文学散歩

第11回 小津安二郎 ゆかりの地 神奈川県・鎌倉市

世界が認める映画界の巨匠 小津安二郎の原風景を訪ねて 散歩した人:独立行政法人 海洋研究開発機構 関知美さん

鎌倉を舞台にした“小津調”の記念碑的作品『晩春』

 絵画のように端正かつ厳格な構図と独創的な映像表現で、世界的に高い評価を受ける映画監督 小津安二郎。数ある名作のなかでも、父娘の別れを描いた原節子主演の『晩春』は“小津調”と呼ばれる独特の映像表現を確立させた記念碑的作品として知られています。今回の文学散歩の舞台は、『晩春』の舞台であり、小津監督が終の住処を構えた鎌倉です。そんな小津監督ゆかりの地を歩いてくれたのは、海洋研究開発機構 地球シミュレータセンターに勤める関知美さん。関さんの出身は四国ですが、結婚を機に神奈川へ引っ越し、昨年から鎌倉に住所を移されたそうです。「大学時代に京都で暮らしていたこともあり、寺社仏閣や自然が残る古都の雰囲気がとても気に入っています。でも、小津監督と鎌倉に縁があることは今まで知りませんでした」。

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鎌倉の歴史を今に伝える寺社仏閣を巡る

 鎌倉駅を出て、まず向かったのは鶴岡八幡宮です。鶴岡八幡宮は『晩春』の中で、杉村春子演じる叔母のまさが境内で財布(がまぐち)を拾うシーンが撮影されました。笠智衆演じる周吉が「お前届けないのかい」と咎めると、まさは「そりゃ届けるけどさ、だって縁起がいいじゃないの。行きましょう」と言って懐に財布をしまい、本宮へ続く石段を駆けあがるコミカルな場面があります。関さんは、まさが駆けあがった石段を登り終え、階段の高さを確認するかのように参道を振り返りました。すると、参道の彼方に由比ヶ浜の海がきらきらと光を放っていました。「八幡様から海が見えるなんて、今まで気がつきませんでした。鎌倉には、まだまだ私の知らない魅力的な風景がたくさんあるんですね」と感慨深そうに話していました。

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鶴岡八幡宮の参道は若宮大路と呼ばれ、由比ヶ浜から八幡宮まで南北を貫いている

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『晩春』の1シーンに使われた本宮へ続く石段

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参道の先に由比ヶ浜の海が見える

 

 次に向かったのは『晩春』冒頭のお茶会のシーンに登場する円覚寺です。総門をくぐり、三門を越えると仏殿が見えてきます。その先には、円覚寺の開基である北条時宗公をお祭りする開基廟や修行僧のための座禅道場居士林、源実朝が宋から請来した仏牙舎利(ぶつげしゃり:お釈迦様を火葬した後に残った歯)を奉納する舎利殿などがあります。歴史に彩られた境内を散策した関さんは「奥に進むほど、静謐な空気が流れている感じがしました」と感想を話します。なお、ここ円覚寺には小津監督の眠るお墓があります。四角形のシンプルな墓碑に刻まれているのは“無”の一字。「生きている間に何をなし得ても、死を迎えたら無になってしまうという意味なのでしょうか」と、関さんは思いを巡らせていました。

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小津監督の眠るお墓がある円覚寺

今も変わらぬ小津作品の原風景

 円覚寺の参道を降りた先に北鎌倉駅があります。北鎌倉駅は『晩春』の最初のシーンに登場します。映画で象徴的に使われていた「北鎌倉駅」と右から書かれた看板は取り外され、プラットホームの端に飾られていました。「自動改札機があるなど現代的に改修されていますけど、プラットホームの雰囲気は映画のシーンそのままですね」と関さん。

 北鎌倉駅を背に線路沿いを鎌倉方面へ、グルメの小津監督がよく足を運んだという精進料理「鉢の木」を過ぎた先で右へ折れます。『晩春』に出てくる周吉の自宅脇にそっくりな浄智寺の脇道の先に、岩をくりぬいたトンネルがあります。その向こうに、かつて小津監督が暮らした一軒家があるそうです。現在、この地には別の住人が住んでいるため、敷地に入ったり見学することはできません。「苔むした岩があり、古木に囲まれ、鳥が鳴く細道には、今も独特の空気感がありますね」。

 最後に小津監督ゆかりの地を歩いた感想を関さんに伺いました。「鎌倉に住んでいたのに、寺社仏閣のいわれや歴史、小津監督はじめ文化人が愛した鎌倉の姿を知りませんでした。これからはもっと歴史や文化に興味を持って鎌倉を歩いてみようと思います」。

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映画のシーンと変わらぬ風景を残す北鎌倉駅

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『晩春』の冒頭に登場する北鎌倉駅の看板、今はケースの中に飾られている

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鎌倉を舞台にした『麦秋』では横須賀線の踏切を使って有名なシーンが撮影された

 

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旧小津邸近くの竹垣の細道は『晩春』で原節子が歩いた自宅の脇道とそっくり。

(2012年2月20日掲載)

作品紹介

『晩春』 小津安二郎監督

 大学教授の曽宮周吉(笠智衆)は、妻に先立たれ娘の紀子(原節子)と鎌倉で2人暮らしをしていた。婚期を逃した娘を心配する父と、嫁いだ後の父を心配する娘の想いを、小津監督らしい独創的な映像美で淡々と描いた名作。小津調と呼ばれる演出法が確立された作品としても名高い。

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『晩春』DVD発売中
¥3,990(税込)
発売・ 販売元:松竹
(c)1949 松竹株式会社

 

今回の散歩道

鎌倉駅→鶴岡八幡宮→円覚寺→北鎌倉駅→旧小津安二郎邸周辺

<所要時間:約3時間>

鎌倉駅

鶴岡八幡宮

康平6年(1063)源頼義が京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まり。その後承4年(1180)源頼朝が現在の地に移転。鎌倉の町づくりの中心となってきた。本殿は、11代将軍徳川家斉の造営による代表的な江戸建築で、 国の重要文化財に指定されている。境内には源頼朝、実朝をお祀りする白旗神社をはじめとする境内社、静御前ゆかりの舞殿や段葛など見所が多く、八百年の歴史を伝えている。

円覚寺

臨済宗円覚寺派の総本山で鎌倉五山二位の寺格を持つ。弘安5年(1282)、鎌倉時代後半北条時宗が中国より無学祖元禅師を招いて創建。名前の由来は建立の際、大乗経典の「円覚経」が出土したことによる。室町から江戸時代幾たびかの火災で創建時の伽藍は消失したが、江戸末期に大用国師が僧堂・山門等の伽藍を復興し今日の円覚寺の基礎を築いた。

北鎌倉駅

旧小津安二郎邸周辺

小津安二郎が晩年を過ごした北鎌倉の家には、現在別の人が住んでおり、見学などはできない。

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鶴岡八幡宮 円覚寺

 

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