あの日の風景

第2回 遠州・二俣まで 久保田淳(国文学者)

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写真:書籍表紙

石田穣二訳注『新版 伊勢物語』
(角川ソフィア文庫)
角川書店
※注が詳しく、現代語訳も収めています

写真:書籍表紙

片桐洋一・福井貞助・高橋正治・清水好子(校注・訳)
『竹取物語 伊勢物語 大和物語 平中物語』
(新編日本古典文学全集12)
小学館
※原文と頭注・現代語訳を対照できる形で収めています

 物語では在原業平といってはいない。昔いたという、ある男が自身を「えうなき者」(役立たず)と思いおとして、都をあとに、一、二人の友だちと一緒に、東海道を下って東国へ行く。三河の国の八橋(愛知県知立市)では美しく咲く杜若を見て、

唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ

と、「かきつはた」の五字を折句にした歌を詠んだので、ホームシックになった友だちが「乾飯」(旅行携帯用の干し飯)の上に涙を落とし、乾飯はふやけてしまった。

 そして一行は宇津の山にさしかかる。

行き行きて駿河の国に至りぬ。宇津の山に至りて、わが入らむとする道はいと暗う細きに、蔦かへでは茂り、もの心細く、すずろなる目を見ることと思ふに、修行者あひたり。「かかる道はいかでかいまする」といふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きて付く。

駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり

 「その人」とは、京の都に残してきた恋人である。
 この先、男たちは「五月のつごもり」(陰暦五月末)の、まだ白雪をいただいた富士山を眺めて、男が、

時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらん

と歌を詠むのだが、私たちのこの時の旅では富士山はほとんど見えなかった。わずかに列車が興津あたりの、海岸線すれすれの大カーヴにさしかかると、背後に宙に浮いたような山の頂だけが黒く見えた。

 「あれか?富士山は」
と、拍子抜けしてIに尋ねると、
 「多分そうだろ」
と彼は答えた。富士山には関心がないらしかった。

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