あの日の風景

第3回 初めての伊勢路 久保田淳(国文学者)

写真
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 列車が浜名湖を渡った時は、朝焼けの雲が湖面に映っていた。この列車は前日の午後十一時十五分東京発鳥羽行の夜行急行で、大学四年の私は卒業論文の資料調査のために、生まれて初めて伊勢への旅に出たのである。昭和三十年七月半ばのことで、その頃の東京駅では列車が入線するまで乗客を入場させないので、列を作って待つ客達に腰掛けを貸すという商売も行われていた。

 学生の身分だから、寝台車などには乗らない。普通車の長椅子に横になったものの、気が高ぶっていて、眠れなかった。しかし、ともかく一夜を過ごしたのだから、豊橋のあたりで顔を洗う。

 名古屋で名古屋止まりの車輌が切り離され、列車はSLに牽引されて逆方向に走り出した。ここから先は参宮線で、初めて見る景色である。名古屋から乗って隣に坐った人が、旅慣れない学生と見てか、「今渡っているのが木曽川」「桑名の名物は焼き蛤」などと教えてくれる。昔中学で生物を教えていたのだそうである。参宮線は近鉄を越えたり越えられたりしながら、亀山に着く。歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」の亀山の図は、急峻な山の斜面の上に城の一部が見える、雪晴れの風景である。亀山という地名からも山がちな地形を想像していたが、駅はのどかな青田の中にあった。列車はここで再び方向を変えて、津、松阪と過ぎ、八時半に山田駅(現在の伊勢市駅)に着いた。

 目的の神宮文庫という図書館を訪れるため、駅前から私鉄の三重交通に乗る。前照灯が下に付き、パンタグラフではなくてポールの、往年の都電のような車輌の電車である。倉田山という駅で下り、蝉時雨に包まれた文庫を訪れ、指導の先生から頂いた紹介状をさし出して、古写本の閲覧を許された。

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