あの日の風景

第4回 手取川を渡る 久保田淳(国文学者)

3/3

写真

松尾芭蕉が立ち寄り「石山の石より白し秋の風」と詠んだ那谷寺は、現在、本殿や拝殿、唐門、三重塔、護摩堂、鐘楼、書院の7棟が、国の重要文化財に指定されている。(写真提供:石川県観光連盟)

 初めての北陸への旅で訪れた友人は、その後すっかり元気になって、数年後結婚式に出てほしいと知らせてきた。共通の恩師である先生のお供をして、式の行われる粟津温泉に出向いた。言われた通り挙式の前日に行くと、新郎は自身の支度などそっちのけで、ハイヤーを雇って、白髪を染めた斎藤別当実盛が討死した篠原の古戦場や、『奥の細道』の旅で芭蕉が、

奇石さまざまに、古松植ゑ並べて、萱葺きの
小堂、岩の上に造り懸けて、殊勝の土地なり。
石山の石より白し秋の風

と吟じた那谷寺に案内してくれた。

 ちょっとおもしろい偶然があった。小松の海岸近く、安宅の関址に案内された時、たまたま能の「安宅」ならぬ歌舞伎十八番の「勧進帳」の、富樫左衛門と弁慶の山伏問答の場をかたどった銅像の除幕式が行われていたのだった。

 鏡花の師尾崎紅葉の研究をして、地元の大学の先生になったその友人は、すでに鬼籍に入っている。

 二十年ほど前の夏、越前から加賀を旅した。金沢では香林坊の近くに泊まって、翌朝野町から久しぶりに北陸鉄道で鶴来まで行った。この時能美線は十年以上前に廃線となっていたことを知った。金剣宮に詣で、不動の滝を見た。鶴来の町は暑い空気の中にひっそりとしていた。

撫子の根に寄る水や夕河原      鏡花

筆者プロフィール

久保田 淳(くぼた じゅん)

昭和8年東京生まれ。東京大学名誉教授・日本学士院会員。著作に『山家集』『藤原定家』『野あるき花ものがたり』など多数。鉄道の旅をこよなく愛し、現在も鉄道の旅を続けている。

写真

 

手取川は、石川県最大の河川で、流域の人々に恵みをもたらした一方、洪水をたびたび起こす「荒ぶる川」でもあった。

特に昭和9年の洪水の際には、97名のいのちが奪われる大災害となった。

泉鏡花の作品には、そんな手取川の美しく豊かな自然と、人々を恐怖に陥れる自然とを、人間のドラマと共に浮かびあがらせている。

全国屈指の清流である手取川。現在では、子どもたちの野外活動や祭り、イベントなどが行われ、地域の人たちのみならず、多くの人たちに親しまれている。手取川の吉野谷州下吉野から白山下までの8qの手取峡谷は、四季折々の絶景が楽しめる。

 
  • ←
  • 1
  • 2
  • 3
  • →
 

このページの先頭へ