NUA WORLDトップ > 歴史探訪 >  第20回 京に在り、京と異なる佇まいの町・伏見
歴史探訪
 

京に在り、京と異なる佇まいの町・伏見

訪問した人
村田機械株式会社
L&A事業部 大阪支社
営業企画室 柏木艶さん

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 伏見は京都南東に位置し、伏見稲荷や有名な日本酒蔵元が軒をつらねる個性豊かな町として知られています。京に在りながら、いわゆる京とはちょっと異なる独特の佇まい。伏見ならではの歴史と文化が、今日も旅人を迎えます。

 今回の旅人・柏木艶さんは、大阪生まれの大阪育ち。学生時代から今に至るまで、大好きな大阪から離れたことがないそうです。勤務する村田機械株式会社は、西陣織の紋柄機(ジャカード機)の製作を発端に、紡績機械の分野に進出。特にマッハスプライサーと呼ばれる、空気の力で糸の端を解き、糸端同士をからませて撚ることで、結び目なしに数百キロメートルもの長さに糸をつないでいく装置の発明で、世界屈指の繊維機械メーカーへと発展しました。これによって品質の良い衣類がたくさん作られ、村田機械の製法が世界の常識となりました。 現在は、「モノを作る為の機械」「モノを運ぶ為の機械」とモノづくりにかかわるいろいろな機械を作る会社として社会に貢献しています。

 その中で柏木さんは、物流システムなどのオートメーションシステムを扱う事業部の営業企画室に所属しています。お客様や営業の声を拾い、開発部や技術部に投げかけるパイプのような役目を担いながら、営業活動を円滑に行ってもらうために社内のイントラやルール作り、セールスツール製作など、幅広い分野に携わっています。

 「新製品の販売戦略を立てたり、営業からの要望を開発にフィードバックするのが主な仕事。とにかく勉強勉強の日々ですが、とても充実しています」。豊富な製品知識が求められる業務に、前向きに取り組んでいる柏木さん。「伏見には村田機械の本社がありますが、それ以外のことをあまり知りません。今日は楽しみです」と、好奇心たっぷりに最初の訪問先である伏見稲荷に向かいました。

祈願成就への祈りに触れる「伏見稲荷大社」

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どこまでも続くかのような「千本鳥居」  

 朱塗りの大きな鳥居をくぐり、参道を歩いて本殿前へ。狛犬のかわりにキツネが参拝客を出迎える伏見稲荷大社は、全国3万社とも4万社ともいわれる稲荷神社の総本宮です。

 稲荷信仰は、渡来系豪族・秦氏の氏神と先住民族の信仰が融合して生まれたとされており、大社の創建にも秦氏が大きく関わったと伝えられています。稲荷信仰とは本来、穀物の神様(稲荷神)を崇め、豊作を祈るもの。それが江戸初期には商売成功や出世の祈願にまでひろがり、やがて庶民からたいへんな人気を集めるようになりました。「大社には幼少の頃に来たようですが、ほとんど記憶になくて…」と柏木さん。

 伏見稲荷名物・境内の奥深くまでつづく「千本鳥居」に目を見張りながら「鳥居の大きさがバラバラですね。どうしてこうなのでしょう」と腑に落ちない様子です。説明を聞くと「鳥居は、祈願する人が奉納するもので、大きさは自由に選べる」とのこと。鳥居がひとつ、またひとつと増えるたびに、境内の奥へ奥へと連なりが延びてゆき、ついに現在のような「千本鳥居」の姿になりました。「まだまだ増え続けているそうですね。あっ、これは平成22年のもの」。

 塗りたての朱色の艶に触れ、祈願成就への祈りに圧倒される伏見稲荷大社。現世ご利益をもたらす稲荷の地を後に、すこし南の宇治川沿いに足をのばしてみることにしました。

 

龍馬とお龍、出会いの旅籠「寺田屋」

写真「寺田屋」前で。向かい側に宇治川派流が

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小さな坂本龍馬像。薩摩九烈士の碑も

 伏見の南端を流れる宇治川は、やがて淀川となり、瀬戸内につながります。そのためかつての伏見は水運の重要拠点。京の都をめざすさまざまな物資と人がこの流れを遡り、 河川の港・伏見港から上陸しました。

 お龍の機転で坂本龍馬が難を逃れたことで有名な「寺田屋」は、この伏見港のすぐ近くの旅籠で、龍馬や薩摩藩の定宿となっていました。「龍馬伝を見ているうちに興味がわいてきました。せっかくの機会だから実物をと思って」という柏木さんの周囲には、寺田屋を背景に記念撮影する人の姿が絶えません。「やはり龍馬人気はすごい!」と感心しながら、ふと庭の奥を見れば、背丈約40センチくらいの龍馬の像。1866年1月23日、龍馬を捕らえようと寺田屋を取り囲んだ伏見奉行所の役人たちの動きを、お龍は風呂場の窓から発見したと伝えられています。

 そのおかげで命からがら逃げ延びた龍馬は、のちにお龍と夫婦になりました。そんな二人の物語りの舞台となった寺田屋に「龍馬がいっそう身近に感じられますね。当時、大阪との船旅ではどのくらいの時間が必要だったか、なんていうことも気になりますが」と柏木さん。ちなみに下り半夜(6時間)上り一夜(12時間)が所要時間だったとのこと。運賃は現在の貨幣価値で片道約1万円と、かなり高額なものでした。

 

水と酒の伏見を物語る「大倉記念館」

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「月桂冠大倉記念館」のある通り

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井戸の湧き水、どなたもどうぞ

 運河沿いの道を歩くとほどなく、長く連なる板造りの壁面があります。ここは月桂冠大倉記念館。19世紀前半から20世紀初頭にかけて建てられ、酒造りを見守ってきた建物が、当時のままに保存されているのです。

 「お酒は飲みます。顔には出ないほうですね。でも日本酒を飲んだ経験はあまりありません」と言いつつ「この水おいしい!」と柏木さん。見ればおちょこには、大蔵記念館の井戸の湧き水がたっぷり。水の豊かな都・京都のなかでも、伏見の水ほど酒造りに適した水はない、と言われています。「私はこちらの辛口が好きかな」と今度は利き酒をしながら、ご自分の好みを探す柏木さん。伏見の味わいはいかがでしょうか。

 全盛期には数多くあった造り酒屋も今では数えるほどで、酒造りのほとんどが機械化しています。それでも水の美しさ、美味さはいにしえの時代と何ら変わってはいないそうです。伏見稲荷の参拝者から、寺田屋に宿泊した人々、そして龍馬とお龍まで、訪れる人々の喉を潤した伏見の水と酒。それは伏見が伏見であるための大切な宝物なのでしょう。

 「次回は伏見稲荷大社のいちばん奥までいってみようと思います」と柏木さん。これまで少し遠くに見えていたものに、もっと近づいてみたくなった。そんな伏見の旅になりました。

 
(2010年2月26日掲載)

「伏見稲荷大社」「寺田屋」「月桂冠大倉記念館」一口メモ

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宇治川派流から月桂冠大倉記念館をのぞむ

■ここでチェック

 「伏見稲荷大社」の境内は広大です。本殿参拝だけでなく、千本鳥居をぬけて伏見稲荷全体の雰囲気を体験するためには、最低でも2〜3時間は必要です。夜間も立ち寄れますが「その場合は道に迷うのであまり奥には行かないように」とはガイドさんのアドバイス。最寄り駅は京阪本線「伏見稲荷」もしくはJR奈良線「稲荷」になります。とくに「伏見稲荷」駅からの参道には、お土産物店や飲食店が数多くあり、参拝客を和ませてくれます。
 「寺田屋」は京阪本線「中書島」から徒歩5分。薩摩藩同士の乱闘で藩士9名が命を落とした「寺田屋騒動」や、龍馬が伏見奉行所の捕方に襲われた「寺田屋事件」などの舞台になりました。再現された建物内には、実物の龍馬を描いた掛け軸や龍馬の書などがあり、旅館として宿泊することもできます。
ここから徒歩5分でアクセスできる「月桂冠大倉記念館」では、創業1637(寛永14)年以来、月桂冠の銘で伏見の酒を代表してきた酒蔵と、酒造りの歴史を知ることができます。陳列された酒造用具は「京都市指定・有形民俗文化財」に指定されたもの。館内には「酒造りの唄」が流れ、かつての酒造の雰囲気をたっぷり味わうことができます。また、見学後の利き酒も人気。お酒の好きな方は、お好みの銘柄を探してみてはいかがでしょうか。


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