あの日の風景

第3回 初めての伊勢路 久保田淳(国文学者)

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禊の地として伊勢参宮に先立ち身を清める禊場二見興玉神社。

 翌日も文庫に行き、資料調べをしたが、せっかく伊勢まで来たのだから、宿に戻る前に二見浦を見ておきたいと思って、三重交通の古市口から二見行の電車に乗る。小さな電車が意外なスピードで走る。

 二見興玉神社に詣で、思っていたよりも岸から近い海中に立つ夫婦岩を眺めた。先に述べた「伊勢音頭恋寝刃」には油屋の場の前に二見ヶ浦の場というのがあり、暗い中を貢が敵方の人間を追ってここまで来て密書を奪うと、夫婦岩の間から朝日が昇る。実際の地形では芝居のような追い駆けっこはできそうもないと思った。それから外宮に詣でて、宿に戻った。これは昔の参宮のし方としては正しくない。まず二見浦で身を清め、それから外宮、内宮の順でお参りするのが正式のし方らしいのである。

 これを初めてのお伊勢参りとして、その後幾度となく伊勢へは旅している。最初は国鉄だったが、その後は近鉄を利用することが多い。三重交通の鉄道部門は昭和三十六年廃止された。梯久美子氏のエッセイ「廃線紀行」によれば、三重交通二見線が五十鈴川を渡った地点にかつて架せられていた、風格ある明治時代の鉄橋の橋脚が残っているという。

筆者プロフィール

久保田 淳(くぼた じゅん)

昭和8年東京生まれ。東京大学名誉教授・日本学士院会員。著作に『山家集』『藤原定家』『野あるき花ものがたり』など多数。鉄道の旅をこよなく愛し、現在も鉄道の旅を続けている。

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江戸時代には遊郭として知られた伊勢の古市。現在も唯一当時の面影をそのまま残した宿が「麻吉」だ。
写真提供:伊勢市観光協会

三重交通の鉄道部門は、すでに昭和36年に廃止されている。ゆったりとした時間の流れを感じながら鉄道に揺られる旅を再現することは、残念ながら今はできない。

江戸時代は遊郭として栄えたという古市も、現在は静かな街だ。唯一、遊郭としてのおもかげを残しているのが、「麻吉旅館」。現在も営業中のこの宿は木造3階一部2階建。平成17年に国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。脇をすり抜ける急な坂道も独特の風情を醸し出している。

 
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