あの日の風景

第9回 秋の北海道 久保田淳(国文学者)

3/3

写真

有島武郎の作品や、武郎が所有した農場の足跡が紹介されている有島記念館。周辺には、「カインの末裔」に登場する社のあった通称宮山、「親子」冒頭に登場する通称「親子の坂」など、有島ゆかりの地が点在しています。

 朝、東北新幹線ではなく在来線で上野駅を発った。曇天は雨となったが、盛岡あたりから青空が見え始めた。数ヵ所の短いトンネルをくぐり抜けて、ようやく青函トンネルに入っていく。本当に長い。北海道に渡りきって最初の木古内はさびしい駅だ。葦がそよいでいた。列車は強風の影響で三沢近くでしばらく停車して遅れていたので、北斗11号への乗り継ぎは函館が五稜郭と変更された。

 北斗の車窓からは内浦湾沿いの眺めを見続けていた。網をかぶせられた大きな球体のガラスの浮子がいくつも海岸に、瓜みたいに転がっている。湾のかなたには淡い虹がかかっていた。同じような虹は青函トンネルに入る前、青森の外ヶ浜近くを通る時も見た。

 東室蘭で下車、ビジネスホテルに一泊。翌日は室蘭で途中下車、タクシーで地球岬に登り、太平洋を望み見た。なるほど水平線がかすかに弧を描いているような気がする。室蘭発の列車は東室蘭から特急となり、午後二時前には札幌に着いた。学会はその翌日から始まった。

 この時は有島武郎の記念館や伊藤整、小林多喜二の文学碑などを見学する。有島記念館からは蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山がきれいに望まれた。

北海道の冬は空まで逼つてゐた。蝦夷富士と云はれるマツカリヌプリの麓に続く胆振の大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬける西風が、打寄せる紆濤のやうに跡から跡から吹き払つて行つた。(有島武郎『カインの末裔』)

 『カインの末裔』は狂暴で無頼な農民と従順な妻が農場から農場へと移ってゆく姿を、北海道の厳しい風土を背景に、荒々しいタッチで描いた短篇である。

 まだそのような厳しい冬の北海道を知らない。雪の中を走る列車に身を委ねて北端の稚内まで旅したいと思わないでもないのだが……。

 

筆者プロフィール

久保田 淳(くぼた じゅん)

昭和8年東京生まれ。東京大学名誉教授・日本学士院会員。著作に『山家集』『藤原定家』『野あるき花ものがたり』など多数。鉄道の旅をこよなく愛し、現在も鉄道の旅を続けている。

写真

青函連絡船記念館 摩周丸
写真提供:函館市

青函連絡船の中で、最後まで運行していた摩周丸が、青函連絡船記念館として、保存・展示されています。操舵室や無線通信室が当時の面影を残したまま見学出来るほか、青函連絡船の歴史やしくみなどを紹介しています。

青函連絡船記念館 摩周丸

 
  • ←
  • 1
  • 2
  • 3
  • →
 

このページの先頭へ