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歴史探訪
 

旧街道の面影を訪ねて 東海道品川宿

訪問した人
カルピス株式会社
情報システム部 マネージャー
松下 正也さん

[写真]
漁師町の面影が残る舟だまり。現在は多数の釣り船や屋形船が情緒を醸し、背後に見える超高層ビル群との対比が鮮やかです。

 旧街道の面影が色濃く残る東海道品川宿を訪れたのは、カルピス鰍フ松下正也さん。会社ではシステム全般を担当し、プロジェクト管理などを行っています。休日には少年野球のコーチを務めるというスポーツマンだけに「デスクワークが多いので、たまに外を歩くのは気持ちいいですね」とのこと。

 国道沿いの八ツ山口から出発し、問答河岸(もんどうがし)や土蔵相模(どぞうさがみ)といった史跡を見ながら進みます。街道を外れて海の方へ歩くと、漁師町の面影を伝える品川浦の舟だまりが残っていて、江戸時代にとれた鯨の骨を埋めた鯨塚もありました。松下さんは「潮の香りが漂ってきましたね。かつては品川沖でもいろいろな魚がとれたという話に驚きました」と語ります。

 再び街道に戻り、お休み処の駄菓子屋さんで一休み。さらに進むと、養願寺の小さなお堂と、そこへ通じる虚空蔵(こくうぞう)横丁に出ます。「旧街道らしい雰囲気が伝わってきますね。こういうところを歩くと歴史の流れを感じます」と松下さん。

 品川橋を渡り、北品川宿から南品川宿へ入ると各地の宿場から贈られた松を植えた「街道松の広場」があり和みます。松下さんは「案内板を整備するなど、商店街が一体となって街道の雰囲気を残そうと努力しているのですね」と感心します。

 古い商店などを見ながら進み品川寺(ほんせんじ)に。境内の大梵鐘(ぼんしょう)は、江戸時代に海外に流出した後、昭和の初めにスイス・ジュネーブで発見されて戻ってきたとか。「数奇な運命をたどりながら国際的な多くの方の協力で戻ってきたとは、何ともドラマチックな話ですね」と、松下さんも印象に残った様子です。

 「品川というと駅の雑踏が思い浮かびますが、すぐ近くにこんな静かな場所もあったのですね」と語る松下さん。身近な場所で、街道歩きを堪能した初秋の一日でした。

(2008年11月7日掲載)

品川宿一口メモ

写真
品川寺の山門は歴史を感じさせるたたずまい。東海七福神の一つ、毘沙門天が祀られているほか、参道の入口では江戸六地蔵の一つが静かに東海道を見守っています。

■ここでチェック

 江戸時代、東海道の1番目の宿として栄えた品川宿。名所が多く風光明媚なこの土地を多くの人が訪れたといいます。

  • 問答河岸:三代将軍家光が東海寺に入った際、沢庵和尚と問答をしたという場所。家光の「海近くして東(遠)海寺とはこれいかに」という問いに「大軍を率いても将(小)軍というがごとし」と返したといわれています。
  • 土蔵相模:高杉晋作や伊藤博文といった幕末の志士たちが密議をしたという旅籠屋の跡。土蔵風の海鼠(なまこ)壁を持っていたことから「土蔵相模」と呼ばれて親しまれました。
  • 善福寺:竜を描いた伊豆の長八の「こて絵」が残っています。伊豆の長八こと入江長八は江戸末期から明治初期にかけて活躍した芸術家で、漆喰を使ってこてで絵を描くこて絵の技法を確立しました。
  • 品川寺:大同年間(806-810)創立の古刹。平成元年、返還60周年を記念して新たな梵鐘がジュネーブ市に寄贈され、これが縁で品川区とジュネーブ市は友好都市となりました。


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