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歴史探訪
 

古の空気に満たされる 東御廻り

訪問した人
株式会社おきぎんエス・ピー・オー
営業部 マネージャー 砂辺孝夫さん

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 那覇から東へ。海ぞいにひろがる南城市には、沖縄・琉球の精神文化を語るうえでもっとも重要な場所があります。世界遺産・斎場御嶽と数多くの聖地。それらの巡礼を、東御廻り(あがりうまーい)と呼び、昔も今も多くの人の崇敬を集めています。

 今回の旅人・砂辺孝夫さんは、沖縄県北谷町で生まれ育ったウチナンチュ(沖縄県人)です。勤務する株式会社おきぎんエス・ピー・オーは、沖縄銀行グループの一員としてコンピュータ関連業務を一手に引き受ける、システム開発・運営のプロフェッショナル集団。砂辺さんは、コンピューティングの基本を学ぶために東京で勤務した2年間を除けば、ここ沖縄で自らのキャリアを重ねてきました。「沖縄で仕事がしたいという思いは、いつもありますね」。

 すばらしい沖縄の自然のなかで趣味のマラソンにいそしむ砂辺さんは、この数年、仲間とともにトライアスロンにも挑戦中で、自転車とスイミングの実力アップのために日々トレーニングに励んでいます。「自転車でゆく東御廻り」というユニークなアイデアは、そんな砂辺さんならではのもの。「以前、妻と訪れた沖縄の聖地を、今日は別のアプローチで体験してみます」と、愛車のロードバイクを駆って南城市に向かいました。

琉球王国最高の聖地「斎場御嶽」

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斎場御嶽の奥へつづく道。日差しはすでに初夏。

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サングゥイ。最奥からは久高島が望める。

 どこまでも鮮やかな太平洋を背に、目前に迫る鬱蒼とした森。ここ斎場御嶽(セーファ ウタキ セーファ は最高、ウタキは聖地の意)は、名君の誉れ高い尚真王(1465〜1527)の時代に、文字通り琉球王国最高の聖地と定められました。

 斎場御嶽の管理者である聞得大君(キコエノオオキミ)は、神女ノロのリーダーとして琉球すべてのノロを支配し、王国の祭祀を司り、政治にも影響力をもっていたと言われています。ちなみに聞得大君が君臨していた時代、ここは男子禁制の場所でした。「沖縄は昔から女性が強いといわれていますが、聞得大君はまさにそのルーツなんですね」と納得する砂辺さん。

 斎場御嶽のなかには3つの拝所があり、なかでもいちばん奥に位置する三庫理(サングゥイ)はもっとも神聖な場所だとか。岩に囲まれた三角形の空間の奥に立てば、すぐそこに久高島が見えます。久高島は、琉球開祖の神であるアマミキヨが降りてくる神の島。そこからアマミキヨは、こちら側に渡ってきたと信じられています。

 冬至の日には、久高島から太陽がのぼり、ここ斎場御嶽と那覇の首里城(琉球国王の居城)を一直線に結ぶのだそうです。「すごい。感動しました。昔の人たちはどうやってそれを知ったのでしょうか」と驚きを隠さない砂辺さん。琉球王国の終焉とともに、聞得大君とノロ制度は廃止されましたが、この森を満たす神聖な気配は、古の時代からなにも変わっていないようです。

 

神さまの最初の住まい「ミントングスク」

写真ミントングスクは民家の敷地内にある。

 斎場御嶽を後にして、海岸沿いの道を走り、急峻な斜面を上ること10数分、住宅地の小高い森にあるミントングスクに到着します。伝説では上陸したアマミキヨが最初に作った住まいといわれており、たしかにグスク(城跡)というより住居跡のような大きさ。日に焼けた石灰岩の岩肌の白さと、岩から突き出るようにニョキニョキと突き出している樹木が独特な景観を作り出しています。

 「この限られた空間のなかに、いくつか拝所があるようですね。お墓もあるようです」と語る砂辺さんの目線の先には、祈りを捧げている女性が。「あの方はユタ。沖縄では、悩みや相談ごとがあるとユタに相談する人が多いのです」。沖縄以外の人にとって、たとえただの遺跡にしか見えないとしても、そこは真剣な祈りの場。ウタキもグスクも沖縄の精神文化そのものなのです。

 

アマミキヨゆかりの「受水走水とヤハラヅカサ」

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受水走水。山の斜面から湧き出ている。

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引き潮時に全貌を現すヤハラヅカサ。

 ミントングスクを下り、太平洋を眺めながら軽快な走りで、あっという間に新原海岸へ。受水走水(ウキンジュハインジュ)とは、ビーチ手前の畑の奥にある、二つの泉の名前です。ここはアマミキヨが最初に稲をもたらした場所と伝えられている、琉球の稲作発祥の地。手を浸してみると意外な冷たさに「清らかな水ですね」と砂辺さんの顔がほころびます。

 小さな水田を潤してから細い水路となって流れる水を追って歩くと、ほどなく目の前にひらける太平洋の大海原。渚の水面からニョキっと突き出た岩が待ちかねていたかのように立っています。これはアマミキヨが上陸の際に船のもやい綱を結んだという言い伝えが残されているヤハラヅカサ。そしてヤハラヅカサの背景の沖の彼方に、斎場御嶽から遥拝したあの神の島・久高島が見えました。

 「今日は聖地4カ所を訪れましたが、近いうちにすべてを巡ってみたいという心境になりました。もちろん自転車で来ます」と決意を言葉にする砂辺さん。ひとつひとつの聖地がひとすじの糸で結ばれている…。そんな言葉が自然に浮かんでくるのは、今日一日の「東御廻り」で古の世界の空気を呼吸したからなのかもしれません。

 
(2010年3月23日掲載)

「世界遺産・斎場御嶽と東御廻り」一口メモ

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サングゥイの最奥から久高島を望む。

■ここでチェック

 斎場御嶽は2000年11月、首里城跡などとともに、琉球王国のグスクおよび関連遺産群としてユネスコの世界遺産に登録されました。完全なカタチで現存するウタキとしては唯一の世界遺産であり、沖縄本島南部におけるもっとも優れた森林といわれる自然環境とともに、近年その価値への評価がますます高まっています。
 この斎場御嶽をふくむ聖地巡礼が「東御廻り」で、那覇の首里城から見て、太陽の昇る東方はニライカナイという名の世界がある聖なる方角と考え、その方角にある玉城、知念、佐敷、大里のウタキなどを巡ります。その起源は琉球国王の巡礼と考えられており、首里城にある園比屋武御嶽が起点。全部で20カ所の聖地が点在します。
 沖縄では、観光ではなく巡礼として東御廻りをすることは今でも一般的なこと。ウタキには祈りを捧げている人もいるので、訪れる際には十分な気づかいが必要です。また、ミントングスクは個人の敷地内にあるので、入り口の案内をよく読んでからの訪問をおすすめします。


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