっかけでした。もともとは趣味の一環でしたが、掘り下げていくうちに島言葉への興味が高まり、ついには本やエッセイを書くようになりました」と話す宜志さん。今回の文学散歩は、そんな宜志さんと一緒にオモロの世界を歩きます。

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世界遺産に登録されている勝連城跡へ

 最初に訪れたのは勝連城跡です。緑に囲まれた小高い丘に、龍が巻き付いたように石垣をうねらせる勝連城跡。その曲線は、まるで生命を宿しているかのようにやわらかく、美しく、見る人の心を捉えます。この勝連城を治めた城主として名高いのが、第十代の阿麻和利(あまわり)です。当初、その名は首里王府の正史ではクーデターを企てた「逆臣」と伝えられていましたが、明治時代に「おもろさうし」の研究が本格化すると、それとは正反対の姿が浮かび上がってきました。

勝連の阿麻和利 十百歳(とひゃくさ) ちよわれ
肝高の阿麻和利 勝連と 似せて 肝高(きむたか)と 似せて(十六巻一一二九)

「勝連の阿麻和利様、貴高い阿麻和利様よ、千年も末長くましまして勝連を治め給え。阿麻和利様には品位ある勝連こそがふさわしいのです」、このように阿麻和利を讃えるオモロが数多く残されており、民衆から深く愛された英雄であったことがわかっています。「勝連城跡には、子どもが小さい頃よく一緒に訪れました。勝連城の上まで上り、500年以上前、阿麻和利が眺めたであろう風景を一望しながら、子どもに歴史物語を聞かせたものです。実は、阿麻和利に嫁いだ第六代琉球国王である尚泰久の娘で、絶世の美女といわれた百度踏揚(ももとふみあがり)は、私の実家の近くで生まれ育ったと伝えられています。そんな偶然もあいまって、勝連の歴史はどこか身近に感じられるんですよ」と宜志さんは、勝連城にまつわるエピソードを話してくれました。

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写真左から、丘に巻き付いた龍を思わせる勝連城跡、城跡の頂に立つと広がる360度の眺望、14世紀当時と同じ工法で再現された石垣

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写真左から、斜面を利用して築かれた石垣を上る、正殿があったとされる二の曲輪(くるわ)、勝連城の正門があったとされる場所

「果報バンタ」から絶景を望む

 美しい海に架けられた海中道路と呼ばれる橋を渡り、車で30分ほど走った場所にあるのが伊計島です。「おもろさうし」の中では、伊計城(ぐすく)近くの海岸で船の進水式を見事にやり遂げたことを、褒め称えるオモロが残されています。「沖縄方言では伊計島を『イチハナリ』と呼びます。イチは遥か遠い場所、ハナリは離れているという意味です」と宜志さんが教えてくれました。周囲約7.5kmの小さな島ですが、とても静かで美しいビーチがあることで知られる伊計島。「イチハナリというくらいで町から離れており、訪れる人も比較的少ないので、まるでプライベートビーチのようです。伊計島には、橋が架かってすぐの頃、子どもと遊びに来たことをよく覚えています」と宜志さんは伊計島の思い出を教えてくれました。

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写真左から、本土と平安座島を結ぶ海中道路、古代から変わっていないような風景だと話す宜志さん、伊計島中央部にある縄文時代の集落跡「仲原遺跡」

 続いて、宮城島を訪れました。宮城島については、以下のオモロが残されています。

聞ゑ宮城(みやくすく) 選び出ぢへの真金(まかね)
島踊(しまよ)りや 勝り
鳴響(とよ)む宮城 (十六巻一一五一)

「名高く鳴り響く宮城島よ。選び出された真金神女の島踊りは見事である」と謡われる宮城島。宜志さんによると、沖縄方言では「タカハナリ」と呼ぶそうで、標高の高い陵丘が多いことがその由来だそうです。丘陵の高台に建つ、「ぬちまーす」製塩工場を擁する観光施設「ぬちうなー」を訪れました。工場の敷地内にある「果報(幸せ)バンタ(崖)」と呼ばれる岬に立つと、エメラルドグリーンからコバルトブルーへグラデーションを描く海と、水平線を挟んでスカイブルーに染まった澄んだ空が織りなす絶景を望めます。「『ぬちうなー』には何度も訪れていますが、こんな絶景があるとは知りませんでした」と宜志さんも美しい景色に目を奪われていたようです。

 「勝連は方言でカッチンといいますが、ここを訪れると私は雄大な歴史のロマンを感じます。また、イチハナリやタカハナリは、国道329号線を車で走りながら島影を眺めることが多いのですが、その姿がとてもきれいで、私の好きな島のひとつです。今日は、懐かしい場所や素敵な景色を味わうことができ、とても楽しい時間を過ごせました」と宜志さんは感想を話してくれました。

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写真左から、「果報バンタ」から見えるプライベートビーチ、絶景が広がる「果報バンタ」

※本文中の現代語訳は、外間守善氏の「おもろさうし」を参照したものです

 

(2014年12月19日掲載)

作品紹介

『おもろさうし』(上・下) 外間守善校注

16世紀から17世紀にかけて首里王府が編纂した沖縄最古の古謡集。全22冊に収められた1554首のオモロには、神や祭祀儀礼、築城、造船、貿易、国王の礼讃、労働、地方など、さまざまなテーマが謡われている。オモロ研究が進み、琉球の古代信仰や祭祀、アジア諸国との交流など当時の生活が明らかにされたが、その全容はまだ解明されておらず、今も研究が続けられている。

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発行元:岩波文庫

 

今回の散歩道

勝連城跡→伊計島→宮城島

<所要時間:約3時間>

勝連城跡

沖縄本島中部の勝連城は、琉球王国時代に国王に最期まで抵抗したと言われる有力按司(あじ)阿麻和利が住んでいた城。那覇空港から車で1時間、沖縄本島の東海岸中部勝連半島の付け根の丘陵上に築かれています。高低差を活かした城づくりが特徴で、一の曲輪(くるわ)からは、北には金武湾を囲む北部の山々や離島、南は知念半島や久高島、中城城跡が望めます。平成12年(2000年)に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録。沖縄中部有数の観光地としてにぎわいを見せています。

伊計島

縄本島中部の東海岸側に近接する与勝諸島8島のひとつ。人気の海中道路を渡り、平安座(へんざ)島、宮城島を経て、一番先端にある伊計島に到着します。人口約300人の島内はサトウキビ畑ののどかな風景が広がり、伊計ビーチではシュノーケリング、スキューバダイビング、グラスボートなどなど、様々なアトラクション、レジャーが楽しめます。

宮城島

与勝諸島8島の中では周囲12kmと最も大きく、標高121mの高台からは平安座島や与勝半島が望めます。島の産業はサトウキビや紅イモの栽培を中心とした農業と沿岸漁業。「ぬちまーす」製塩工場を擁する観光施設「ぬちうなー」では製塩工場の見学ができます。敷地内にある「果報バンタ」からの絶景も楽しめる人気の観光スポットとなっています。

■ここでチェック

勝連城跡

 

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