あの日の風景

第1回 碓氷峠越え 久保田淳(国文学者)

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「唄立山心中一曲」
(『泉鏡花集成6』所収)
泉 鏡花 著/種村 季弘 編
筑摩書房 ちくま文庫
※現在、在庫が品切れ中です

 泉鏡花に、大正九年(一九二〇)に発表された「唄立山(うたいたてやま)心中一曲」という作品がある。これはその六年前、大正三年に発表した「革鞄の怪」という短編を受ける形で物語られる。「唄立山心中一曲」には鉄道は描かれない。「革鞄の怪」は話のほとんどが信越本線の車内でのことである。汽車が高崎を過ぎた時、小さな事件が起こる。花嫁姿の若く美しい女の紋付の片袖が、隣合わせた電信技師の男の持ち物の古ぼけた鞄に挟まってしまい、一向に外れない。騒ぎ立てる花嫁の連れに対して男が、自分はこの淑女を一目見て恋に落ちた、鞄が袖を挟んだのは偶然だが、鞄の鍵は車窓外に捨てたから、鞄は開かないという。花嫁一行が降りるべき駅に着いた時、花嫁の母親はその鞄を持ち出そうとする。花嫁はそれを制し、袖着(そでづけ)の糸を切り、八ツ口を裂き、紫の片袖を鞄に残して下車した。そしてホームにすっくと立って汽車を見送った。ここまでが「革鞄の怪」で、「唄立山心中一曲」はその後日譚である。この花嫁、そして古鞄に挟まれたままの彼女の紫の片袖を中心に、彼女の夫と電信技師との対決が、飛騨山中の仮設郵便局で行われる。これに技師を慕う湯女も加わって、結局四人の男女はことごとく自ら死を選ぶのである。
 常識を絶するこの恋物語の構想を鏡花はアプト式の列車編成から得たと、自作の解説文で述べている。「霜月、信州長野に遊びし時、横川にて此の構の端緒を得たり。諸君は、彼処より碓氷トンネルに上らむとして、電気にかはるとともに、中央にも機関車をつなぐために、汽車の真二つに別かるゝを或は御存じなるべし」。一旦分けられた客車車輛が軽井沢で再び繋がれることから、鏡花は一度ちぎられた片袖が、その主の死とともに再び元の衣裳に戻る物語を考えついたのであった。
 古く万葉集の歌人が、
日の暮れに碓氷の山を越ゆる日は背なのが袖もさやに振らしつ
と歌った碓氷峠越えは、近代鉄道技術を媒体として一人の作家にこのようなインスピレーションをもたらしたのである。

筆者プロフィール

久保田 淳(くぼた じゅん)

昭和8年東京生まれ。東京大学名誉教授・日本学士院会員。著作に『山家集』『藤原定家』『野あるき花ものがたり』など多数。鉄道の旅をこよなく愛し、現在も鉄道の旅を続けている。

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旧丸山変電所は平成12年〜14年にかけて修復工事により復元。国重要文化財に指定されている。

今回お話の舞台となった信越本線(別名=碓氷線)は、すでに横川〜軽井沢間は廃線となっていますが、当時をしのびながら歩くことができます。
平成17年にこの路線の一部がトロッコとなって復活し、新しい観光名所として、今、注目を集めています。
トロッコでは、まるやま駅に停車し、国の重要文化財である旧丸山変電所の写真を撮ることができるほか、とうげのゆ駅からは、こちらも国の重要文化財である「めがね橋」まで歩くことができます。
旧信越本線とアプト式旧線を利用した遊歩道「アプトの道」も、平成13年に横川〜めがね橋間が開通し、一般に開放されました。
約5キロの遊歩道には、旧丸山変電所のほかに、3つの橋梁と5つの隧道があり、碓氷峠の鉄道遺産を楽しむことができます。

 

安中市観光協会 碓氷峠鉄道文化むら 碓氷峠観光案内所

横川といえば、峠の釜めしを思い出す人も多いはず。駅弁の常識を超えた発想とおいしさで、人気を博しました。今も多くの人に愛されています。明治18年創業。

峠の釜めし本舗おぎのや

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