あの日の風景

第6回 琵琶湖をめぐる 久保田淳(国文学者)

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 平安時代の歌人藤原定頼はこの島に宿って、

磯なれで心もとけぬ薦枕あらくな懸けそ水の白波

(新古今和歌集)

と詠じたが、それはある年の三月のことだったらしい。また、能の「竹生島」では、醍醐天皇に仕える廷臣がこの島の弁才天に詣でて、天女の姿の弁才天が社殿から現れ、竜神が湖面から躍り出るという奇瑞をまのあたりに見る。この曲の、

緑樹影沈んで、魚木にのぼる気色あり。月海上に浮かんでは、兎も波を奔るか。おもしろの島の気色や

という文句は名高いが、これも「弥生の半ば」という設定で演じられる能である。琵琶湖はおそらく一年を通じて、訪れる人々にさまざまな顔を見せるのであろう。湖岸には大津・長浜・賤ヶ岳と、幾多の歴史を秘めた土地をちりばめ、また古寺古仏も点在する。平成二十二年に亡くなった歌人河野裕子は、

たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり

(桜森)

と歌ったが、まことに琵琶湖を抱きかかえた近江国は、古い歴史と文化の泉ともいうべき国なのである。

写真:書籍表紙

参考図書:
『新編日本古典文学全集7・8、萬葉集2・3』小島憲之他校注(小学館)
『新古今和歌集上』訳注/久保田淳(角川ソフィア文庫)
竹生島『新日本古典文学大系57謡曲百番』校注/西野春雄(岩波書店)

 

筆者プロフィール

久保田 淳(くぼた じゅん)

昭和8年東京生まれ。東京大学名誉教授・日本学士院会員。著作に『山家集』『藤原定家』『野あるき花ものがたり』など多数。鉄道の旅をこよなく愛し、現在も鉄道の旅を続けている。

写真

賤ヶ岳古戦場(功名が辻ゆかりの地)

秀吉と、織田家の旧臣中第一の家柄を誇る柴田勝家との戦い「賤ヶ岳の合戦」の古戦場跡。
賤ヶ岳の山頂広場には、戦跡碑や、戦没者の碑が立てられており、尾根続きの大岩山頂にも、秀吉側の武将中川清秀の墓もある。

自然はもちろん、歴史は文学の舞台となることが多い琵琶湖。観光バスも多様なコースが揃っている。

 
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