文学散歩

第23回 「岡本かの子」 ゆかりの地 東京都世田谷区・神奈川県川崎市

岡本かの子ゆかりの地 多摩川周辺を訪ねて
散歩した人:東京急行電鉄株式会社 川本健太郎さん

岡本かの子・岡本太郎ゆかりの地、多摩川周辺を歩く

 あと数年生きていればおう外、漱石に並ぶ地位を占めただろうと、川端康成をはじめとする作家や評論家が、その才能を評したという作家であり歌人の岡本かの子。彼女は1970年に開催された大阪万博のシンボル「太陽の塔」を創作した岡本太郎の母としても、その名を知られています。今回の文学散歩は、そんな岡本かの子ゆかりの地であり、代表作「生々流転」の舞台となった多摩川周辺を、東京急行電鉄株式会社 生活サービス事業部ICTメディア戦略部にお勤めの川本健太郎さんと一緒に歩きました。「新入社員の頃、世田谷区上野毛の社員寮に住んでいたので、この地域には思い入れがあります。今回は、文学をテーマに町を歩くということなので、とても楽しみです」と川本さんは文学散歩への期待を話してくれました。

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写真左:川本さんが住んでいた上野毛の社員寮、写真中央:上野毛駅の天窓から見える青空

天へ向かって伸びる生命感あふれる巨大なオブジェ

 最初に向かったのは、かの子の生家・大貫家のあった旧二子村(現:川崎市高津区二子)です。かの子は、幕府や諸藩の御用達として栄えた豪商「大和家」を営んだ大貫家の長女カノとして生まれました。二子地区から溝口へ伸びる大山街道沿いに「大貫家の人々」という案内板が立っており、ここが生家跡です。ここから溝口方面を背に大山街道を進むと視界が開け、多摩川と二子橋が見えてきます。その多摩川のほとりに、柔らかな曲線を描きながら天へ伸びる巨大なオブジェがあります。これは岡本太郎が亡くなった母への思いを込めて創作した“誇り”と名付けられた文学碑です。その台座と築山は、著名な建築家である丹下健三が手掛け、オブジェの横には川端康成の書を刻んだ碑が建てられています。「曲面の構成や真っ白な彩色、空高く伸びるオブジェは、どことなく『太陽の塔』を連想させますね」と川本さん。

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写真左:岡本かの子生家跡、
写真中央:岡本かの子文学碑“誇り”、写真右:オブジェの隣に立つ岡本かの子の作品の一節が刻まれた歌碑

心安らぐ水辺の空間を訪ねる

 二子橋を歩いて渡り、多摩川の河原へ向かいました。かの子の小説「生々流転」では、物語の後半、主人公の蝶子が「水のほとりと、落ぶれ果てた菰(こも)の上と、土の香と。父よ、あなたがうつし身でついに叶ひ得られなかったその数奇な望みを、女だてら、娘なるが故に、受け継いで叶へて上げます」との言葉を残し、父親の出自をなぞるように物乞いへ身を落とし、河原で暮らしはじめます。小説では、河川の名は多那川となっていますが、多摩川をモデルに書かれたといわれています。今の河川敷は、小説に書かれた世界とは異なり、兵庫池や芝生の広場が整備され、水遊びや散策が楽しめる兵庫島公園となっています。「住民の方が散歩したり、ランニングをしたり、子どもたちが水辺で遊んだり、自然があふれる水辺の空間は、地域の人々の憩いの場になっているのですね」と話す川本さんは、心地よい水辺の空間を楽しんでいる様子でした。

 河川敷の風景を眺めながら、次に向かったのは二子玉川公園です。広大な公園の一角に佇む風情のある古民家を訪ねました。この御屋敷は100年以上前に建てられた「旧清水家住宅書院(旧清水邸書院)」と呼ばれる建物で、近代和風建築の文化財的価値が評価され、2013年に二子玉川公園に移築復元されたものです。黒漆で仕上げられた格天井(ごうてんじょう)、格縁(ごうぶち)、床框(とこがまち)や復元された金襖(きんぶすま)、縁側から見渡せる日本庭園は一見の価値があります。

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写真左:「二子玉川は“働きたい町”といわれますが、憩いの場である多摩川が近く、職住一体の町として発展していますね」と川本さん。
写真中央:多摩川河川敷の兵庫島公園、写真右:世田谷区登録有形文化財に指定されている「旧清水家住宅書院」

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写真いずれも「旧清水家住宅書院」。和風建築の意匠や日本庭園は一見の価値あり。

 

貴重なコレクションと自然豊かな庭園に癒やされる

 続いて訪れたのは五島美術館です。ここは東京急行電鉄の元会長である故五島慶太氏が半生をかけて蒐集しゅうしゅうした貴重な美術品を公開している私立美術館です。「源氏物語絵巻」をはじめとする貴重なコレクションは、国宝5件、国重要文化財50件を含む約5,000件にのぼります。また、6,000坪の広大な敷地には、傾斜地を生かした庭園が整備され、都内とは思えない豊かな自然に囲まれており、訪れた人を癒やします。「風情のある門構え、緑の木々と季節の花、起伏のある散策路があり絵になる庭園ですね。美術館というと堅いイメージがあり敬遠しがちでしたけど、この庭園を楽しむだけでも、ここに来る価値があると思います」と川本さん。

 最後に、文学散歩の感想を伺うと「作家の視点で町を眺めたり、作品の舞台を歩くことで、今まで気づかなかった町の魅力に出会えて、とても楽しかったです」と川本さんは話してくれました。

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写真いずれも「五島美術館」。自然の地形を生かした庭園は、都内とは思えない静謐 せいひつ な空間。

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(2014年7月14日掲載)

作品紹介

生々流転しょうじょうるてん』 岡本かの子著

物乞いという出自を持つ父と妾の間に生まれた蝶子。憧れていた女教師と、学校の庭師の男性との間に芽生えた奇妙な三角関係に巻き込まれた末、蝶子はすべてのしがらみを捨て、父と同じ物乞いに身を落とす。自己の存在の根を突き詰め、その果てにあるものを芸術的描写でえぐり出した岡本かの子の代表作。

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発行元:講談社

 

今回の散歩道

岡本かの子文学碑“誇り”→旧清水家住宅書院→五島美術館

<所要時間:約3時間>

岡本かの子文学碑“誇り”

多摩川の二子橋にほど近い二子神社の境内にある、白鳥を連想させるモダンな記念碑。この文学碑は1962年、川崎市をはじめ全国のかの子の愛慕者によって建てられた。台座には「この誇りを亡き一平とともにかの子に捧ぐ 太郎」と岡本太郎の銘が刻まれ、その横には「としとしにわが悲しみは深くしていよよ華やぐいのちなりけり」とかの子が自らの晩年の心境を綴ったといわれる歌が刻まれている。

旧清水家住宅書院

1919年に中根岸(現在の台東区)から瀬田の清水家屋敷に移築した近代和風建築の建物で、2013年、二子玉川公園に再度移築された。十一畳の書院の間と長五畳の次の間からなる小規模な間取り。金箔の地に葛と藤が描かれた華やかな床脇の戸棚の襖、風情のある日本庭園は書院の特徴であり、一見の価値がある。

五島美術館

1960年に東京急行電鉄株式会社の元会長・五島慶太氏により世田谷区上野毛に開館。国宝「源氏物語絵巻」をはじめとした5件の国宝のほか、50件の重要文化財などが所蔵されている。慶太氏は古写経をはじめとする美術品の蒐集家で美術館の設立に精力的に取り組んできたが、開館を目前に世を去った。
この美術館設立を機に、東京都目黒区にあった大東急記念文庫が五島美術館の建物内に移転。以後現在にいたるまで、研究者を対象とした閲覧公開などの教育・研究活動を続けている。開館後の五島美術館は、大東急記念文庫とともに数々の名品を所蔵する文化施設として展覧会を中心に幅広い活動を展開。2010年には開館50周年を記念して本館建物を改修。2011年に大東急記念文庫と合併し、新たな姿で歩み始めている。

■ここでチェック

岡本かの子文学碑“誇り” 旧清水家住宅書院 五島美術館

 

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