あの日の風景

第6回 琵琶湖をめぐる 久保田淳(国文学者)

写真

四季折々でさまざまな表情を見せる琵琶湖。
これまでも多くの歴史と文学の舞台となってきた。写真は海津大崎の桜。
(写真提供:社団法人びわこビジターズビューロー)

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逢坂をうち出でて見れば近江の海白木綿花に波立ちわたる

作者不明(万葉集)

鳰の海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり

藤原家隆(新古今和歌集)

 関東生まれ、関東育ちの人間にとっては、「近江の海」「鳰の海」―琵琶湖は長いこといにしえのさまざまな文学作品での描写を通してその風光を思い描くだけの、近江の国の歌枕であった。初めてその姿を間近に眺めたのは、三十を過ぎた年の春、昭和四十年の四月初めである。

 東京から夜行列車で米原に向かい、早暁北陸本線に乗り換えて、明けゆく湖東の景色を眺めながら北上し、木ノ本で降りた。当時関西への私の旅はほとんど研究調査とか学会参加とかいった、用事があってのものだったが、この時はただ琵琶湖を眺めたい、そのあと京の桜を一見したいだけが目的の、いわば物見遊山に出たのだった。しかし前の年に女房持ちとなった薄給の大学助手だから、その女房を伴ってはいたが、物見遊山というにはほど遠い、つましい旅だった。

 木ノ本の駅前で朝食代りに熱いうどんを啜った。それから多分湖北の岸をめぐるバスに乗ったのだろう。柴田勝家が羽柴秀吉に敗れた古戦場、賤ヶ岳の麓を抜けて海津大崎に至り、岬の突端から琵琶湖を眺めおろした。それからきらめく湖面を隔てて遥か彼方に、まだ真白に雪を戴いた比良の山なみを望み見て、美しいと思った。比良山も歌枕として憧れてきた山である。

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