あの日の風景

第6回 琵琶湖をめぐる 久保田淳(国文学者)

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楽浪の比良山風の海吹けば釣する海人の袖反る見ゆ

槐本(万葉集)

 その山々をもっと近くから仰ぎたい。再びバスに乗って、今津に出た。

 その頃は私鉄の江若鉄道が湖西の岸沿いに、近江今津から浜大津まで走っていた。その電車に乗って近江舞子で降り、連れの発案で、駅近くの料理旅館に立ち寄って、初めて食事らしい食事を摂った。独り身の旅ではこんなことは思い付かない。腹を充たしてから外へ出てみると、松林に縁取られた砂浜がすぐ目の前で、浜辺にはさざ波が寄せ、振り返ると、海津大崎からは遠く小さく連なっていた比良の高嶺が、のしかかってくるようだった。

写真

琵琶湖西岸沿いに滋賀県大津市の浜大津駅から滋賀県高島郡今津町(現高島市)の近江今津駅までを運行していた江若鉄道。1969年に廃線となった。写真はお別れ列車運行の様子。
写真提供:江若交通株式会社

 再び江若鉄道で浜大津へと向かう。この時乗った電車の車輌は畳敷きだった。観光客らしい乗客は見あたらなかった。車窓の外には菜の花畠なども見えた。その頃はのんびりとしたこのローカル鉄道がそろそろその歴史を閉じようとしていた時分だったのであろう。

 江若鉄道は昭和四十四年に廃線となり、五年後にはほぼ同じ経路を当時は国鉄の一路線として、山科を起点に近江塩津まで、湖西線が走るようになった。それからも比良の連山を間近に仰ぎたくて、京都に用事で行く往き帰りなど、時折この線に乗ったが、琵琶湖の奥深くに浮かぶ竹生島にはなかなか渡れなかった。しかし機会は自分で作るものだ。京都での会合に参加する直前に意を決して竹生島へ渡ったのは、平成三年の三月末、今から二十余年前のことである。

 会合の前日の朝早く京都に着き、「雷鳥」という特急に乗った。京都から近江今津までノンストップである。座席に坐らず、立ったまま車窓から湖面を望み、比叡・比良の山々を仰いだ。近江今津の駅から船着き場は近い。竹生島行きの船はさほど大きくはなかった。小雨が降り出した。削ったような断崖が湖中からそば立つ島に上陸し、西国三十三番札所の第三十番巌金山宝厳寺、そして都久夫須麻神社に参詣した。しかし、ゆっくりしてはいられなかった。この日の琵琶湖は荒れていた。いわゆる比良の八講荒れというのであろう。比良山から吹きおろす寒風で湖面は波立ち、島に上がる時には早くも昼過ぎの今津行きが最後の便であると告げられていた。そんなわけでゆっくり島の景観を楽しむ余裕は全くなかった。

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