あの日の風景

第5回 城崎から余部へ 久保田淳(国文学者)

写真

冬の旧余部鉄橋。筆者・久保田氏が、この地を旅したのは、平成21年冬のこと。
平成22年7月を最後に旧余部鉄橋はその役割を終え、現在は新・余部橋梁が新たな余部のシンボルとなっている。
(写真提供:香美町役場 観光商工課)

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 余部(あまるべ)の鉄橋が架け替えられると知って、それ以前に昔ながらの姿を見ておきたいという気になった。この鉄橋は四十年前の夏、鳥取砂丘の裏の民宿に泊まったあと、京都へ出る途中通ったが、その時の記憶はすっかりぼけている。鉄橋を見るためだけに旅に出るというのもいささか大袈裟なので、“城崎温泉に泊まって松葉蟹を味わうというのはどうだ”と女房に持ちかけると、直ちに賛成した。一度仕事で行った冬の三国港で食べた松葉蟹の豪快なうまさが忘れられないので、蟹の話になるとしばしばそれを口にしては、女房の反撥を買っていたのだった。

 平成二十一年二月の半ば過ぎの昼、京都から特急「きのさき」で城崎温泉へ向かう。山陰本線の沿線風景はあまりなじみでない。ところどころ雪が消え残っていた。これからも降るのであろうか。車窓の右側に見えていた円山川が川幅を広げたと思うと、城崎温泉駅だった。バスで今宵の宿へ向かう。宿は温泉街のかなり奥の方にあった。

 街へ出てみる。山から流れ出て温泉街を貫いて円山川に注ぐ細い流れ、大谿(おおたに)川に沿って歩く。志賀直哉の「城の崎にて」が思い出される。

自分は何気なく傍(わき)の流れを見た。向う側の斜めに水から出てゐる半畳敷程の石に黒い小さいものがゐた。蠑螈(ゐもり)だ。未だ濡れてゐて、それはいい色をしてゐた。

 「蠑螈を驚かして水へ入れようと思つた」“自分”は、当たるとは思わぬまま、小鞠ほどの石を投げる。ところがそれが当たって、蠑螈は死んでしまう。

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