文学散歩

第7回 「白洲正子」 ゆかりの地 滋賀県・長浜市

読むほどに旅情にかられる紀行文学の名作『西国巡礼』を訪ねて 散歩した人:トラスコ中山株式会社 志津里恵さん

長浜港から船に乗り神の住む島へ

 紺碧の空と緑の山々を映す琵琶湖の湖面を波立てながら進む船。やがて見えてきたのは白洲正子が「何とも可愛らしい小さな島」と称した竹生島です。「神の住む島」として信仰の対象とされてきた島を見て「女性的でやわらかな雰囲気がありますね」と話してくれたのは、今回白洲正子ゆかりの地を一緒に歩いてくれた志津里恵さんです。志津里さんは工場用副資材の卸売ならび自社ブランドTRUSCOの企画開発を展開するトラスコ中山(株)大阪本社に勤めており、現在は情報システム部 システム管理課でパソコンの運用や保守を担当しています。奈良にお住まいで休日には近隣の旧跡や寺社仏閣を訪ねることもあるという志津里さんは『西国巡礼』の地を訪ねるこの日を楽しみにしていたそうです。

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「神の住む島」として信仰の対象になってきた竹生島

 

神と仏と美に彩られた島

 島に上陸後、「祈りの石段」と呼ばれる階段を登り宝厳寺の本堂へ。

 宝厳寺は、神亀元年(724年)に聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神のお告げを受けて堂塔を開基させたのが始まりといわれています。その後、本堂に大弁才天を安置、翌年には観音堂を建立し千手観音像を安置したそうです。それ以来、天皇の行幸が続き伝教大師や弘法大師も来島し、修業したと伝えられています。

 慶長七年(1602年)には、豊臣秀吉の遺命により京都伏見にあった豊国廟から観音堂や唐門を移築。国宝に指定されている唐門は鳳凰や獅子、牡丹などをモチーフとした美しい彫刻が施されており、豪華絢爛な桃山様式を味わうことができます。唐門の奥にある観音堂は西国三十三ヶ所観音霊場の第三十番札所として白洲正子も参拝に訪れた場所です。

 その先の渡り廊下は、秀吉が朝鮮出兵の折に座船としてつくられた日本丸の舟櫓(ふなやぐら)を利用してつくられた重要文化財の舟廊下です。

 舟廊下を渡り都久夫須麻(つくぶすま)神社本殿を抜けた志津里さんは、拝殿からの「かわらけ投げ」に挑戦しました。素焼きの小皿に願いを書き岩場の鳥居に向かって投げ、鳥居をくぐれば願い事がかなうというものです。『仕事を早くマスターし戦力になれますように』との願いを込めた志津里さんの小皿は、紺碧の空に弧を描きました。さて、小皿は無事に鳥居をくぐったのでしょうか。

 「神仏が同居しているからなのかどうかわかりませんが、この島には今まで感じたことのない不思議な居心地の良さがありますね」と志津里さん。

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165段の石段を登り本堂へ

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大弁才天が祭られている宝厳寺の本堂

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願い事を書いた紙をダルマの中に収めて奉納すると願いがかなうという

 

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秀吉の命により移築されたという国宝の唐門

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唐門は桃山様式の美しい彫刻で飾られている

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唐門の奥にある観音堂は西国三十三ヶ所観音霊場の第三十番札所

 

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舟櫓を利用してつくられた重要文化財の舟廊下

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投げた小皿が鳥居をくぐると願いが叶うという「かわらけ投げ」

 

こぼれるような色気に満ちた十一面観世音菩薩

 長浜港から車で約30分、向かった先は渡岸寺観音堂(向源寺)。「すらりとした長身もさることながら十一面の化物(けぶつ)を、重たげにいただいた姿は媚しく、蓮のうてなから、一歩踏み出さんとする動きには、こぼれるような色気がある」と白洲正子が記した国宝の十一面観世音菩薩立像を拝観。寺の伝えによれば今から1280年前に彫られたというこの観音は、日本彫刻史上の最高傑作とまでいわれる仏像です。眉から鼻にかけての秀麗な線、かたく結ばれた唇、そして腰をわずかにひねった姿態、さらに優美な立ち姿の裏側にある暴悪大笑面が拝観者の心を波立たせます。暴悪大笑面について白洲正子は著書『十一面観音巡礼』の中で「暴悪大笑面は、悪を笑って仏道に向わしめる方便ということだが、とてもそんな有りがたいものとは思えない。この薄気味わるい笑いは、あきらかに悪魔の相」と表現し、仏像の作者の独創力に心から敬意を表しています。「腰のくねりや八頭身の美しいスタイルがきれいな観音様です」と志津里さん。暴悪大笑面の感想を訪ねると「美しい姿態の裏側に悪魔のような笑顔があるなんて、とても女性的ですよね」と笑顔で答えてくれました。

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渡岸寺観音堂の山門

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戦国時代に村の住民が協力して土中に埋蔵したおかげで戦火を免れ、十一面観音は美しい姿を今に残すことができたといわれている。

 

(2011年7月5日掲載)

作品紹介

『西国巡礼』 白洲正子著

 日本文化や古美術に深い洞察を持つ白洲正子の紀行文学の原点ともいわれる一冊。近畿に広がる三十三カ所の観音信仰の霊場を歩き、その土地の説話や歴史、神仏、美しい景色などを感じたままに表現している。信仰心なき巡礼の意義を疑問に感じながらはじめた旅だが、「ただ巡礼しさえすれば無心になれ、その先に仏が姿を現す」との境地に達する。読むほどに旅情にかられる紀行文学の名作。

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写真提供:講談社

 

今回の散歩道

長浜港→竹生島→渡岸寺観音堂(向源寺)

<所要時間:約3時間、徒歩での移動時間含む>

長浜港

滋賀県長浜市にあり、竹生島への航路が就航している。湖北地域と琵琶湖とを結ぶ玄関として、また湖上観光やレジャー、漁業の拠点として多くの人々に利用されている。

竹生島

長浜市の湖岸から約6キロメートルにあり、の琵琶湖上で沖の島に次ぎ2番目に大きな島。神の住む島といわれ「神の斎く(いつく)住居(すまい)」が「つくすまい」に、そして「つくぶすま」から「竹生島」に変じたといわれる。琵琶湖八景のひとつとして、昔から多くの人に親しまれてきた。

渡岸寺観音堂(向源寺)

奈良時代に聖武天皇の勅願により建てられた古刹。観音堂と仁王門だけが残る。お堂に安置される国宝十一面観音は天平美術の逸品で日本全国に七体ある国宝十一面観音の中でも最も美しいとされる。

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竹生島 渡岸寺観音堂(向源寺)

 

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