あの日の風景

第9回 秋の北海道 久保田淳(国文学者)

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書籍表紙

『和歌文学大系 77 一握の砂・黄昏に・収穫』
木股 知史 著/藤澤 全 著/山田 吉郎 著/久保田 淳 監 明治書院

函館の青柳町こそかなしけれ
友の恋歌
矢ぐるまの花

(石川啄木『一握の砂』)

 大沼公園駅から一四時五八分発ニセコ2号に乗り込み、札幌へ向かう。四人掛けの座席には先客として北海道在住の初老の小父さんとやはり道産子らしい高校生ふうの少年が乗っていて、もっぱら小父さんが少年に語りかけていた。それでも少年がそのうち眠りこけると、「北海道は初めてですか」と話しかけ、余市がウィスキーの町であることや銭函という変わった駅名の由来などを教えてくれた。

 札幌に着いた時は夜になっていた。学会の始まる前日で、この日の宿は決めていなかったので、駅前の客引きに連れられていった宿に泊まる。唱歌の「旅愁」そのままに、わびしい秋の夜は更けてゆく。テレビは山口百恵主演の連続ドラマを放映していた。

しんとして幅広き街の
秋の夜の
玉蜀黍の焼くるにほひよ(「一握の砂」)

 翌日は雨。北海道大学を見学し、クラーク会館で大先輩のN教授が昼食を御馳走してくださる。学会会場は藤女子大学。行事の一つ公開講演会で初めて講演をした。第二日は研究発表。三日めは見学。小樽、積丹半島、余市と、バスで案内された。この旅では街頭で焼き玉蜀黍を立食いする機会を逸した。昭和四十九年の秋のことであった。

 それから十五年後というと、元号が変わって平成元年となる。この年の九月末、これまた学会で札幌へ向かった。この頃になると学会参加者の多くは航空機を利用するらしく、鉄道に固執する私は大学院生達に笑われたが、この時はとくにこだわる理由があった。青函トンネルが完成し、海峡線の開業したのが前年三月だったのである。

 
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